裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

1日

月曜日

○□サンチョムスキーサン

 このタイトル(宮尾しげを・作)の読みが生成言語理論で説明できるでしょうか。朝6時半目覚める。寝床の中で岩波文庫『懺悔録』(コリャード)を読む。おかたい岩波文庫中のトンデモ本のひとつで、徳川時代初期の日本のキリシタン宗徒たちの告解録であり、当時の日本口語の貴重な資料、またキリシタン伝道史における貴重な資料、ではあるのだが、同時に、日本性生活史の貴重な資料でもある。当然のことながら、十戒の中の“姦淫するなかれ”に背いた信徒の懺悔が記されているためであり、この時代の百姓、下級武士などの性生活がいかに奔放なものであったかがわかる記録 になっている。
「それがし、女房を持ちながら、近付き(妾)も持ちまらした。その妾も夫のある者でおじゃる。(中略)夫留守でござる時は、日を続けて細々犯しまらする」
「なり次第(思うままに)、その五体に手を掛け、口を吸い、抱き、恥(恥部)を探る等は思うままにしまらする」
「二・三度は後臀(アナル)から落しまらした(無理にいたしました)」
「その上、その女事(おなごこと。セックスのこと)をば思い出す度ごとに勇み悦びその名残惜しさで自らも淫が漏れ、手ずからも漏らしまらした(オナニーもいたしました)」
“……まらした”というのは当時の敬語用法だが、何かこの文脈の中ではいやらしく響くのがおかしい。

 他に女性の懺悔もあり、一生不犯の誓いを立てたが肉体が疼き、
「身をかき探り、あの方に指をさし入れ、男と寝ておるふりを致いて、四・五・六度その淫楽を遂げ果たすように身を動き起しまらした」
 とオナニーにふけり、また結局男性と寝るのだが、妊娠を恐れ、
「味方から(自分の方から)、臀よりすれば身持ち(妊娠)になろう気遣いがないと勧めて、若道(男色)のようにそれと度々寝まらしてござる」
 当時はアナルセックスがかなり流行っていたと見える。この女性は遊女だったことがあるらしく、当時の避妊法(男性が射精した後すぐ小便をして、中をよく拭う)などもくわしく述べている。また、ある若い信者は完全な色情狂で、ホモの快楽もほしいままにし、かといっていい女に出会うとそれともせっせとセックスし、懺悔してしばらく性交から遠ざかると今度は悶々としてオナニーにはげみ、信者の男同士、
「互いに恥(性器)を持たせて、漏らし漏らする(かきあって射精しあう)ことも日ごとにある」
 というようなありさまで、そればかりか強姦はする、不倫はする、果ては
「けだものと三度、深い科(とが。罪悪)に落ちまらした。また、それも互いにあい契るを見て猜み(そねみ)まらする。これは十度でござった」
 などと言っている。校訂・解説はキリシタン文献の権威である国語学者・大塚光信氏だが、ここらの内容に関しては解説ではひとことも触れていない。著者(監修者)の意図したものとは別の面から読んで楽しめるという、トンデモ本の基礎定義において言うならば、大変にレベルの高いトンデモ本と言えるだろう。

 朝食、セロリ半本、ミニトマト一ヶ。岐阜の柿一個。冷蔵庫の中で少し寝かせたが大変に甘くなっていた。昨日の日本人外交官殺害事件続報をいろいろ。……思うところは多々あるんだが、一口でくくっちゃうと、テロは今後、海外、南米や中東の、もと社会主義国家でどんどん多発する。社会主義の崩壊とそれに伴う資本主義の力の低下により、20世紀の間、国家理念で無理矢理押さえつけられていた民族主義がその覆いをはねのけられて頭をもたげ、人種や宗教を別個にする民族的アイデンティティを求めて独立自治を求めるのが21世紀の、少なくとも前半の流れになるだろう。

 彼らは貧乏できちんとした戦争が出来ないから、必然的にテロ行為に頼らざるを得ない。民族個々のアイデンティティというのは大事なことだと思う。とはいえ、近代国家というシステムはそもそもそういう民族を統合して、国という大組織に統一することで経済力とか防衛力とかを保持しようというアイデアの元に出来ているわけだから、個々の民族がバラバラに分離することを極力防ごうとする。国家がバラバラになれば、自然災害や経済危機に対する防衛力は極端に衰え、結果として諸民族は近代以前の貧農集落に逆戻りするだろう。しかし、それでもなお、人間というのは、出身地と宗教による自己アイデンティティの確立の方を望む生き物らしい。ここで軋轢が生じ、テロが起こる。中東、南米、東欧、東南アジア諸国へと、この民族自立テロはどんどん飛び火していくだろう。これは“あの”森前総理ですら、著書の中で(ゴーストライターが誰か知らないが)予見していたことだ。もちろん、その本は9・11以前に書かれたものだが、それは見事に的中した。このテロの結果が成功に終わるのを見届ければ、さらなるテロが各地で頻発することは火を見るよりも明らかだ。上に挙げた地域以外にも、イギリスにはアイルランド共和国軍あり、スペインにはバスク独立運動過激派あり、フランスにはコルシカ民族解放戦線あり……そうなれば日本は向後50年から100年の間、限られた地域以外には海外旅行にも出かけられぬことになるだろう。この予想を“短絡思考にすぎる”“極論を言っている”とケナしてはいけない。それを言うなら、“海外に自衛隊を派遣させたが最後日本は軍国主義への道を再び歩き始める”というのも短絡な極論なんだから。

 日本が岐路に立たされているのはこの情勢のどちらに歩を進めるか(国家主義に加担するか、民族主義に味方するか)ということなのだが、とにかく血を流すことを厭う国民感情は、今回もどうも、一切外の騒ぎには目をつぶって、狭い島国の中で肩を寄せ合って生きよう、ということに決しそうな案配である。まあ、それもよし、と私は思う。もともと、『社会派くんがゆく!』の村崎さんとの対談の中でも主張しているように、私は元来、鎖国主義者なのだ。日本人に、世界各国と交渉して伏魔殿的な国際情勢の中を渡り歩いていくことは無理というものである。国際社会に出るなら大国の属国くらいしか道はない。それがイヤだ、日本には日本のアイデンティティがある、というなら、鎖国が最も国民に似合った方法だと思う。考えて見るがよろしい、日本が世界に誇る文化を築き得たのは、その9割が鎖国時代においてではないか。国のアイデンティティ自体が引きこもり系なのだ。国際社会に貢献しようとか、一員となろうなどというオオソレタ野望は抱かない方が分に合っている国だと、もちろん韜晦と嫌味が半分ではあるが、そのもう半分の頭で、これは半ばマジに考えているんである。

 そんなことよりむしろ頭にひっかかってしまったニュース。産経ウェブで昼ごろ流れたもの。
「山形県米沢市の自宅で今年6月、母親を木製バットなどで殴って殺害したとして殺人の罪に問われた無職、土田博行被告(22)の初公判が1日、山形地裁(木下徹信裁判長)で開かれ、同被告は“(起訴状に間違いは)ありません”と起訴事実を認めた。検察側は冒頭陳述で、同被告が高校時代に見たアニメ、『新世紀エヴァンゲリオン』の“進化の最終結論は滅亡”との言葉に共感し、また人間は環境を破壊する横暴な生物との思いから殺人に興味を持ったと指摘。犯行当日、仕事上のトラブルから殺人願望を達成することを決め、手始めに家族を殺害したと述べた。
 山形地検は、土田被告が“人間を減らさなければならない”などと供述していたため精神鑑定をしたが、刑事責任能力があるとして起訴した。起訴状によると、土田被告は6月25日、米沢市赤崩の自宅で、母親=当時(47)=の頭を木製バットやスコップで数十回殴って殺害した」
 ……あまりに素直(バカ)というかなんというか。当然のことながらエヴァにも庵野氏にも何の責任もないが、しかしあのブーム当時、私がエヴァマニアの熱狂と視野狭窄をオウム信者に例えたとき、竹熊健太郎氏が“オウムは人を殺したが、エヴァは一人も傷つけていない”と反論してきたのを思い出した。傷つけてしまったなあ。

 雨、かなり降る。1時、どどいつ文庫伊藤氏来。同居人になった女性を伴っての来宅である。ビデオと本で埋まった仕事場に、女性を招き入れることにちと、躊躇してしまった。しかも、これが何と意外にも(などというと伊藤さんに非常に失礼だが)その取り合わせに驚くほどの可愛いお嬢さん(実年齢はもちろん知らないが非常に若く見える)なのだ。ハタから見ても、本人の談を聞いても、かなり基本からハズれた人生を送っているように見える“酔狂洋書専門の本屋”さんに、こういうパートナーが出来るとは、神様というのはいるのかも知れぬ、と一瞬思ってしまった。仕事のことなど、少し話す。

 昼は兆楽でラーメン。それから雨の中、時間割でOTCのNくんと、明後日のオタク大賞の撮りのことを打ち合わせ。この番組、日本より海外でウケるから、次回からは最初から海外向けの作りにしてしまって、日本にそれを逆輸入する、という形で作りなよ、てなことを煽る。番組の打ち合わせはまあ、例年の如し。

 青山に行き、スーパーで買い物少し。帰宅して、ネットを回る。某所で大笑いし、また某MLでは困ったものだ、と腕組みして考えたり。そのまま、夜まで。気圧のせいか、仕事進まず。フィギュア王の原稿に赤入れをしたり(ゲラが旅行中に回ってきたのだが、最終出張校正で手を入れられるとのことだったので)、パイデザに同人誌原稿のチェックを送ったり。

 連絡途切れている仕事先にメールしてみる。大きな仕事だったが、中断のまま。かなり心の中ではあきらめが勝ってきた。9時、下北沢『虎の子』へ。能登で買った竹葉のひやおろしをおみやげに。K子と飲んでいたら、高血圧のために酒を控えているという虎夫さんが来て、さいきんはいくぶん落ち着いたのでと、酒を飲み出した。上が190あって、鼻血がある晩、とまらくなり、翌朝すぐに病院に駆け込んで、いろいろ検査してみたがわからない。最後に血圧計ってみて、医者がのけぞったそうである。うーむ。いろいろ話し込みながら、こっちはガブガブ。ボジョレーをデキャンタで飲んで、かなり酔っぱらってしまった。帰宅、例の“困ったもの”の件でMLに少し書き込み。やや悪役を演じることになるが、立場上これは仕方なし。女流真打制度を作った際の志ん朝のような気分。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa