30日
火曜日
傍聴人味平
板前殺人事件の公判に、毎度傍聴に来るねえ、あの子。朝、5時半に目覚ましが鳴り起床。黒ホッピーの飲み過ぎで頭がまだガンガンする。起き出して湯を沸かし、肉まんを蒸かして、コーヒーを入れる。風呂に入っているうちに二日酔いも回復。パソコンの前に座って、今日出せと言われた扶桑社のオタク大賞本のオビ用のキャッチコピーを考えて、書いて送る。今年最後の原稿書き。7時に手伝いの芝崎くん来。“あれ、こんなに今回は荷物が少ないんですか”と驚いている。旧刊の在庫分など、すべて宅配で会場に送ってある。前もっての準備はK子の得意とするところ。・・・・・・もっとも、今回はうちの同人誌と、と学会の会誌の印刷をまかせた印刷所が、コミケの認可をとれずに、搬入ができなくなったと連絡があり、ひと騒ぎあったそうだ。かなりの罵倒を電話口とはいえ受けたに違いない。ミスはミスだがちち同情。結局、前日夕方に一般入場しての搬入、という形になって落着はしたそうだが。
タクシー、女性の運転手さん。コミケについていろいろ聞いてくるのでいちいち説明をする。これも何か恒例みたいになった。帰りのときの運転手さんは、“狙って”わざわざお台場まで来るような人であるから、妙にオタクの行動などにくわしかった りするのだが。
「いい天気でよかったですね」
というので、ええ、オタクたちの念力は台風もそらす、というくらいですから、と言ったら笑っていた。実際、この好天は今日までで、明日からは崩れるという。
会場に着き、さて集配所から荷物を持って来て・・・・・・と思ったら、さすがの準備万端人間にも盲点があって、今日は荷物が少ないから、と、台車を持ってくるのを忘れた、とK子が騒いでいる。幸い、と学会の台車(これは他の荷物と一緒に宅配で送ってある)が集配所にあったのを、芝崎くんが機転をきかせて借りてきてくれた。実に役に立つ人である。思えば5年くらい前に鶴岡法斎、伊藤剛のコンビを手伝いにつれていったことがあったが、興奮してただあたりをうろつき回っていただけの鶴岡、会場に入るや否やさっさと自分の興味のあるブースの方を見に走っていってしまった伊藤と、あれほどものの役に立たぬ手伝いもなかったことであった。いかにもあの二人 らしいと言えばらしいが。
毎度、ブースの上には大量のチラシが乗っかっている。会場での売り場作りはまずこれを取り捨てることから始まる。どこの何のチラシかはまるで見もしないが、今回ひょいとその手が止まったのは、タトゥーがロシアと日本の共同製作でアニメ化、のチラシであった。話はだいぶ前に聞いていたが、なるほどこういう絵になるのか、と 初めて知った。
今回は河(大きな通り)に面した角席、といういい場所をとれた。同じ島には合体の立川流本家以外、あまり知り合いはいない。ドリフト道場が落ちたのと、岡田斗司夫さんが二日目(フィギュア系)の参加のため。反対側の方に美好沖野さんがいるらしい。隣の島にと学会、同じU列だがずっと向こうに開田さんがいる。立川流、いつもは談之助夫妻にキウイがついてくるが、今回は一昨日に彼が談志の元に試験を受けにいって門前払いをくらい、二日の一門会での再挑戦をラストチャンスとして許されたということなので、本日は欠席。トラ(代演)で『高座の魂』のKさんを連れてき た。
朗読テープに解説を挟みこみ、同人誌には斉藤さんが作ってくれたロフトのチラシをはさみこむ。『ぶらりオタク旅2』には、ミスプリの訂正用紙を挟み込まねばならない。案外忙しい。ざっとやって後は芝崎くん、K子にまかせ、周囲に挨拶回りを敢行。氷川竜介さん、本郷ゆき緒さん、久しぶりの奥平くん、柳瀬くん、串間努さん、金成さん、開田さん。開田さんはK子の荷物搬入のトラブルのことを彼女の日記で読んだそうで、“一番そういうミスをしてはいけない人相手にやってしまうのが不思議だよねえ”と。と学会のブースで眠田直さんに挨拶。最近、健康状態がおもわしくないと、前回のと学会例会も欠席だったので心配していたのだが、今日は元気なようで 安心。某件でのこの日記の記述について、お礼を言われた。
開場は10時だが、その前に今回は、入場時に走って人にぶつかるような事故のないように、大手ブースに並ぶ人を先に入場させたらしい(未確認なんで不正確な情報かもしれない)。何かすさまじい巨大な行列が係員に誘導されて、それがどんどん延びていく。へええ、と思って見ていたら、その列の中から声をかけられた。GのK亀さん。やっぱり知り合いがいる、と可笑しかった。先頭はシャッター前で、鉄扉を目の前にして立っているわけだ。大変だなあ、と思うが、並んでいる人たちの心の張りみたいなものはすごいんだろう。すごいからいいと言うものではないが。
今回は自ブースの販売物を、在庫含めて一律500円とする。おつり計算などの手間をはぶいて効率をよくするためである(委託のナンビョー同人誌のみは300円。これは数も少ないし、まあ仕方ない)。開場の恒例の拍手と共に、眼前の列が動き出す。旧共産圏の住民と日本のオタクが、世界で最も行列に慣れた人民なのではないだろうか。開場当初は人気ブースに走る人が主なのであまり売れない。しかし、徐々にカタログの切り抜きやコピーを片手にした人が立ち寄っては、新刊を買っていってくれる。その間隔が次第々々に狭まっていき、対応が忙しくなってくる。見ると、同じ島の、二つおいたブースがかなりの人気で、評論系としてはかなり長い列ができている。買いに来たお客がかなり話し込んでいるようだ。前回はウチの新刊もマニアックなものだったので、そのテのお客さんが多かったが、今回はテレビ人気にあやかったものなので、まずみんな、話のタネにと買っていってくれるようで、非常に流れがスムーズ。列も時折できるが、自主整理を注意されるような長さにはならずにすむ。
『UA! ライブラリー』は今回は新刊がないが、全種増刷して、全冊揃いを買えるチャンス! とK子がアオったら、本当に買っていってくれた人が何組かいた。長野の花火、能登のさんなみなどの旅行本『ぶらりオタク旅』も順調にハケる。サインをください、という人は、うちで買うのでなく、すでに手に『トリビアの歪』を持っている人が多い。と学会ブースに委託しているのだが、と学会の今回の新刊が500円で、うちのも500円、併せて1000円という値段設定がちょうどいいので、そこで購入する人が多く、入り口近くなので、先にそこで買ってしまって、後でシマッタ本人がブース出していたのかと気がつき、せめてサインなりともらおう、という気持 ちになるのだろう。
11時半ころ握り飯(鶏ご飯)を食べ、さらに売店で買ったバームクーヘンを食べる。疲れているせいか(気は張っているので感じないが)甘味が体に嬉しい。午後になって、陽光が天窓からブースに差し込み、まぶしいくらいになる。ここまでの好天も珍しい。人の流れは続き、午前中で搬入した新刊の、ほぼ三分の二を売り尽くす。夏コミで4時まで居残り、帰りのタクシー待ちが長蛇の列で大変な目にあった経験があるので、今年は売れる売れないにかかわらず3時前には撤収しよう(その後トンデモ落語会もあることだし)とK子と話していたのだが、この分では2時には撤収できそうだ、とK子喜ぶ。芝崎くんはやたら感心していた。立川流の方は、早々と『高座の魂』が完売。談之助さんがくやしがっていた。
例によって知り合い、同業者、編集者、掲示板常連さんなど多数の人が訪ねてくれた。もらい物も多々。まことにありがたいが、メモなどとっていなかったので、いちいちは記さず。ただ、珍客はなをき夫妻だった。トイフェスやワンフェスには来るがこれまでコミケには足を運んでいなかったはず。談之助さんから『本家立川流』を一冊貰っていた。
ラジオ聞きました、と声をかけてくれた人も多い。国民への説明責任のことを言ってくれて嬉しかった、と、実際にその関係の仕事をしている人(掲示板常連さん)から言われた。ウチのサイトの掲示板などに書き込む人はみな、世をスネた暇人たちかと思っていたのだが、どうして現在の渦中に関係している人も多い。と学会のブース近くではひえださんのお友達の眼鏡っ娘お嬢様、Iさんが両手にずっしりと同人誌のつまった紙袋を持って、ニコニコして立っていた。名門の家の正真正銘のお嬢様なのだが、ドオタクなのである。本当にいろんな人たちがいる。オタクだから世間と切り離されている、というようにオタクをとらえる論者の気が知れない。視而不見(みれどもみえず)、というやつか。
1時過ぎ、『トリビアの歪』完売。後に残った『ぶらりオタク旅』を売るが、K子がめんどくさいからもう帰ろう、と言うので、オタク旅の残20部ほどは、開田さんのブースに持っていき、売りつける(この本は開田さんのところとウチとが合同で出しているが、それぞれの売り分はそれぞれが金を出している。開田さんのところは知り合いにくばりすぎて在庫が足りなくなっていたらしい)。UA!もほぼ売り尽くしたし、アメリカン・馬鹿マンガや朗読テープもそれなりに捌け、在庫分など併せてもダンボール一箱を送るだけで済んだ。こっちの買い物もしなくてはならない。夏コミで北朝鮮のマンガ本を売っていたところで、北朝鮮本ポスター類を買うなど、大急ぎで予定の買い物に回る。私の座っていたちょうど斜め後ろ、ほんの数ブース先(と学会の隣の島)に、やや人だかりがしているところがあり、丸顔の人物が客と何やら嬉しそうな表情で話し込んでいるのが目に入った。どうやら東浩紀氏らしい。考えてみれば、ナマの東氏を見たのはこれが初めてである。まあ、別段、だからどうということもなし。タニグチリウイチあたりがまた、あの二人がこんなに近くにいてどうとか こうとか、ラチもないことを日記に書くくらいであろう。
2時半、周囲に挨拶して帰宅。タクシー乗り場はガラガラで、ほとんど待たずに乗れる。これにK子、感動。自らを褒めて曰く、“理想のコミケ”と。もっともコミケは商売でやるわけじゃないから、売れたから成功というものではない。とはいえ、今回はどれだけこちらの思惑通りにコトが運ぶか、をはかって本づくり、売り方を工夫したわけで、それが当たったということは大成功である。成功の要因は、ほぼテレビの方の成功と同じ。つまり、誰にも手に取りやすい、薄い本にした、ということである。これまで出した馬鹿コミック本は、さすがにあまりに濃すぎて、内容は褒められたし満足できるものだったが、あまり売れなかった。コミケだから、オタクの祭典だから、と言って、濃いものが喜ばれるというわけではない。これだけの数の人間が集まれば、やはり基準濃度はぐんと薄まり、濃い人薄い人の率は、ほぼ、一般社会と変わらなくなるんである。来年の夏コミにはまた、濃い本を出す予定。ほとんど稼働を止めた暮れの東京の町をタクシー走って(この光景が風情があって好きなのである) 渋谷着。芝崎くんにアルバイト料受け取ってもらい、よいお年を、と別れる。
1時間ほどでまた出なくてはならないが、しばらく横になる。もうほとんど耳が聞こえなくなっている老猫が、やけにスリ寄ってくる。撫でてやったらさらに強く身をスリつけてくる。しばし撫で回していたが、起きてみたら、ズボンに抜け毛がびっしりと付着していた。ギャアと驚き、掃除機で処理。シャワーのみ浴び、K子と出て、銀座線で浅草へ。浅草寺境内をくぐり、木馬亭。すでに開口一番でブラッCの落語が始まっていた。あと出演はいつもの通り、カッパ姿の白鳥、迷彩服の高座着の談之助に、最近何か屈託しているらしい昇輔。談之助はキウイの現状報告のあと、某・演芸場の火事にかこつけて、火事の出てくる古典のダイジェスト(もちろん、全部某・演芸場のことにかこつけて改変)。富久、味噌蔵、ねずみ穴、火事息子・・・・・・。マニアにはもう、たまらないほど嬉しい。こういう、“濃くてひかれる”ことを恐れない芸 風の人物というのは本当に強い。
中入り前に、飛び入りでなんと白山雅一先生が出た。しかも客席に私の姿を発見したらしく、このあいだの芸歴60周年リサイタルでご祝儀さしあげたことにお礼を舞台の上から言われる。恐縮どころの沙汰ではない。中入りの後、大急ぎで楽屋へ伺って、ご挨拶。オノクンはどう? と、先生はいつもと変わりなし。“睦月君の姿も見えたんだけどネ、彼とはいっつも会ってるから、キミの方の名前を出させて貰ったンだよ”と。中入りの間、会場の後ろでは『本家立川流』と『高座の魂』の販売をやっている。あれ、高座の魂は完売したんじゃ? と思ったら、あれから急いで帰宅して元原をコピーし、ホチキス止めして、また50部ほど作って、緊急発売したんだとのこと。コピー誌ならではの強み。また、あっという間の完売で、談之助さん悔しがること。
後半は快楽亭、私が来る前に場内から募集したお題(コミケ、柔ちゃん、セーラームーンの由。どうもこの会の客から出るお題はツく)での三題噺。いつものブラック調なのでまあ当然だろうが、まるで三題噺とはわからぬ構成の妙。もっとも、セーラームーンはSMにひっかけて“おしおきよ!”とやろうとしたらしいが忘れてしまったとのこと。トリが談笑、“コミケ帰りのみなさん、こんにちは”と、満面の笑みで目だけは笑わずに言う。徹底してオタクへの嫌悪感をくずさない態度がかえって心地いい。理解しがたいものを自分の頭の中の乏しい常識で理解しようとする(また、できるはずだとうぬぼれる)から、コミュニケーションというものは崩れていくのであ る。変に理解を示そうとして無理をして、それでキレる馬鹿が多いのだ。
終わって、鶯谷へとタクシー分譲で場所を移動。ふぐ料理『井かわ』。乾杯の音頭をとった談笑、“えー、まさかオタクのみなさんと年越しをするとは”と、まだ言っている。安達瑶、睦月影郎、植木不等式諸氏と一緒のテーブルにつく。生牡蠣、ふぐ刺し、蒸しガニ(たらばと花咲)などで、ビールと酒。安達さんからは新刊『はれんち』いただく。隣の席の藤倉さんが、植木さんにと学会本原稿で取り上げた某科学実験の話、それから、先日、彼に原稿依頼があった某文庫解説の話。大変に嬉しいとのことだったが、なるほど、われわれの世代のSFファンなら、一度は書きたい場所である。推薦者の柴野拓美氏の言葉がまた、藤倉さんにとっては会心のものだったらしく、ニンマリと笑ってそれを紹介。登場人名知っている身にとってはアハハ。睦月さん安達さんがうまそうにタバコをふかしているのを見て、いたずら心で一本いただいて一服。しかし、すでに身体がニコチンを受け入れられなくなっていて、半分も吸わないうちに消してしまう。学生時代はチェーンスモーカーだったんだが。奥平くん、例の逮捕された『刀剣会』の売っていたという健康飲料『不撓不屈』を、味みませんかぁ、と、例の満面の笑みと共に持ってくる。本当にこの人は変わらない。変わってほしくもない。開田さんたちの方の席では、I矢さんやUさんが、この店の元気のいい店員のお姉ちゃんに萌え状態のようで、写真を撮り、彼女のファンクラブを作ろう などと騒いでいる。
K子と植木さんはコミケの売り上げの話など。500円の本を700冊売るのと、700円の本を500部売るのとはどちらが効率がいいか、というような話。また、と学会の10周年記念本は1000円のものが1000部売れて、あの時は快感だった、というような話。睦月さんはさっきの寄席でニンニクの臭いがして、それが女性の口臭か男性の口臭か、フェチ作家として四半世紀やってきていながら、区別がつかなかったのが悔しいと言う。ニンニクの臭いは私も嗅いだ。あれは表の朝鮮居酒屋から漏れてきたニオイではなかったかと思う。快楽亭の席にも移って、梅田佳声先生の話など。来年は佳声先生リスペクト企画をいよいよ進行させようと決意。11時過ぎのお開き。体が疲れているせいか、それを麻痺させるためにかなり飲んでしまった。電車で新宿まで出たのか、それともそこから直接タクシーにしたか、それも記憶定か でない。