裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

18日

木曜日

膨満船長

 スペースチャイルドになって太ったなあ。朝、7時15分起床。このごろ目が覚めるのが早いな。朝食、黒パンにハムとチーズ、セロリをはさんだサンドイッチ。新聞に小泉首相が最近の世論の自分の人気の無さに悩んでいるとのカコミ記事。やっぱりアプレ世代は神経がヒヨワだ。吉田茂を見よ、岸信介を見よ。後に大宰相、賢宰相と呼ばれるような人物の総理在任当時の、マスコミでの悪口の叩かれようといったらなかったのである。そして、この二人が二人とも、その政治の基本方針がアメリカ追随であったことを忘れてはいけない。恐れる必要はない、国際政治を感情的な目を排してみれば、すすむべき道は(それが最良の道ではないにせよ)このひとつしかないことは、理性ある者なら理解せざるを得ないはずだ。19世紀末以降確立した、アングロサクソンによる世界秩序システムの上に乗っかっている限り、アジア人は彼らに追随し、その許容範囲の中で生きる以外に生きられない。これが厳粛たる現実なのだ。
「太平洋戦争は、実は日本がこの掟を破ろうと試みて失敗した戦争であったのだ」
                (山田風太郎『人間臨終図鑑』幣原喜重郎の項)
“アメリカに追随するな”の声が高まったとき、日本は間違いなく、戦前の道を再び歩き始める。いや、国民がそれほど望むのなら、その道だってアリだろうが……。

 メールチェックいろいろ。早川書房から、2月のブックフェアに『薬局通』を入れたいので、自筆ポップを書いて欲しいとの依頼(これは昨日か)。『別冊GON』Nくんからは、このあいだのバイブの歴史の原稿の評判がいいので、続編をお願いしますとの依頼。評判がいいのはネタを濃くぶち込んだからだろうが、続編用にどれだけ 残っているか。

 朝のうちに、昨日のと学会本原稿の注釈書き上げて、MLにアップ。それから日記つけ、調べもの少し。青山に出て、スーパーあずまで買い物。帰宅して、パックごはん温め、キムチと豚肉を炒めて冷たい豆腐と一緒にご飯の上にぶっかけたキムチ丼と根深汁。トーハン『新刊ニュース』2004年1月号など読む。こないだアンケートに答えた“2003年印象に残った本”の回答が載っている。睦月影郎さんが『裏モノ日記』を一位に、田中芳樹さんが『人食いバラ』を三位に挙げてくれていた。田中 さんの『人食いバラ』コメント、“物好きによる物好きのための復刊”。

 人が何を読んでいるのか、を見るというのは楽しいものだ。尊敬している人間が案外バカなものを読んで喜んでいたり、アホだと思っている人間が良書に良いコメントをつけていたりするのを見ると、つくづく読書は人格形成にも教養にも関係ないものだとわかる。中場利一が飛鳥昭雄・三神たける『エイリアンの謎とデルタUFO』を読んで“やっぱりそうか! と思わずヒザを打った”とコメントしているのにはひっくり返って笑ったが。あと、こういうアンケートというのは、それぞれの人が、もちろんもっとたくさん本を読んではいるだろうし、本の評価というのはいろいろあって必ずしも一、二、三と順位をつけられるものではないとはわかっているけれど、そこを“あえて”三冊に絞り、その上で上から順位をつけて並べるというところに、お遊びとしての意味がある。大原まりこ氏のようにそれをテンから無視して“順不動”としてズラズラ7冊も並べるというのはどういう神経なのか。ルールを守る気というものがないのか、自分は一人勝手な真似をしても周囲から許される立場だと思っている のか。“ナニサマのつもり”というのはこういうことを指して言う。

 3時、支度してマンション階下に降りる。タクシーで迎えてくれる場合はだいたい15分前くらいに着いて待っているので、少し早めに降りたが、まだ来ていない。しばらくソファに腰かけて待つ。5分くらい前になって、やっと車が来たと思って外に出てみたが、タクシーでないので、何だ違ったか、と戻ろうとしたら運転手さんから声をかけられた。ハイヤーで迎えに来たのであった。貧乏性なので、まさか自分がハイヤーで迎えに来られるとは思いもしなかった。あわてて乗り込む。“道が混んでま して、遅れまして……”としきりに恐縮される。

 25分くらいに赤坂TBS着。ディレクターのNさんに案内されてスタジオに。ここ(TBS)は初めてですか、と言うので、イエ、テレビの仕事では何度か。『ウッチャきナンチャき』とか……と言ったら驚かれる。Nさんはあの番組もやっていたことがあるそうだ。控室でしばらく雑談。内容について前説明を受けるが、まあ気楽なものである。ただ、ニュースランキングのコーナーで、ちょうど空自派遣についての石破防衛庁長官の記者会見が入っていて、それにコメントを求められそうである。この局は、なにしろ“今年のヒール”のワースト2に小泉首相を選ぶようなところなので、さて、私のコメントが許容されるかどうか。Nさんはこの日記を読んでくれているようで、“イラク問題にも唐沢さんなりのご意見がおありでしょうから、ご自由に どうぞ”とは言ってくれているけれども。

 荒川さん、プロデューサーのMさん(女性)にも挨拶して名刺交換、時間が来て放送室に入る。堀井憲一郎さん、アシスタントの坂本咲子さんにも挨拶して、さて放送開始。最初の紹介は最近例によって例の如しの“へぇ”についてで始まる。毎週木曜は“今日は何本”というコーナーがあり、毎回あるテーマを提出、それに自分が該当すると思う聴取者に電話をスタジオにかけてきてもらうのだが、その本数が何本かを当てろという指示が出た。で、今週のテーマが“私、ヌード写真集100冊以上持っ てます”。さて何本かかってくると思うか、というので、
「私のファンがこの番組聞いてれば10人以上かかってくると思いますが、持っていたとしても、それを電話かけることでカミングアウトできるかどうか疑わしい。大体で4本というところではないか」
 とコメント。堀井氏は9本の予想であった。当たれば、荒川さんのポケットマネーで、温泉一泊旅行プレゼントだそうである。

 で、番組中のニュースランキング、笑ったのは京都の小学校に刃物を持った男が乱入した事件は、犯人が“火星人”と名乗っているなど、精神異常者の可能性が高いことがわかって、あまりコメントすると危ない。私と堀井さんに、メモが回ってきたがそこに一文字“キ”と。あと、オレオレ詐欺で出た80歳の女性死亡事件。村崎さんとの対談で使ったギャグだが“ワシワシ詐欺”というのを出す。ウケていた。それからやはり自衛隊派遣問題、否定的なコメントを求められている雰囲気プンプンだった が、ここで自説は曲げられないし、かと言って論争の場でもない。
「とにかく、可哀想なのはこの正月に、いつ自分が戦地に行くのかもハッキリしない宙ぶらりんのまま“おめでとうございます”などと挨拶しなければならない自衛官の人たちです。政府は彼らと国民に、しっかり説明をすべきです。きちんと事を分けて説明すれば、国民もわかると思うんですよ。しないから不安がかえって高まる」
 というような方向に話をズラす。“してわかんない国民ならもう仕方ないです”とは、喉元まで出かかったけれど。あと、国民の60パーセント以上がテロへの不安というニュースにも、“マスコミがこれだけ騒げば不安も増すのが当然”とコメント。

 その後はヌード写真集について、なので気が楽である。昨今の古書市場でのヌード写真集高騰のことなどを話題にする。で、いよいよかかってきた電話の本数の発表。これがなんと、ピッタシカンカンで4本。ゲストで当てたのは私が初めてだそうで、みんな驚いていた。堀井さん“あの(カラサワさんの)リクツ聞いて、しまった、オレも4本にすりゃよかった、と思いましたが”と。とにかく、本当にカップルの温泉旅行券は貰えるらしい(ただしこの『デイ・キャッチ』の放送圏内)。条件で、行った先から局に紀行文を書いて送らねばいけないとのことであるが、それは自分でもいつでもこの日記でやってることなので問題ナシ。“受け取りとかどうしましょう”と訊いたが、なにしろ番組でも、ゲストが当てたのは初めてなので、どういう手続きにすればいいのかまだわからず、後で連絡しますとのこと。とにかく、意外なところで クリスマスプレゼントを貰った気分。

 アッという間に一時間経って、私の出演担当コーナーは終わり。来るときは、これまでラジオは出ても十分とかそれくらいだったのが、いきなり一時間で、大丈夫かしらんと思っていたのだが、やってみればロフトのトークと大差なし。行きの車中ではノドにタンがからんで往生していたが、スタジオに入ったとたんピタリと止まった、というよりそんなことまるで忘れてしまったのは、緊張感というのは恐ろしいもの。と、言うより、行きの車中ではやたら緊張していて、それでタンが気になったのが、スタジオに入ったとたん、リラックスしてしまったのだろう。その証拠に、帰りの車中(行きのハイヤーがきちんと待っていたのに驚いた)では緊張がほどけすぎて、ついウトウトしてしまった。われながらライブには強い。このハイヤーの運転手さんは TBS専属で、よく森本毅郎の番組の出演者など送り迎えするそうである。

 帰宅、一休みして原稿書き続けねばならんのだが、生放送というのはテンションが上がってしまい、なかなか原稿書きモードには戻れない。ここらへん、まだしゃべり仕事が日常の徳川夢声の域には達していない。ネットを回った資料集めのみ。お歳暮で、九州の女性ファンから恒例のお酒(焼酎)が届く。このあいだ、貰った魔王をおれんちにあげたばかりで、また魔王が届いた。酒運のみは無声なみかも知れない。

 8時、新宿、伊勢丹。てんぷら『天一』でK子と夕食。温泉のことを報告。東北の方などがいいのではないか、と話す。ハゼ、メゴチ、蓮、タラの目、蕗の薹など揚げてもらい、〆は小柱と海老の掻き揚げ。生一パイ、それに熱燗三合を二人で。今日はいつもより心なしか揚げ方が強く、江戸前に濃くカラリと揚がっていて私好み。店を出たら、ハゲた爺さんが、どこの店の店員か、仕事着を着た若い男性の手をとって、いそいそと屋上庭園に出た。店員と、こんな閉店後の時間に屋上庭園とは、と不審に思って、そっとのぞいてみたら、庭で、男二人、固く抱き合って……。ちと驚く。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa