裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

16日

火曜日

赤いフセイン

 あの子はどこの子 こんな穴ぼこ 小さく隠れすんだ 赤いフセインよ(浅田美代子・歌)。朝7時20分起床。寝床の中で、こないだ古書展で買った、70年代末〜80年代前半の『さぶ』バックナンバーを読みふける。買った目的はただひとつ、林月光(石原豪人)の『仮面劇場』。この世のものとも思えぬ美青年たちが演ずる濃密きわまるホモ絵物語を、当時の石原豪人は毎号、オールカラーで4ページ連載(しかもこれに加えて白黒のイラストを大小必ず数点)描きおろしていたのだ。その奇妙にゆがんだリアリズムが、見世物小屋というか秘宝館というか、そういう雰囲気を芬々 とただよわしていて、読んでいてクラクラしてくる。

 朝食、五郎島金時。金沢のこうでんさんからの五郎島金時が、留守中に届いていま郵便局預かりになっている。それが再送されるまでに、冷蔵庫にあるやつを食いきってしまわないといけない。スーパーモーニングで広末の妊娠結婚記者会見。私は広末凉子という子にまったく興味がわかず、騒いでいる連中の気持ちがまるでわからずに(そう言えば『20世紀ノスタルジア』の試写会招待状もそのころスタッフだったIくんが“自分がオナニーしているところを広末凉子に冷ややかに見つめられているところを想像してオナニーする”というややこしい入れあげ方をしていた大ファンだったので、彼にあげてしまったくらいだった)首をひねっていたのだが、最近になり、いやに綺麗になったもんだな、とちょっと感心していた。なるほど、このせいかと改めて思う。この会見における彼女も素晴らしく輝いてみえる。作られたアイドルが、妊娠して初めて現実的質感のある“女性”になったということなのであろう。話して いる内容は相変わらず馬鹿だが。

 しかし馬鹿というなら井筒和幸で決まり、である。この人物の毎度々々の思考停止言語には心底から嫌気がさす。関西言葉ファンとして、こういう一番嫌らしい用法で関西言葉を使う人間は法律で取り締まってもらいたいくらいだ。この人物と石坂啓の二人の思考の粗雑さ、自民党の悪口を言うためならフセインだろうが北朝鮮だろうがテロリストだろうが正当化するという節操の無さを見ると、映画監督、漫画家という職業のイメージそのものが悪くならないかと、秘かに危惧したりするのである。

 昨日までの日記の補遺いくつか。『すし芳』には、立川談志の色紙が飾ってある。その文句が『鬼畜米英』。よくまあ、何か色紙に書いてくださいと言われてこういう文句を考えつくものである。あと、昨日『おれんち』では、隣のテーブルについていた人が、なんと私の読者であった。『近くへ行きたい』が終わっちゃって残念です、などと言われて恐縮。すぐ次のをはじめますんで。そこでのS山さんとの会話で、大森だったかに残留孤児の始めたやたらうまいギョーザ屋があるとのこと。S山さんはそこに武術仲間と4人で行き、“ギョーザ100個!”と注文したとやら。もちろん皮も餡も手作りで、タレも何もつけずに味わえ、噛み切ると肉汁がどっとあふれてく るという、小龍包みたいなギョーザだという。これは是非行きたい。

 昼は兆楽でマーボチャーハン。しかし食欲なく半分残す。1時、東武ホテルでネット配信四コマの契約の件で佐藤WAYA氏などと待ち合わせ。契約書にハンコ交わして、作品受け渡し、配信開始時期、それから支払い時期などの確認。なんやかやあったがやっとスタートしそうで、ひとまずホッとする。一旦帰宅、3時、時間割で二見書房Yさん。毎年、暮れになると約束の長編小説が書けていないことを彼にあやまるのがここ数年の年末恒例みたいになってしまっている。しかし、山本弘だって『神は沈黙せず』を書き上げるのに4年かかった。まだ私は3年だ! と、変なところでイキんだりする。Yさんと文学論、編集論、それから渋谷陽一論しばし。

