裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

19日

金曜日

キルビルゲ

 ルロロロ〜“変な日本語を使う外人”を改造したドルゲ魔人キルビルゲいでよ〜。朝、6時に目が覚めて、日本名著全集『狂文狂歌集』などをパラパラと読む。風来山人(平賀源内)の戯文はやはりいい。7時15分起床。凛とした寒気が心地よし。朝食、ソバ粉薄焼き。これまで作ったうちで一番うまく出来た。サラダオイルを一・二滴たらして混ぜ込むのがコツ。ニンニクミソとネギも旨し。果物はフジリンゴ。K子の指示で皮付きのままサク切りで。毎朝のんでいる漢方薬がそろそろ残り少なくなっているので、実家の薬局に注文を出す。Uさんから電話。Mさんにメールの返事をく ださるよう伝言をお願いしますとのこと。

 昨日のラジオ放送を聞いた読者からメール幾通か。概ね好評のようでまず結構。沖縄の中笈さんからはキルビルTシャツをお歳暮にいただく。K子(東文研経理部長)からは年末のモチ代が出る。これで伊勢丹古書市にも行けます。トーハンからは恒例の昆布巻きが届く。Dちゃんがこれ、そう言えば好物だったな。Dと昆布巻きという のは似合わないが。

 フィギュア王の原稿にかかる。担当のSくんが数日前に、“原稿の進展具合はいかがでしょうか”という留守録とメールを寄こし、すわ〆切を忘れておりしよな、とあせって内容を見たら、金曜日が〆切とあり、まだ先じゃねえか、脅かすない、と放ったらかしにしておいたら、もう金曜日である。まあネタはいいものが確保してあり、 あせることもない。悠々と書き出す。

 昼飯は冷蔵庫の中のネギとキャベツ、冷凍庫の中の豚バラ肉を酒を加えた湯で茹でて、ソラチのギョウジャニンニクのタレで食べる。食べ終わってまた原稿。思った通りなかなか濃い原稿に仕上がって満足だが、私の筆が優れているのではなく、今回はひたすら資料が濃かったというだけ。メールし、バイク便で図版を送る。

 早起きしたせいか、書き上げたとたんに眠くなる。村崎さんとの対談まで1時間半あるので、ちょっと横になって休む。非常に楽しい悪夢を見た。長い夢だったように思えたが、枕元の時計を見てみるに、眠っていたのは15分ほど。起きだしてメールが来ているのを見たら、ベギラマから。妊娠しても変わらず積極的なのは結構。とはいえ、やはり紀伊國屋ホール出演は無理らしく、残念。もっとも、それを残念がるのは私のように、学生時代からここで演劇をずっと見てきて、イッセー尾形関係でここでの仕事に関わったこともあった人間の勝手な思い入れであって、ついこないだ演劇を始めた彼女にとっては、もったいないも何も、そんな感覚がまるでないであろう。

 4時、時間割で『社会派くんがゆく!』対談。村崎さんに、例の“へぇ”ボタンのパチもんをもらう。作りが非常に粗雑で、カウントも出ないし、第一“へぇ”の声が微妙に違うのが力が抜けた感じでよし。対談、楽しく悪口、楽しく日本の劣化を憂いて。特にH2Aロケット打ち上げ失敗は、これで日本の自力での北朝鮮監視を不可能にし、やはり自国防衛はアメリカ追随しかない、と日本政府を決断させたことになるわけで、自衛隊がもしイラクでテロ攻撃を受けたら、責任の一端は宇宙航空研究開発機構にある、と二人でクソミソに言う。対談終了後、単行本(三冊目)の打ち合わせ少し。会社の方からは2月前半には出せとの指令が来ているそうで、年内にとりあえ ずコラム原稿のみ執筆ということを決める。

 6時、終わって荷物を家に起き、その足で下北沢『虎の子』へ。今日は広島のわかめさんから送られた殻つき生牡蠣、ポーランド帰りのゲラッチさんから貰ったポーランドのソーセージとチーズ、それに春風亭昇輔さんからお歳暮に貰った鰹のたたき、そして仙台のあのつくんから送られた野菜を堪能する会である。会自体は7時からなのだが、その前に牡蠣の殻を剥く作業がある。K子がハンズで買ってきた殻剥きを手に、伊丹十三の『フランス料理を私と』(文藝春秋)に写真付きで載っている殻の剥き方の部分をコピーしたテキストを参考に、S山さん、ナジャさん、ナンビョースズキくん(彼は方向音痴のナジャさんを送ってきただけ)、カーター卿さんというメンツで、殻をせっせと剥く。さすが伊丹十三の筆は確かで、その通りに動作を行うだけ で、本当に牡蠣が剥ける。
「牡蠣を睨む。これがすべての第一歩。牡蠣を睨みますと、おそらく、すでに帆立を征服した(注・この前に帆立の殻開けの手順の説明があった)諸君のことだ、牡蠣の殻というのも、平たいほうと、船型にふくらんだほうという二種類の組み合わせでできているということを発見されるであろう。とりあえず、このふくらんでいるほうを下にして左手に持ち、ここでもう一と睨みしてみますと、牡蠣というのが決して上下対称ではないことがわかるはずだ。すなわち一方の端は太く丸く、一方の端はやや細くて尖り気味になっているのである。この、細いほうが蝶番になっているから、蝶番が手前にくるように牡蠣を持ってもらいたい。ナニ? 僕のは曖昧でどっちが蝶番かわからない? そういうのがあるんだよねえ、その場合は、もう一と睨み睨んでくれたまえ。すると、牡蠣というのが決して左右対称ではなく、どちらか一方が真直ぐ、どちらか一方が弓なりになっているのに気づくはずだ。その場合は真直ぐの方が右。ここまでいいですね。(中略)ハイ。では牡蠣を正しく持ったら、貝柱を切断する。貝柱の位地は、いま、君の左手にある牡蠣の右上にある。そのあたりにナイフを入れ天井になっている殻の内側をこそげるようにすると、貝柱が切れて牡蠣は開くはずである」
 むちゃくちゃな手間のように見えるが、殻剥き作業というものを、まったく牡蠣に対する知識がない人間にきちんと説明しようとすると、これだけの字数がかかるとい うわけである。

 慣れてくるとこういう作業は楽しい。半分は焼き牡蠣にしてもらい、半分は生で、ということにする。今日は『虎の子』は貸切状態で、K子のポーランド語教室の生徒の皆さんの忘年会がテーブル席、仙台野菜の会のメンバーがカウンター席。こっちの方のメンバーはナジャさん、カーター卿さん、S山さん、T橋さん、平塚夫妻、それに虎夫氏。虎夫氏は高血圧で鼻血を出して以来酒はやめているとのことだったが、このあいだ送った竹葉のひやおろしが三分の一に減っているのはどういうわけか。

 あと、ポーランド語のテーブルの方には、世界文化社のD編集長と、I矢くんも。酒はS山さん持参の竹葉山廃、と学会のS井さんが、新潟に出張の折りに買って、ここでみんなで飲もうと『虎の子』宛に送ってきた久保田の瓶入りと瓶入り。で、今日はその送り主のS井さんは仕事の関係で参加できず。みんな“いやあ、不幸な友人がいると酒がうまいねえ!”と、ガブガブやってしまう。ポーランドのソーセージ“カバノス”というのは、ベビーサラミみたいな味だが、ポーランド人の先生によると、本国ではこれにホースラディッシを添えて食べるとか。ではワサビだ、と注文してつけて食べると、これは意外なとりあわせで、おいしい(後でネットで調べたらカバノ スはハンガリーのソーセージとあったが……)。

 さらにサーモンの大根巻き、ボルシチ、白菜炒めチーズがけ、ブロッコリのカマンベールチーズソース、大根と牛肉、キクラゲの炒め煮、カツオ叩きと、大饗宴。牡蠣は焼き牡蠣は濃厚、生牡蠣は鮮烈な潮の香り。ぺろりぺろりと平らげていく。最後はポーランドのトリッパの缶詰と、ライ麦パン。虎夫氏は血圧190で鼻血が出たという話を聞いたS山さん、“私、いま上が210です”というのに仰天。それで日常生活にナニも支障無く、例のギョーザ屋はいつ行きます? なんて話をしている。個体差ってのはあるもんだなと可笑しく思う。10時解散、かなり酒が回ってはいたが、まずしっかりと(自分ではそう思ったが)した足取りで帰宅。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa