裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

2日

土曜日

ゴーギャン不遜

 絵はうまいんだけどねえ。払暁の夢。茜色に染まったビル街の空を、黒い雲が文字をなして流れていく。よく見ると、数万の人間が超高空をパラグライダーで飛行しながら、人文字を作っているのである。大がかりな広告である。歌を歌っている。よく聞くと、フグの歌である。フグ料理屋の宣伝か、と思う。“フグ・フグフグフグ・フグフグ、フグ・フグフグフグ・フグフグ、フはフグのフ、グはフグのグ、フグ・フグフグフグ・フグフグ”と繰り返している。あまりの馬鹿々々しさに目がさめた。

 それから先、眠れなくて七転八倒。K子も目を覚まして本など読んでいる。6時半ころ、やっと一時間ほどトロトロとする。7時半起き。朝食如例。昨日の老酒の過ごしすぎでノドが乾くのでウェルチのグレープジュースを飲む。K子には半熟卵をこしらえる。野中辞任でニュースショー賑やか。この人、経歴を見ると政界のあらゆるヨゴレ仕事をこなしてきた苦労人らしい。加藤紘一のようなお坊っちゃんをヒネるのは手もないことだろう。

 目が朝のあいだ、カユくて々々仕方がなかった。いよいよ結膜炎か、と憂鬱になったが、昼には回復。ただのアレルギーらしい。そう言えば、朝のクシャミ(ひどいときには二十連発くらいで盛大にやっていた)がこのところとんと出ない。それが目に来たのか。芝崎くんに電話、例の本のこと話す。来週、出版社に電話するように言っておく。午前中はそれやこれやの雑用。昼、いきなり古書即売会に行きたくなり、神保町まで出かける。去年の2月に足を折って以来である。最初は、足にギプスをしていては古書会館の階段を上れない、という理由だったが、なにかそこでカタン、と自分の心の中の歯車がハズれたみたいで、それから一年と十ケ月、足が遠のいてしまった。まあ、神保町にはいかなくともデパートの古書市やあちこちの古本屋には出向いていたし、目録だのネットだのでひとなみ以上に本は買っていたが、やはりここの即売会に顔を出さねばいばって古書マニアだとは言えないだろう。ひさしぶりに受付でカバンを預けて、会場に入ったとき、別れていた女とヨリを戻したような気分になって、妙にドキドキした。

 まあ、一年くらいこっちが通わずとも古書は変わらず。演芸関係、犯罪関係でちょいとよさそうなのがまとめてある。ケースの中の少女雑誌群は高すぎるので素通 り。帽子から白髪の長髪をハミ出させている黒いコート姿の老人が熱心に棚をのぞき込んでいて、未来の自分の姿を見ているようだった。若い学生が、じーっと私の姿を見つめていた。どこかで見た顔だが、と思っている風。出戻りで最初からあまり派手には買わないようにしよう、と心がけて、一万数千円で止めておく(何を買ったかは商売上差し支えることもあるのであえて書かない)。領収書をください、と言ったら、女の子が“カラサワさま宛でよろしいですか?”といきなり訊いてきたのにちょっと驚く。いきなりギャップが埋まってしまった感じであった。

 それから、いきつけの書店数軒。カスミ書房で“お久しぶり!”と挨拶される。最近の古書業界情報いくつか聞く。やはり、サブカル系書店の台頭は凄まじいらしい。すでにその分野では老舗のカスミさんも、やや商売がしずらくなったようだ。私の本(『ようこそカラサワ薬局へ』)に四○○○円ついていたのに驚く。キントト文庫さんの移転先を教えてもらう。あと、中野書店、大雲堂、明倫館書店など。中野書店のケースの中に海野十三の少年ものが並んでいたが、目を剥いたことに一冊二十五万から三十万の値段がついていた。値段をつけるのは書店の勝手だが、この値段で買う人(買える人)がいるというのが信じられない。ボンデイでアサリカレーを食う。えらい混みようでしばらく待たされた。

 キントトさんに最後により、ここでも数万。しかし、ここの品揃えは私の本棚の趣味をそのまま移行したような感じ。数年前にこの店があったら、私は破産していたことだろう。ここは、ガラスケースの中の本に高い値をつけ、その他の棚のものは比較的安い値なのがありがたい。風俗関係書籍の値段の高騰を見るにつけ、早くからこのテのものを集めていた幸を思うこと大。結局、四時間ほどブラついた勘定。

 家に帰ってしばらく休む。二村ヒトシ監督に電話して、9日の快楽亭との会に使うビデオを返却してもらうよう頼む。夕方から週刊アスキーの原稿書き出す。書いているうちに、あれ、このネタは前にやったか? と気がつき、あわてて過去原稿を調べたら、完全にカブってはいないが、似たようなネタをやっていた。あぶない々々。長期連載になるとこういう危険性がある。8時、K子と一緒に出て、昨夜のカタキ討ちで幸永へ。なんとか座れた。スライステール、カシラ、豚骨タタキ(これは訊いたらやはり気管だとか。牛で言うところのウルテであろう)、ホルモン。焼肉はあまり好まぬK子も、ここと八起のだけは推奨してやまない。豚足も、子豚のものと見えて、小振りで柔らかく、しかもツマ先のが多い。“乙武くんの手足みたいだ”と言ってヨロコんで齧る。ホッピー三本、ここのは焼酎の割合が多くて、かなり酔っ払える。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa