裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

29日

火曜日

ギャルゲー、ギャルゲー、ギャルゲギャルゲー

 東へ西へギャルゲギャルゲー。朝7時起床。最近は右膝の痛みも緩和。ひょっとして一生背負わねばならぬ痛みかと思っていたので安堵する。昨日の紹興酒がアタマに残っているが大したことはなし。腹のみはちょっと下り気味。朝食、コーンスープとモチ一片。

 12時、どどいつ文庫伊藤氏来宅。頼んでいた書籍類で届いたものを持ってきてもらう。“渋谷はクサいですねえ”と言う。別に文化的頽廃の匂いが、という皮肉でなしに、朝のセンター街などはファーストフード店から出る生ゴミがまだ回収されておらず、本当にクサい。“もっとも、ワタシも最近は一張羅を来たなりですから、人のこと言えません”とのこと。それでも、最近はオーディオに凝って、いい機種を揃えたいという願望から、金銭欲がムラムラと沸いてきたそうだ。共著で本を出す計画などをたてる。

 伊藤氏帰ったあと、書きかけのダカーポ一行知識エッセイ、急いでアゲる。この類いのコラムはあまりキレイにまとまりすぎると読者の頭を通りすぎていってしまうので、少しスパイス的に下品なところを入れる。こういう技は若いころの丸谷才一が抜群のうまさで、下品なネタを入れてもまったく下品さを感じさせなかった。しかし、やはり年をとると下品が入れられなくなるらしく、最近の丸谷センセイのエッセイは大衆雑誌の連載とは思えないくらいネタが上品かつ教養的かつ高雅で、これで一般読者はついてくるのか、と少々他人事ながら気になってしまう。

 仕上げて2時、新宿へ出る。用を二、三済ませてトンボ返り。雨が降り出したのと時間的に急ぐのとで行き帰りタクシー使ったが、どちらの運転手さんもかなり年輩のベテランさんで、話がはずんだ。行きの運転手さんは六○歳ちょっとで、雷がドロドロと鳴ったら、“お客さん、ヘソをとられないように御用心”と言うので、“ああ、懐かしいなあ、子供のころ婆さんに言われて以降、そういう会話したことないですねえ”と答えてから、昔の雷の話になり、田舎で蚊帳を吊っていた話、蚊帳の入り方についてのレクチャーなど聞く。戦後のもののない時期に、畑で取れた小麦を日向で干して、皮を剥き、丸い石でそれを叩いてのばしてチューインガムを作る方法なども教わった。ねばりが出るまでのばすと、驚くほど甘味が出て、うまいガムになったとのこと。グルテンの作用だろう。川で泳いでいて、飛び込んだら川底の杭に額の上をしたたか打ち付け、月の輪型の深い傷を負って血が吹き出たまま帰ったが、
「昔の母親というのはモノに驚きませんなあ。近所の肉屋から馬の油を貰ってきて、それとメンソレータムを塗ってくれたら、治ってしまいましたわ。今でも少し、そこがヘコんでますけどねえ」
 と笑う。今だったら杭を打った業者を訴えるのだろうな。昔のカレーライスがうまかった、という話をして、“肉なんか入ってもいないんですからうまいわけないんですが、なかなか食べられないごちそうだったからうまく感じたんでしょうねえ”と言う。聞いているうち、ウドン粉たっぷりの黄色いまずいカレーが食べたくなって、新宿についてすぐ、小田急駅の立ち食いカレー屋に飛び込んだが、立ち食いのくせにやけにおいしい。期待はずれ(?)。

 帰りの運転手さんはそれよりさらに年輩で、もう七十代くらい。この人がまるで観光バスガイドのように、新宿西口から渋谷までの道々の歴史を教授してくれる。参宮端近辺に山内侯爵家の屋敷があったこと、いまは小田急線の地下に暗渠になっている川が河骨川と言って、子供時分よく小魚をとったものだが、それが“春の小川”のモデルになった川であること、など、参宮橋に6年も住んでいてまるで知らなかったことをいろいろ。代々木公園の入口近辺には大東塾の国粋主義者たちが終戦の時に自刃した碑が建っていて、この近くにあった知り合いの吉田という医者が、そのとき呼ばれて、自刃者の遺体検分をしたのだが、なにしろ介錯されていて、首と胴がバラバラになっており、つなぎあわせようにもどの首がどの体のものかわからないため、大東塾から人を呼んで、いちいちこの首はこの体のもの、と確かめさせてから縫い合わせたという話も聞く。何か、生きている東京史という感じの人だった。

 そのまま東武ホテルのロビーに直行。喫茶店で打ち合わせ。トッパンが7月に小石川のコミュニケーション・スペースで行う『ポップカルチャー展』で、アジアのキッチュ・カルチャーについて講義をしてもらいたい、という依頼。しばらくキッチュ文化について話す。展示やビデオ・スライド上映も行うそうな。19日はどうだというので、予定を調べて返事をすると答えておく。

 帰って少し仕事、雨小振りになったとはいえ、気圧の変化メチャ。新宿へもう一度出て、サウナ&マッサージ。これくらいの疲れの時に行った方がよく効くようだ。サウナの中で新刊の構想を思い付く。そのままレストルームで休んで、9時に四谷。語学スクールの終わったK子と待ち合わせ、おでん屋『den』、二回目。おでんと自家製豆腐、生春巻などで焼酎2ハイ、瓶ビール一本。帰宅したらダカーポ編集部から字数オーバーの知らせ。あれ、w数を間違えていた。これではいかに内容に工夫しようとダメ。すぐに削る。文字数が三割減になって、舌足らずになるかと思ったら、かえってスッキリしたのに驚く。削れば削るほど文はよくなる、というのは本当なので あるか。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa