2日
火曜日
アッと鬼六為五郎
「SM小説だったのかあ!」(先日のと学会でエロの冒険者さんが“団鬼六ってオニロクと読むのですか、キロクですかと訊いてきたので。キロクなら“団鬼六の戦い”とシャレるつもりだったらしい)。朝、7時半定例で起床。古い19世紀の英国探偵小説を、出来るだけクラシックな語彙を使うというコンセプトで翻訳している夢を見 た。
朝の寒い台所に立って暖房を入れ、ガス台に火をつけて湯を沸かし、といった作業をやっていると、『大地』の冒頭を思い出してしまう。この本、能登旅行に読み残しの少しある一巻と二巻を持っていったのだが、すぐに読了してしまった。一巻の王龍の半世紀はまさに土に生きた農民の物語なのだが、二巻になり、末息子の王虎が主人公になると、いきなり現代版・三国志みたいな、軍事武侠小説になる。女性が書いたとは思えないほど活劇満載の展開(特に自分を裏切った妻を殺すところなど、中世のロマン小説みたいだ)だが、作者は長い中国暮らしで、中国人たちの好むこれらの大衆むき娯楽読物や、辻講釈などにもなじんでいたのであろう。そのテンポが息づいている。いまはトイレで第三巻を読んでいるが、将軍の地位にもなじんだ王虎が、子供(自分の血を継ぐもの)への愛情に目覚めるあたり。食い物の描写がふんだんに出てくることも、この作品が読んで楽しい一因であろう。百目鬼恭三郎も、文学作品というのは概ね退屈なものだが、食い物が出てくるところは後々まで印象に残るものだ、と言っていた。この作品は退屈でない上に食い物がいっぱい出てくるのでよろしい。
午前中は雑用がいろいろ。ラジオ出演のために写真を送ってくれとの件など。なんでラジオなのに顔写真がいるのかと思ったら、番組のホームページに載っけるのだそうである。あと、早川書房のAさんから電話、新しい本の企画の件で。この日記を毎日読んでくれているようで、そこから浮かんだ企画であった。私にとっては大変に嬉 しい話である。何でも書き留めておくべきものだ。
1時に服を着替え、マンション入り口で迎えを待つ。雑誌『通販生活』の取材で、下高井戸の銭湯へ行くのである。少し遅れるとの連絡だったので階下のロビーで、郵便受けに届いていた小学館『ウルトラ博物館』を読む。書き下ろしコラム執筆者は私 となをき、それから串間努さん、樋口真嗣監督、Moo.念平さん。
到着したバンに乗って世田谷区赤堤にある『須賀乃湯』へ。ここの銭湯で使用している入浴剤(明礬の花)の取材である。編集部の人、それから入浴剤メーカーの人に挨拶、名刺交換。今日は私がここの風呂に入り、その入浴剤を笑顔で勧めている、という設定での撮影である。もちろん、帽子とメガネはつけたまま。とったら一体誰なんだか、わからなくなる。帽子をつけたまま入浴しているシーンというと、どうしてもツムラの入浴剤の伊丹十三のものが思い浮かぶ。と、いうか、いい年して裸をさらすような仕事、“伊丹十三もやっていた”という記憶がなければ引き受けなかったかも知れない。カメラマン氏が浴場内で撮影準備をしている間に、編集部が用意してくれた海パンに隣室(つまり女湯)で着替える。ここは昭和14年創業だそうで、現在は改築して昔の面影はないものの、ときおり昭和40年代くらいからずっと使っているんだろうなあ、というような道具がある。女湯には昔の美容室にあった大きなカッ プ型のヘアドライヤーが置いてあった。
準備整い、スタッフ注視の中、湯船に浸かる。一番風呂だから温度は高めだ。壁の温度計を見たら48度というので驚く(日本の高温度温泉の基本温度が42度)が、後で聞いたらこの温度計は壊れていて、ずっと48度のまんまなのだそうだ。とはいえ、撮影はカメラ位地の関係でカランの近くで行わねばならず、ここの湯船の底が熱水の噴出口になっており、熱い湯がボコボコ沸いてくる。しかもさすが『通販生活』で評判ベストの入浴剤を使用しているだけあって(これは保証するが、確かに芯から温まる)、汗がダラダラと流れてくる。帽子をかぶっているからなおさらである。普通なら小刻みに出たり入ったりを繰り返すんだろうが、撮影なので、フィルム交換のとき以外ずっと浸かりっぱなしで、笑顔を浮かべてポーズをとらねばならない。まずいことに、ここへ来る車中で、勧められるままにサンドイッチを昼食代わりに口にした。食後すぐの入浴なので、血が胃袋の方へ行ってしまっており、頭がボヤけてクラクラしてくる。笑顔を浮かべたまま、浴槽の中にズブズブ沈んでいきそうになった。この銭湯のご主人と話しているところの撮影を終えて、ご苦労さまでした、と上がったときは、全身がまっ赤っかに染まっていた。湯あたり状態である。女湯の脱衣場で空気マッサージ椅子に横たわって、しばらくハアハアと苦しげに息をつく。自動販売 機でジュースを買って飲んで、やっと回復した。
何も文筆業でここまでタレントになることはない、という意見もあるだろうが、私は出が芸能プロダクションなもので、つい、その場の要求に応えてしまう。芸能プロのマネージャーで、芸人以上にノリがいい人としてはコント赤信号の石井光三社長がいるが、彼が芸人に先立って何でもやるのは、“自分が率先してバカをやらないと、タレントがバカをやってくれまへん”という主義だからだそうだ。これは現代においては、正しいあり方ではないかと思う。中野貴雄監督を『不思議の国のゲイたち』で主役に使ったときも、俳優なら逆にここまではやらないんじゃないかというレベルの芝居をどんどんやってくれて、本当に有り難かった。あれも、“いつもは役者にひどいことをさせているんだから……”という意識のあらわれではなかったか、と私は見ている。私の場合は、最近は大変な目にあうと、“これは日記のネタになるな”とい う感じで自らを慰めているのだが。
須賀乃湯のご主人は口調も体格もちゃきちゃきの江戸っ子という感じで、“このタイルの色、いいだろ? 張り替えるときにね、これからは癒しの時代だってんで、こういうグレイにしたんだ”と無邪気に自慢する。癒しってのがどういうことだか、よくわかってないんじゃないかとも思うが、そこらへんの軽佻さがいかにも江戸っ子である。私が“でも、銭湯ならやっぱり富士山の絵が欲しいですねえ”と言うと、“そうなンだけどねエ……今ァもう、描ける人がいなくなッちまッてねエ”と、ひとしきり銭湯昔話。カメラマンさんがポラをみながら写りがどうこう、と編集のSさんと話 しているのをのぞき込んで、
「……アァ、こりゃ確かに暗えや。何だろうね、この照明が足りないのかね」
などとわかった風にイッチョカミしてくるのも、江戸っ子風。
番台のところに行って、そこで販売している使い捨て用のシャンプーやポマードのレトロ感覚にみんな、“わあ”という感じで大喜びする。シャンプーがホルコンというメーカーのもの、ヘアリキッドは“名曲”、ポマードはモントン。ホルコンというのは“FALCON”だが、これをホルコンと読む感覚が昭和30年代テイストで素晴らしい。こういうメーカーがまだ存在するというだけでうれしくなってくる。
そこから移動して、新宿のカタログハウス本社。ここで今度はウェーブレディオの写真撮影なのだが、この設営にかなり時間がかかり、4時に社に入って、撮影自体は5時過ぎになる。『通販生活』のバックナンバーをずっと読んでいたので退屈はしなかったが、都立大での『念力家族』展、今日までだったのだが行きそびれてしまった のは残念。
終わってタクシーを出してくれる。これで帰宅。太田出版H氏から、次のトンデモ本の候補がまだちょっと足りないという書き込みが執筆MLにあったので、何冊か候補本を上げる。しかし、この本の原稿〆切、やたら早かったのだな。てっきり来年だと思っていた。これは12月も楽になったとはとても言えない。パソコンのフリーズなどにいらついていたら、思いがけない人から電話。昔一緒にお仕事をしていたAV監督の山本寅次郎氏。現在『FLASH!』でライター仕事もしているそうで、その 件で。
8時、四谷に。語学教室終えたK子とおでんや『DEN』で食事を、と思ったのだが満員だとのこと。仕方なく三丁目方面まで歩き、居酒屋風の店(名前忘れた)に飛び込みで。親子三人でやっている店で、アットホーム。アットホーム過ぎるかもしれないが。湯豆腐、馬刺、白魚天ぷら、おでんなど。取り立ててどうこうというものではないが、まずまずの味。酒は新亀を燗で。