裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

5日

金曜日

地上酔狂の男

 ラストで地球をまっぷたつにしてしまう漫画を描いたんですよ、酔狂でしょ。朝、7時45分起床。少々喉がいがらっぽい。風邪っぽい感じ。イラクで殺害された二人の遺体の帰国をテレビで見る。これで自衛隊派兵が微妙になる、などと言っているコメンテーターいたが、逆に、この事件で政府の動きは背中を押されたことになるのではないか。つまり、日本に派兵の正当な“理由”が出来たのである。これがわざわざ危険なティクリート地帯にあの二人を呼び寄せて殺害させ、小泉に圧力を加えるアメリカの陰謀であった、などという論者ももうきっと出てきているだろう。

 朝食、キャベツとセロリを刻んだサラダにナッツ(クコ、松の実、パンプキンシード。パンプキンシードはナッツなのか?)をかけてボリボリ。それとデコポン半分。午前中に日刊ゲンダイの新年特集の『正月休みに面白く読めて元気が出る本』3冊紹介。今年後半刊行限定なので、『神は沈黙せず』『念力家族』『年を歴た鰐の話』を 挙げて、コメントをつける。書いてる途中で催促電話アリ。

 昼飯はいきなり思いついて蕎麦飯を作る。もっとも、ヤキソバがなかったのでスパゲッティを用いる。米半カップをざっと水で洗い、タマネギ、セロリ、ニンニクのみじん切り、冷凍庫の奥でカチカチにひからびていた牛肉と一緒にオリーブオイルで炒め、コンソメスープの素とパプリカを投入し、ワインと水で十五分ほど煮る。途中で三分の一にヘシ折ったパスタも投入。味付けにオタフクソースを少々絞り込む。水気 がなくなってきたら火を止め、蓋をして充分に蒸らす。コテコテな洋食の味。

 午後は立川流同人誌原稿。夏に行った春風亭勢朝を交えての落語界裏話座談会の後半をテープ起こし。ヤバネタ続出で、どうすべえと悩むが、エエイと全部ぶちこんでしまう。途中で、開田あやさんの『ぶらりオタク旅』の原稿も、長野花火旅行の時の日記を再構成して完成させ、メール。ニッポン放送から電話、15日(月)の朝7時30分から、『高嶋ひでたけのお早う! 中年探偵団』出演の件。6時半に迎えの車 が来るというから、5時起きになる。やれやれ、健康的なこと。

 3時、時間割にてミリオン出版Yさんと打ち合わせ、実録猟奇コミックの台割とスケジュールの最終確認作業。てきぱきと進んでいて、気持ちがいい。細かいところは井上デザインに全部丸投げにしているのでこちらは楽である。Yさんから、この本から派生した次の本の企画も提示されて、これがまたなかなか面白そうで是非やってみたいと思うが、しかし来年のスケジュールにどう組み込むか、嬉しくも頭を抱える。

 神経は新企画のことで興奮しているのだが、気力の方がどうしたわけか急速に低下し、生あくびが出る。打ち合わせ終わって外に出たら小雨が降っていた。コレカ、と思う。ところで、時間割の入っているビルの一階はアスレチック用品店だが、昨日のお仕事で会った(株)コンビのFくんは、ここの店を担当しているとのことである。

 帰宅、いつもならこういう気圧の時はひとやすみなのだが、そうもいかず、座談会原稿続き。内容の確認にインターネットで検索するので、知らず知らず情報通になった気になる。情報と言えば神田森莉の日記でベギラマの妊娠・結婚を知って、ちょっとショック。来年4月の紀伊國屋ホールはじゃあパスなのか。祝わなくてはいけないんだろうが、このあいだまでの彼女の舞台を見ていて、“そろそろ次でブレイクか”と、上り調子の若い人を見ているときにおじさん世代が共通感覚で感じる、何ともいえない悦びにひたっていた矢先だったんで、正直言って“あちゃあ”であるし、彼女のキャラクターを表面に立てた企画の腹案をいろいろねっていたのだが、当分はオアズケである。仕方ない。

 某誌の連載、現行の形が変則なもので、形式を普通の連載に変更出来ないかと数ヶ月前から編集部に申し込んでいた。今日やっと担当編集から返事が来て、それがこちらにとりかなりいい条件での変更だったので、喜んで返信したら、編集長の意向とその報告が全く逆であったということが判明。大幅なスペース減になる。呆れ返って、そういう形だとイラストレーターにも迷惑をかけるし、なら現行のままでいいです、と返事。まあモノカキ商売にはアリガチなことなのだが、それなら最初からそう言やいいに、と言いたくなる。八犬伝の話のそもそもの発端は、最初にいいことを言われて後でそれを取り消された玉梓のうらみの念なのだぞ、とブツブツ。最初に打診したときに脈があるようなことを言われ、変更になった際のスケジュールなどをイラストレーターと打ち合わせていたりしたことが、たった数回のメールのやりとりで全部無駄になってしまった。落胆する。ここの編集長は以前にも、“カラサワさんの連載は是非、うちで単行本化させていただくことを今からお願いしておきます”などと調子のいいメールをよこし、原稿がたまったのでそろそろ……と思ったら、方針変更でそれがダメになりました、とヘラヘラして言って恥じない無責任ヤロウなので、期待したこと自体まちがいであった。せめてもの抵抗に、ここの〆切の優先順位を最下位に置くことにする。我ながら情けない抵抗であることよ、と苦笑、自嘲。気圧とベギラ マとこれとで、ココロチヂニミダレ、原稿執筆速度が極端に落ちる。

 8時半、わが家から歩いて三分の距離にあるフレンチレストラン『ル・ポトフ』でK子と夕食。このレストランは今のマンションに引っ越したときに一度行って、確か兎のシチューを食べてうまかった。それ以来、“また行こう”と思っていながら、あまりに近いのでつい、足が逆に遠のいてしまっていたのだった。K子が鹿肉のポワレを頼み、私は仔羊肉のロースト。まっとうで誠実な味で、なかなかのもの(羊の脂の風味がまことに……)、と感心するが、やはりハンニバルやクリクリのような、個性が真っ正面に出ている料理になじんでしまうと、お行儀がよすぎる気になってしまうのも確か。快楽亭や談笑の落語を聞き慣れたあとで、まっとうな古典を聞いたような気分。ただし、鹿の皿の脇としてついてきたワイルドライスのリゾット、これは口に 含んでウン、と感服しました。これ一皿食べたいな。

 帰宅して、さらになお座談会原稿。12時に完成、談之助さんにメール。さらに明日じゅうに、快楽亭の落語のテープ起こしをやらねばならない。布団に潜り込む時の活版睡眠薬(夏目漱石『猫』より)として、こないだ日記に登場したいいだももの、『20世紀の〈社会主義〉とは何であったか』(論創社)を選ぶが、やはり寝床で読むべき本ではなかった。ぶ厚すぎる。あとがきの最後の署名のところまでで1173 ページ(厚さ6センチ)もある。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa