裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

22日

火曜日

鈴木あみこっち来い(スズキ、アミ、コチ、コイ)

 魚名四種(日本の伝統的言葉遊び。それにしてもアミって魚か)。朝7時半まで、一回も目をさまさず熟睡していた。ネコがえずいている音で目が覚める。ゆうべから蒸すので、毛が夏毛に生え代わっているらしく、しょっちゅう舐めては毛玉を吐く。朝食、K子がスパゲッティ食べたいというのでトマトスパゲッティ作ってやる。自分はコーンスープにモチ入れて雑煮。どどいつ文庫Iくんからお誕生日おめでとうございますの電話。

 朝から雨がパラつく。11時、講談社Iくんが図版ブツ受け取りにくる。海拓舎Fくん、世界文化社Dさんなどには遅れを平に平にと謝る。今日は一日、円谷英二生誕100年記念本の原稿15枚にかかってしまう予定である。風呂につかりながら文案を練る。私の原稿(ことに一回読み切り原稿)執筆のテクニックは“あっ、あれはなんだ!”方式である。豊田有恒が『あなたもSF作家になれるわけではない』で紹介している、子供向け実話読み物のテクニックで、原稿冒頭の一行を“あっ、あれはなんだ!”で始めるもの。そうすると、読者が内容に興味を持ってくれる、という通俗的だが強力なやり方である。要するにそれの応用で、冒頭でとにかく、“こりゃなんだ?”と思わせてその先へ引っ張っていく。単純な、と思うかもしれないが案外馬鹿にしたものではなく、読者をつかむことにかけては大変な効果を発揮する。ただし、ショックというのはすぐ飽きられるから、よほどその後の構成に注意をはらわないと単なるコケおどかしになる。後をきちんとつなげられるツカミでなくてはいけない。いろいろ考えた末にヒネリ出した今回の冒頭。
「日本の特撮をダメにしたのは円谷英二である」
 さて、後がどうなるかは本が出てのお楽しみ。

 原稿の資料に円谷作品のビデオを何本か見る。原稿書き続き。合間に雑用。原稿料の請求書を書いたり、メール出したり。モノカキの日常なんてな、地味なもの。メールで、夏に某大手印刷会社が主催する文化セミナーの講師をやらないかという話。こういう気晴らしになるようなことにはすぐ、OKを出す。昼はレトルトのカレーですます。

 食やすみに寝転がって昨日買ってきたマンガ本などを拾い読む。小学館フラワーコミックス『Cheese!』ベストコレクション『親にはナイショの恋物語』『ちょこっとHな恋物語』。セックスのことがストーリィにからんでいるのがイマ風なのだろうが少女マンガはあくまで少女マンガ、という古さ。その古さが形式として安定感につながってればいいが、作者たちが自分でその古さも認識していない、何かなあ、という出来のものがほとんど。ことに編者の北川みゆきの作品がヒドい。平凡なオンナノコが偶然出会って(Hして)恋に落ちた男が実は高名な画家だった、実は狂言師の御曹子だった、というハーレクインロマンス。こういう作品にもそれなりの需要があることは認めざるを得ないが、それにしても……。

 6時半までに原稿書き上げ、7時半のライターNくん来訪を迎える。さっきまで樋口慎嗣監督に会って“水野久美が真っ赤に口紅塗った口でキノコくわえるような映画をガキに見せていたんだから、円谷英二って人もツミだよな”というバカ話をしていたそうである。ただし、樋口監督はいま、ちょっとウツ入っているらしい。その他、怪獣映画業界のいろんな情報交換。特撮界のパブリック・エネミーたちの話。ゴジラ関連ではちょっとショッキングな話も聞く。やむを得ないか。

 原稿の他に、マイ・フェイバリット円谷作品を、と言われてハタと考える。私の好きな怪獣モノはいくらもあるが、そのほとんどを、私は円谷作品というよりは、本多作品として見ていたのではなかったか、と言うことに気がついたからである。キンゴジが好きなのは特撮よりも演技陣の充実によって、だし。テレビのウルトラQならいいかと思ったが、なをきが既に挙げているとのこと。で、少し反則とは思うが、『透明人間』を挙げておく。本多演出にくらべればかなり見劣りがする小田基義作品だけに、撮影監督も兼ねていた円谷英二のカメラの冴えがよくわかるし、河津清三郎のピエロが化粧を落とすと透明になっていくというシーン、実はタオルで化粧を落としていると見せかけて、顔に黒いドーランを塗って、背景の黒幕に溶け込むようにして撮影している。この、“と、見せかけて”というアイデアこそ、全てのトリックの基本であり、円谷特撮の真骨頂のような気がするからである。

 9時、外出。四谷セイフーで買い物し、新宿寿司処すがわら。飯坂で買ったラジウム卵をオミヤゲ。体格のいい、相撲部屋の親方のようなヤクザがカウンターにいた。両方の手の小指がない、という本格的ヤクザであるが、髪型がちょっとオカシイ。前から見るとスポーツ刈りなのだが、後ろの襟足のところは、普通の髪型のようにのばしてセットしてあるのだ。こういう人たちのセンスというのはいったいどこからくるのだろう。白身、赤貝、アナゴ、ネギトロ巻など。日本酒ロックで三杯。地味な誕生日だったが、まあ43という年齢には何の感慨もないから(徳川夢声にならって人生は50から、と目標を立てている)なあ。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa