裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

28日

月曜日

ユネスコ・ステレンキョウ

 タイトルに意味はない。朝7時半まで熟睡。杉浦幸雄の絵で夢を見る。なかなか渋い。朝食、スモークサーモンとトースト、ヨーグルト。仕事場の窓から見える、渋谷税務署の横手の道、あまりに違法駐車が多いので、とうとう業を煮やしたか、路駐できぬように柵を設けるらしく、その工事。しかし、そんなことをされては、宅急便や引っ越しなどの車両も駐められなくなる。迷惑しごくな話である。違法駐車の罰金を十倍くらいに上げればいい話ではないか。

 先代文治の『居残り佐平次』などという珍品を聞く。“ひとつ今日は南ィ繰り出そう”“へえ、南てェと、フィリピンかい?”というあたりがトメさんの文治調、か。Web現代の前々回出した原稿に、サイトの許可関係で一部手直しの必要が生じた。ナオシを入れてメールする。参考資料に久しぶりに立川談志『現代落語論』。やはり読み込んでしまう内容なのはさすが。

 1時、原稿メール。昼飯はK子に弁当で作った炒飯の残り。これがホンのポッチリだったので、こないだ貰った冷凍讃岐うどんを温め、釜揚げにして一杯。それから外出、大塚の萬スタジオにて月蝕歌劇団公演『怪盗ルパン/満州・奇岩城篇』。川上史津子さんのお誘いで席を取ってもらう。本当はもっと前に行く予定だったのだがスケジュールがあわず、最終日の今日のマチネ、新人中心キャストのフレッシュ公演。タニグチリウイチ氏が昨日観に行っていたようで、裏日本工業新聞に感想がアップされていた。

 本公演は立ち見が出る状況らしいが、新人中心ということで、客席は8分の入り。QPハニー氏が来ていたのに驚いた。私の世間が狭いのか、似たような嗜好の人間ばかりと顔をつきあわせているのか。で、公演であるが、終わって外へ出たら、ここの劇団のファンらしいQP氏が、こっちの表情を読んだのか、“いや、本公演の芝居もこれよりはるかにうまい、というワケではありません”と言ってきたのに笑う。いやいや、一生懸命、みんなよくやっていたと思う。本公演を観てないから比較できないけど、小林少年役の野口梨菜もコレット役の森永理科も、初々しい感じで、安心は出来ないけど楽しく観ていられる。李香蘭の高橋詩織がちょっと歌の貫禄を出すのがキツかったかな、と思うくらい。主要な役のほとんどは本公演通りだし、川上さんの女殺し屋もそのまま。色気と凄みが同居している役柄で、ドスが効いていてなかなか結構でした。そりゃ、新感線などのアクションに比べればタドタドしいのはどうしようもないが、こっちはこの狭い舞台で、よくあれだけアクションがある芝居が出来るものだ、と感心する。狭いということを逆利用して、客席にまで芝居が出張ってきて、通路と舞台の上で撃ち合いがあり、観ているこっちの足もとに殺された役者がドウと倒れ込む。この一体感は大舞台の芝居にはない。なにしろ新宿の飲み屋を公演場所にして芝居をやってきた高取英、そのあたりの演出はお手のものかもしれない。

 しかし、話はドンデン返しにつぐドンデン返し、複雑極まる作劇術で、実在架空の人物が入り乱れ、川島芳子は出てくるは甘粕正彦が出てくるは、怪盗ルパンが甘粕にからむ原因というのが、まあこれはネタばらしになるので書かないが山田風太郎もかくやの意外な動機、甘粕が首を絞められてエクスタシーを感じるMなのは、大杉栄と伊藤野枝を絞め殺したその罪悪感から、というような設定が大した説明もなく出てくるし、おまけに義経=ジンギスカン説まで飛び出してくるんだから、よほど歴史にお ける前知識がないと楽しめないのではあるまいか。そうQP氏に言ったら、
「いや、月蝕を観にくるような客というのは、みんなそういうのが好きなオタクですから」
 と言う。そういう濃い客だけを相手に、これくらいの小劇場公演で成り立っていくとするなら、そりゃ芝居が三日やったらやめられなくなる世界なのは無理もない。しかし、次の公演が安倍晴明というのはちと、今さらの感。

 公演後、川上さんに挨拶し、大塚駅あたりをしばらくブラついて帰る。萬スタジオというのはホントに、ただの商店街の中にある劇場で、外に出るとわきのフトン屋にミッフィーのマクラなどが陽に焼けて並んでいる。非現実と現実のあまりに極端な対比がシュールである。帰宅したら電話やつぎばや。打ち合わせや〆切やなんやかや。某社で予定していた出版がひとつ、ポシャってしまう。今日びの不況で無理はないと思うが、やはりクサる。オレのモノカキとしての価値も凋落傾向か、と落ち込む。

 原稿カリカリやる。8時、K子と一緒に家を出て、新宿御苑へ。ウクライナ料理のチャイカに行こうとしたが閉まっていた。定休日ではない筈だが、何故か? ここがなくなると困るんだけどなあ。『ロゴスキ』や『ペチカ』の味が私にはイマイチなのである。仕方なく、5丁目の商店街にある瀋陽料理(昔の奉天)の『東順永』。店内がちょっとキレイになっていた。以前、確かメニューにあったと思ったアヒルの舌の塩漬けがなくなっていたのは残念だが、水ギョーザは変わらぬうまさ、アヒルの揚げたのもおいしい。羊のしゃぶしゃぶは季節もので食べられなかった。これまた残念。紹興酒を一本、空けてしまう。ベロとなって帰ったら、某出版社から連絡あり、例の某社でのボツ企画、引き受けてくれるとのこと。やれ、まだ価値が落ちきってはいなかったぞよ、とホッとする。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa