裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

27日

土曜日

ねじ式過剰

 お前がメメクラゲに刺されようとどうしようと誰も気にしてねえっつうの。朝、4時半ころに起きだして、たまっている日記を書く。ふと窓外を見ると、小雨が雪に変わっていてビックリ。道理で冷えると思った。6時にもう一度就寝、7時半再起床。その時分にはもう雪はやんで跡形もなし。とはいえ、寒さは寒し。鼻の中を先日風邪引いてやたら鼻をかんだときに傷つけて、鼻腔中にかさぶたが出来、鼻をつまむとそこが痛い。ならつままねばいいのだが、私は考え事をしたりするとき、鼻を下からつ まむようにするのが癖なのである。

 朝食はそば粉薄焼き。通販で長野から取り寄せた石臼挽きのそば粉を使って焼いてみる。これがアタリだった。やはり新そば粉は違う。皮まで挽きこんであるので、色は黒いがほのかな蕎麦の香りと、甘味があって、食感も柔らかく、しっとり。それにしても、こないだのニンニク焼きミソといい、ソラチのギョウジャニンニクだれといい、ネットでなんでも手に入る時代になって、便利だなあ、と思う。それだけに地方 でそこにしかない名産を買う楽しみは減っているんだろうが。

 メールチェックその他雑用。宅急便など出すべく手配するが、手違い多し。梅田佳声先生のお宅へメールする。あと、昨日チェックした『社会派くん』原稿をもう一度読み返してみたら、“臥床薪炭”と書いてあった。もっともらしい字面なので読みとばしてしまっていたが、“臥薪嘗胆”の間違い。薪や炭の上に寝たんだろ、と言われ ればその通りかもしれない。

 12時半に家を出て、駅前でウナギメシで昼食。書店で『ヤングマガジンアッパーズ』、バジリスク立ち読み。室賀豹馬VS.筑摩小四郎。原作では盲目の忍者・豹馬が自信満々で放った忍法猫眼縛り(瞬間催眠術の一種)が、敵の小四郎もにわか盲にされていた(豹馬も盲目のためにそれに気がつかなかった)ために効かず、実にあっけなくやられてしまう。しかも小四郎の目を封じたのは、豹馬の主人である主人公・弦之介という皮肉。そのあたりのトリッキイなところ(出来事と出来事の相関々係)が、忍法争いの特殊性として描かれていて、さすがミステリ畑の作者の筆らしくてよかった。せがわ版ではお互いに相手が盲目とわかった上での正面からの対決として描いている。話としては面白みに欠ける変更だが、確かに絵では表現しにくい場面のため、やむを得ないかとも思う。人気キャラの小四郎の活躍の場をもう少し設けないとということもあるのだろう。

 井の頭線で明大前乗り換え、笹塚へ。笹塚劇場(仮)というところで行われる、立川志らく座長の劇団下町ダニーローズ第二回公演『未来ポリスマンの横恋慕』。なぜ(仮)とついているかというと、ここは以前映画館だったそうで、それが閉館したあとのスペースを改造して舞台にしているので、名前もまだついていない劇場なのだそうな。阿部能丸さんのご招待。1時半開場だと思って受付にいったら、2時開場2時半開演だった。30分ほど、ゲーセンで時間つぶす。改めて30分後に入ったら、福原鉄平くんが来ていたので、隣に坐って、しばし仮面ライダーばなし、戦隊ものばなし。うわの空一座の土田真巳さん、小栗由加さんたちが来ていて、挨拶しにきてくれた。

 で、舞台だが、さすが落語家が座長の芝居だけあって、出演者の半数が落語家。それなのにみんな達者だなあ、と思う。鹿芝居の域を脱している。いまの落語が演劇と同じ感覚の演出になっている(なってしまっている、と書きたいところだが)証左であろう。ただ、セリフとセリフのつなぎの部分、相手のセリフを一瞬、“確認”してからウケのセリフに入る、というあたりが落語家っぽくて、そこらへんで他の役者プロパーの人と少し、テンポがズレていたのがご愛敬。もっともそれを言うなら、普段独り芝居をやっているモロ師岡が、一番ウケのタイミングがとれず、みんなと芝居のテンポがズレてばかりいたのもご愛敬。そんな中で前回主役を張った柳家一琴、今回は狂言回しのロボット召使の役だったが、これが抜群の面白さ。この人は凄い。女優陣では前回、あまり目立たなかった山咲レオナが、ヒロインの酒井莉加を食ってしまう魅力で存在感を見せていた。前回、トカゲ女という凄い役をやっていた奈賀毬子が 下町のおっかさん、という180度違った役だったのにも驚いたが。

 で、阿部能丸、前回は地味なヒロインのお父さんという役だったが、今回は居酒屋の客の一人の相撲取り(黒澤のどん底の藤田山か?)という、あまり重くない役。とはいえちゃんと見せ場があり、最後には諸肌脱いで土俵入りを披露する。K子の『映画の真ん中でアイを叫んだけだもの』ではデブ専バーの客の役だったが、それ以降は痩せていたので、相撲取りの役が務まるのかと思っていたが、ちゃんと相撲取りの体 型になっていたのに驚く。

 芝居自体は、完成度でやや、前回のブルーフロッグマンに劣るかな、という感じ。未来からやってきて父と母の死を知っているモロ師岡の主役が、もうちょっとなんとかしようと思わないのも不自然だし、芝居に限らずストーリィにおける主役の条件である、“異物としての割り込みで、本来整然と進行するはずの話を混乱させる役割” をあまり努めていないのが残念。全体的なアイデアは大変いいのだが。 終わって阿部さんに挨拶。太りましたね、と言ったら、この人らしく“役作りで体 重増やしたんです”と言う。
「ボクは役のためなら一ヶ月で四、五キロは増減できますから」
 と豪語。ロバート・デ・ニーロですね、と感心しておく。小栗由加が“阿部さん、胸がぷるぷるんって揺れてたよ〜、うらやまし〜”と言ってさわっていた。劇場を出て、尾針恵、宮垣雄樹のみなさんと、お茶しましょうか、と誘って、喫茶店を探す。が、笹塚というところが土地不案内で、よくわからない。商店街の中に入って探し、昭和四○年代を思わせるような、下町風の、お焼き屋さんがやっている喫茶店、という雰囲気の店を見つけて入る。なかなかいい店で、今川焼きとコーヒー。

 福原くん、うわの空の皆さんと雑談。と、言っても、ほとんどうわの空のお芝居の話。紀伊國屋進出を前に、いろいろと説教みたいなことを調子に乗って言ってしまい後でちょっと後悔。でも、彼女たちを見るとつい、いろいろとこうしたらああしたらと言いたくなってしまうのである。小劇場出身の劇団が紀伊國屋ホールに出ると、演出から演技から、全部が勝手が違うはず。参考になれば、とまとまりなく、思いつくままに自分の経験など。黙って聞いてくれて感謝。あまり真面目にとらないでください。ところでこの店、安すぎる。阿部さんに入場料おごってもらったので、その分で全員の分をおごって、なおお釣りが来た。これまで、ファンなのにあまり長い時間話をしたり出来なかった小栗由加さんともいろいろ話せて(イヤ、こっちが話しただけです、すいません)年末の超多忙の中で一瞬、ふっと無重力状態の中に置かれたよう な、心休まる半日であった。

 帰宅して、仕事。当然のことながら進まず。メール、さすがにもう年内は原稿依頼とかはないだろうと思っていたら、今日になってさらに一件。文藝春秋Mさんから、文藝春秋本誌の巻頭コラムを書いてくれとのこと。ここの巻頭随筆は以前、『宣伝会議』誌でベストコラムのひとつに阿川弘之氏の『葭の髄から』を入れたのだが、私のようなサブカル畑のモノカキなど書くところでない、何か文学賞でもとった人でない と執筆できないところだと思っていたので、ちょっと意外。

 昨日募集した“読んでます”メール、既に陸続。『おれんち』のすぐ近くに住んでいるという人、FCOMEDYSの頃からの愛読者、このあいだ船山に家族を連れて行って感謝されましたという人、なんとミシガン州で毎日読んでいるという人など、本当にいろんな人々にいろんな目的で読まれているんだなあと思い、ありがたく感謝する。あ、去年は“日記タイトルの中の好きなダジャレを書いてくること”という縛りをつけたのに、今年はなぜないのか、という御指摘も受けた。別になぜといって理 由もないが、書いてきていただけるとうれしいです。

 8時半、参宮橋『クリクリ』にてK子と夕食。クリクリも年内営業は今日までだとのこと。タルタル、仔羊ローストなど定番と、チーズフォンデュ。仔羊はもう端っこのとこだけ、というので少し大きめなのを焼いてくれたが、骨や筋にへばりついた肉の部分にかじりついてハギとり、肉汁をすすり、脂を舌で舐めとるようにしてしゃぶりつくすその快感たるや。まさにエクスタシーであった。この、ナイフとフォークを使わずにかじりつく食べ方が人間を興奮させるのはなぜなのか。こうでんさんの五郎島金時を二本ほど、絵里さんにお裾分け。絵里さんも、最近は朝食がわりにサツマイモを蒸かしたのを食べているとか。私の日記の影響とのことである。ここにも日記読 者がいました。

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