 別れてタワレコに行き、洋書売場に行って『ビザール』新刊を買おうとしたら、ビザールそのものが一冊も置いてなかった。販売を中止したかしら。CDをあれやこれや物色。十枚ばかり買い込んでしまう。帰宅して、仕事。こないだ買ってまだ聞いていなかった『キル・ビル』のサントラ版を聞く。これ、オタクが自分のカーステレオで流す曲を自分で編集して作ったプライベートテープだな。ナンシー・シナトラからバーナード・ハーマン、梶芽衣子からノイの電子音楽まで、そのバラエティのてんでバラバラなようで一本、オタク筋が通っているところ見事。ルイス・バカロフのカッコよさに痺れる。ライナーノート(執筆はこのタワレコ渋谷店の馬場という人)で、『グリーン・ホーネットのテーマ』(アル・ハート)のことを“ちょっと「くまん蜂の飛行」を思わせます”と書いてあるが、思わせるどころか、この曲はモロにリムスキー・コルサコフのその曲のバリエーションである。サントラ担当ということで、ク ラシックには詳しくなかったのだろうか。

 続いて『鉄人28号・ソング・コレクション』。昭和34年のラジオ・ドラマ主題歌から平成4年の『鉄人28号FX』までの主題歌、挿入歌、イメージ・ソングなどを集成したもの。あのオリジナル版のアニメ主題歌(“グリコ、グリコ……”のスポンサー名コーラスが入っている)が収録されているのが嬉しい。珍作はやはり35年実写版の青木義久作詞のものだろう。主題歌の“不敵な夢はラジコンそうじゅう”の不敵な夢というのも謎だが、“電子だ原子だピカピカ・ギラギラ”というあたりは、普通の感覚では書けない歌詞である。挿入曲の『ぼくらの英雄』というのも凄い。
「はやうち拳銃 ねらいうち
 28号 だあれの敵だ
 よい子が持てば 正義の味方
 パパン パンパン
 ぼくはよい子だ がんばるぞ

 二挺拳銃 伊達じゃない
 チョンちゃん けんちゃん
 どん吉 こんち
 みんななかよし 広場の仲間
 パパン パンパン
 ぼくの腕には 骨がある

 コルト拳銃 腰にさげ
 署長さん 鉄人 むらさめ親分
 刑事とギャングの 世界は廻る
 パパン パンパン
 ぼくの心は 高鳴るよ」
 ……思わず全歌詞を書いてしまったが、“ぼくの腕には骨がある”という謎の歌詞をはじめ、“刑事とギャングの世界は廻る”など、とても子供番組の歌詞とは思えない。作詞の青木義久という人は何と他に実写版『鉄腕アトム』の主題歌(♪僕は無敵だ、鉄腕アトム……のアレ)も作詞している。二大ロボット漫画名作の両実写化作品に関わっているとは凄い。他にはトニー・谷主演の映画『さいざんす二刀流』の脚本 などを担当しているようである。

 電話数件。昨日の『FRIDAY』T氏からゲラチェックの件、ミリオンYさんから原作アゲのお礼(?)など。仕事を進めていたが、途中でパッタリと筆が止まり、書けなくなる。『ファインディング・ニモ』を『ファイティング・ニモ』と誤記しているサイトを検索して(わざとのものを含めて2500件もヒットした)みたり、ダメ物書きと化す。と学会MLで植木不等式氏が紹介していた『精神科薬広告図像集』のサイトを眺めてセンリツしたり大笑いしたりとか。
http://member.nifty.ne.jp/windyfield/gallery/index.html

 10時、タクシーで中目黒すし好。ポー語終えたK子と待ち合わせ。今日はガラ空きの状況。黒ソイ、サヨリ、芽ネギ、ウニなど。調理場から、大きなタコの丸茹でが皿に乗っかって運ばれてきた。足を上に逆さまにされてボール状になって湯気がたっているのを見ると、なにかオブジェみたいである。つまみに切ってもらって、塩で食べると、さすが茹でたてで甘味があって、うまいこと。……とはいえ、大きな声では言えないが、ここで食べてうまいうまいと喜ぶたんびに、“でも、やっぱりすがわらの寿司は最高だったよなあ”という思いが頭をよぎる。いろんなことがあって通わなくなってしまったんだけど。もちろん、このすし好の寿司は、その後いろいろ新しい寿司屋を開拓しようと回って、値段と雰囲気と味を比較対象して決めたところで、ま ず大満足はしているのであるが。

 帰宅、ラジオの件、明日だとばかり思っていたら明後日だった。18日夕方4時、TBSラジオ『荒川強啓デイキャッチ』出演。お気が向けば聞いてみてください。

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