26日
土曜日
シンジケート信じまいと
そりゃ組織は信じないだろうが、俺は世にも不思議な体験を……。朝7時起き。朝食、昨日と同じハムサラダ。昨夜の酒のせいか、腹具合少しおかしい。朝から気温も高いが、湿気もえらくあってムシムシする。仕事しながら、『ぶらり途中下車の旅』を見る。船越栄一郎、親父に似てきたなあ。志加吾のHPの掲示板に書き込みがあり“6月30日のトンデモ落語会の日程は決まったのでしょうか”。何か『花色木綿』の“お隣の山田さんのお宅はどちらでしょうか”を思い出した。
Web現代ナオシ。やはり一夜置いて手を入れると、はっきり無駄な部分が見えてくるし、文章をしまったものにすることができる。12時、書き上げてメール。面白くなった、とIくんから返事が来てホッとする。K子に弁当、エビとトマト入りの卵焼きとネコマンマ。週刊アスキー用のブツを渡す。電話数本。快楽亭の会には時間が合わなくて行けず。
外出して用をすませた後、神保町へ。古書会館にて趣味の古書会即売会。ざっと見渡すがコレハというもの無し。昔の付録マンガ数点、あと雑本買って五千円ばかし。三省堂書店で資料本探すが見つからず。近くのレコード店でコロムビアの落語名人選集のレコードボックスを買う。昼は回転寿司。食べてる最中、表を共産党の宣伝カーが通り、“腐敗と金権の自民党政治に、国民は飽き飽きしています!”と叫ぶのを聞いてカウンターの中の職人さんが“いまあんなことガナっても逆効果だよなあ”と話していた。野党もあせっているのであろう。
帰宅、少し休む。読売新聞人生案内、親の財産の独り占めをねらっている実の弟についての相談。こういう相談が新聞に載ったことを実の弟が知って、なお紛糾するというケースはないのだろうか。それにしても骨絡みというのはややこしい。潮健児さんなどもずっと実の弟さん(すぐ下の次男)と、実家の土地のことで裁判を続けており、私も身内がわりとしてあちらの弁護士さんの事務所に出かけて事情説明などをしたことがある。やっと向こうが折れて、潮さん有利の結果が出る矢先の死で、かなり潮さんもくやしかったのではないだろうか。亡くなる前日のパーティの楽屋に、向こうの弁護士さんが様子を見に来たが、ちょっと話をして引き取るときのその顔に、明らかに満足気な表情が浮かんでいた。あの表情は忘れられない(死後、後始末にその弁護士さんの事務所で書類を作成した際、“潮健児所有の土地を”と書いたら、彼に“所有じゃないでしょ、貸借物でしょ”とキメられて、ちょっと絶句した)。その後『星を喰った男』の文庫化の際、著作権者から潮さんの名を削ったことで、私もいろいろ陰口を叩かれたが、あれは実のところ、出版に対し、この弟さん側から何か言ってくるのを封じるという目的があったのである。
6時半、K子と家を出て赤坂。こないだ話に聞いて、KさんからFAXまでいただいた『黒澤』にヒトツ、行ってみようじゃないか、ということで乗り込む。昼間のうちに予約して、せいろ蒸しコースを頼んだら、それは前日までの予約になります、とのことで、黒豚と和牛のしゃぶしゃぶコースになる。ちなみにせいろ蒸しコースの名前が『羅生門』、しゃぶしゃぶが『雨あがる』。ちぇッ、『羅生門』の方がいい映画なんだが。
赤坂キャピトル東急のすぐ近く。『用心棒』の宿場をイメージしたというが、ずっと豪華(当たり前か)。黒澤のポスターや写真が壁にずらりとかけられている。惜しいのは、音楽が流れていない。宿場のイメージなら、店に入るときには佐藤勝のあのテーマ曲が欲しい。みんな、三船ばりに肩をいからせて入っていくだろう。先付けが四品出て、じゅんさいと山芋のゼリー寄せ、川魚の煮凝り、馬刺し、ウリの雷干し。みんなおいしいが、ちょっと上品すぎて黒澤映画のイメージに合わないような気も。その後が豚と牛のしゃぶしゃぶ。このコース、ちと高いが選んだのは、やはり黒澤とくれば牛肉だろう、ということだったんだが、豚の風味が絶妙。牛はごまだれで、豚はすだちをかけて塩と胡椒で、と指示されたが、K子が豚に何度も胡椒を追加してかけていた。
食べた後は定番の雑炊だが、ここは飯を鍋にぶちこむことはせず、浮いたアクをすくいとった後、溶き卵を流し込んで脂を吸わせ、ダシをごはんにかけてお茶漬けのようにして食わす。隣の席の客が“オレは飯を煮込んだ方が好きなんだけど”と文句を言っていたが、これがオイシイ。K子と驚く。その後がソバ。ソバがうまい、という評判だったが、これはちょっと期待はずれ。雑炊に感心したあとだったからかもしれない。上品な京都風で、あまりソバの実の香りがしない。私は、ソバの香りが鼻腔に充満するような、黒っぽい田舎風のソバが好きなのだ。ただ、ごはんもソバも極めて少量で、客のお腹を考えた、適度な分量。しかし、これもどうも、黒澤っぽくはないな。
黒澤の自伝『蝦蟇の油』で非常に印象的だったのが、『羅生門』ロケのときに俳優やスタッフが食べていたという“山賊焼き”という料理。河原に鉄板をしいてたき火で熱し、その上で肉を焼いて、カレー粉を溶いたバタにつけて食べる。このとき、左手には生のタマネギを丸ごと持ち、それを齧りながら肉を食う。野蛮極まりない料理だが、実にこれがウマそうで、いかにも黒澤組のメシ、という感じだった。まさかそれを出せ、とは言わないが、何か、ここの料理は“黒澤明晩年の料理”という感じだなあ。それでも、K子と帰りの車中で“今度はシャモ鍋ってやつを食べてみよう”と話しあった。帰って寝る。何か、やたら早く過ぎた一日だった。