裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

23日

水曜日

フェチックの勢い

 睦月影郎の新刊は凄い勢いで売れているそうですなあ。朝7時半起床。朝食はニシンのソフトスモーク、プレーンヨーグルト。雨本格的。訃報欄にジャズピアニスト鈴木宏昌食道ガンで死去の報。60歳。貧乏学生時代、新宿ピット・インでコークハイ一杯でねばりながら、コルゲン・バンドに聞き入っていたことを思い出す(中村誠一がサックスで参加していたなあ)。『今夜は最高!』の、決して歌がうまくないゲストと、それをまたフォローするほどうまくないタモリのトランペットを支えて、毎回なんとかステージを“カタチ”にしていた彼のバンドの実力は、まさに日本でも有数のものだったろう。そのころ私は彼が音楽を担当した『海のトリトン』同好会のメンバーの女性二人に、二またかけてつきあっていて……まあその話はいいや。何にしても、私の青春は彼の演奏と共にあったような気がする。

 風呂から上がっただけで体から汗がジトジトと染み出る。脳細胞まで水浸しになったような感じで、モノを考えられない。官能倶楽部パティオ、メンバーの政治的な書き込みに、野暮な注意をして、ひょっとしてこれがもとで荒れたら、と心配していたが、さすがにここのメンツは大人で、無事におさまる。安心かつ感心。それにしても睦月さんの日記の最近のノリは凄い。ここまで言わないとモノカキとして自分を他の凡百の連中から差別化は出来ない。じゃあ、オマエもそういう風に書けばいい、と言われそうだが、そこまでの度胸は私にはないです。

 昼は寿司屋の稲荷があったのだが、他の買い物もあって外に出たついでに、つい、ラーメンを食べてしまう。朝飯の材料などを買い込み、銀行で家賃をおろす。帰って仕事。まるで進まず。放擲して、大雪師走『ハムスターの研究レポート(6)』を読む。すでにこの作者、巻が進むにつれ、完全に生活がハムスター主体になっているようで、まあ、それがそのままマンガのネタになってシリーズが200万部売れているんだからいいんだろうが、やはり問題があるのじゃないか。コンラート・ローレンツが“動物に注ぐ愛情は大切だが、しっかりと一線を引くべき”と言っているのを昔読んで、意味がよくわからなかったのだが、最近、ぼんやりと理解できるようになってきた。まあ、古書主体の生活の知人友人は山程いて、そっちにはあまり問題も感じないのはエゴだけど。

 3時、井の頭線渋谷駅でK子と待ち合わせ。歯のツメモノがこないだ外れたので、K子のかかりつけの歯医者に行く。以前通っていたところはこちらの要望を無視してどんどん勝手に治療を進めるので、腹が立って行くのをやめた。今度のところは『虎の子』の萩原夫妻に教わった歯医者。永福町で各駅に乗り換え、駅から歩いて七分ほどのところ。良心的だな、と思ったのは、とれたツメモノがまだありますか、あればそれを入れますから、と、モノを無駄にしないところ。ただ、歯茎がかなり状態が悪い、この治療を第一にやらなくてはなりません、と、これは半ばオドされる。

 今日はレントゲンを撮ったのみ。K子の治療が終わるのを待合室で雑誌読んで過ごす。『サライ』の特集は“黒澤明の食卓”。無類の牛肉好きで、70を越しても宴会の〆メにステーキを食い(いつも2枚食べようとして息子に叱られていたとか)、亡くなる前夜の生涯最後の食事にも牛肉の佃煮を食べていた、というその健啖ぶりが面白い。それで80いくつまで長生きしたんだから、健康法なんてアテにならない。同じ雑誌の別のページには70歳の音楽家の、“健康の秘訣は粗食”という記事が載っていたが、このヒト、黒澤特集読んで腹を立てなかったろうか。雑穀ガユ食っても、ステーキ食っても、長生きするやつはする、しないやつはしないのである。

 帰りの西永福の駅のホームで、K子がアッと声をあげた。何かと思ったら、ホームのすぐ横に、『フィンランド料理』の看板。また、行かねばならぬ店が増えた。K子は新宿に出る。私は渋谷に帰り、西武デパートで買い物をして帰宅、『男の部屋』にかかる。書いてる途中で時間になってしまったが、まず流れはつけたので一安心。7時半、JR線新大久保で談之助夫妻、安達OB、植木不等式各氏と待ち合わせ、百人町のチュニジアレストラン『ハンニバル』へ。例の映画以来、奇異の目で見られているであろうと思い、では行って、メニューに脳ミソのソテーがあるかどうか確かめようと、ゾロゾロ出かけたわけである。

 残念ながら(当たり前か)脳ミソ料理はなく、アラブ料理をずっとソフスティケートさせたようなもの。クミンやバジルなどのハーブは効いているが、ほどよく抑制されて、日本人にも気にならない。カッテージチーズとクスクスのトマト詰めサラダ、チュニジア風キッシュ、黒鯛のドライトマトソース、鶏のロースト、そしてクスクスの煮込み。この煮込みがなんか日本風で、カボチャ、ニンジン、大根などの煮込みを和えた、オフクロの味風。ワインをがぶがぶやりながら談論風発。行方不明になったナントカ言う探検家の悪口など。捜索隊を出してもらうなど探検家の風上にもおけない。植木さんは何か元気がないと思ったら、昨夜は幸永とグリーン食道のハシゴをやらかし、グリーンではマッコリを三人で7本だか8本だか空けたそうである。若いねえ。いつものダジャレがあまり出なかったが、店に入るときに口づさんでいた“チュニジア〜、チュニジア〜、風に吹かれて〜”というのは傑作。いい男のシェフのモンデールさんが、われわれの話を面白がって、サインをねだったり、写真を撮ったりし てくれた。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa