裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

3日

木曜日

蓼食う虫もブギウギ

 連休なんでシャレもいいかげんです。朝8時までぐっすり。寝床の中で井上健『翻訳街裏通り』(研究社出版)。サブタイトルが“わが青春のB級翻訳”。私にも覚えのある訳書がいくつも出てきて楽しいが、著者の大学時代のエピソードにしろ、著者が先生として教えている今の大学生のエピソードにしろ、とにかくえらい勉強ぶりであり、まったく勉強というものをしなかった(他のことはたくさんした)自分の同年代のときと引き比べて、かなりの劣等感に襲われる。朝食、ガーリックスパ。市販のソースを使ったが、朝には味が濃すぎ。明日は自分で作ろう。

 朝から、糸のように細い雨が寒々しくふり続き、午前中とは思えぬ暗さ。入浴して急激に眠くなり、30分ほど気絶したように眠ってしまう。この間K子が買ってきたシーツが深紅のもので、和風の寝室と極めて不調和で面白い。鶴岡から電話。神戸のラジオ番組で好評であった由。いっそ、あっちでレギュラーなど持ってしまえば、そこからブレイクするかもしれないが。昨日の私の日記を読んで、さっそく『らぶ・ひるたァ』のダブリをねだってくるが、あれは書き込みのあるのとないのと二冊揃ってネウチなのである。

 12時キッカリに芝崎くん来訪。この、キッカリに来るというところがきわめて彼らしい。も少しフレキシブルにすればいいのに、と思う。“知り合いの同じライター志望者に、勉強になるからセンセイの書庫整理を手伝わないかと誘ったのですが、みんな気弱な奴らで、恐れ多いのか来ようとしません”などという。恐れ多いのではなく、せっかくの連休にそんなことするのが嫌なだけだと思う。彼は千葉の出身者である。これまで私の回りの千葉出身者と言えば鶴岡、串間努、開田あやと、ある種の千葉色というものが如実に見えるラインナップであったが、彼は異色。いよいよ今日は第三書庫(マンガと文庫中心)、そして仕事場の書棚の整理である。やり方は慣れたので、サクサクと進む。それにしても、後から後から本が出てくる。

 12時半、昨日のBSFMのスタッフの高見沢くんが来宅。画像用にと、ちょうど整理最中の書庫の写真を取っていく。“たぶん、階段にも本が積まれているのではないかな、と思いましたが、やはり積まれていたのでうれしくなりました”とのこと。まあ、何にせよ人がうれしがってくれるのはいいことだ。手みやげに、とカシワモチを山程買ってくる。K子は甘いものが嫌いだし、捨てるにしろできるだけ無駄にしないように、と、昼飯(寿司屋の稲荷)時に、芝崎くんと一緒に半分くらい片付ける。

 書庫の片づけは二人以上でやるに限る。一人でやろうとするとつい、読みふけってしまって進まないのである。つまりはそれだけ、自分の蔵書でありながら、読んだことのない、あるいは買ったことすら忘れている本が多いということである。朝読んだ『翻訳街裏通り』に、著者の回りの愛書狂たちを評して
「こと書物に関しては世間一般の常識は一切通用しない番外地である。一生に読める程度の書物しかもっていないものは、この世界ではむしろ変人の部類に入れられてしまう」
 という下りがあったが、これが非常によくわかる。また、他の人間にとって、これがいかに不条理な趣味に映るかもよくわかる。だから、テレビや雑誌などがこぞって私の書庫を写真に撮ろうとするのである。ハムスターが自分の食べきれる量以上の食物を巣にため込んで、結局腐らせてしまうのと同じか。

 私の親父がやはり、薬局関係の業界紙や宣伝誌を絶対捨てずにため込むタイプで、親父の書斎は紙屑置き場と化していた。母がこれを嫌がって嫌がって、片付けようと するたびに親父はそれを制してケンカになっていた。
「いつ読むのよ、そんな暇ないじゃない」
「引退したらゆっくり読むんだ」
「店を引退したら業界紙なんか読んだってなんにもならないじゃない」
 というようなやりとりを子供のころから何度聞いたか。で、親父が脳溢血で倒れたとき、母は身も世もなく悲しみ、心配し、心をつくした看護をした。その献身ぶりははたで見ていて感動するほどのものがあったが、それと平行して、母はこれまでやりたくてやりたくて出来なかったことを実行した。親父の部屋の雑誌類を全て処分し、部屋をスッキリさせたのである。母の看護で親父は日々、回復に向かっているが、もし、二階に上がれるまでになり、自分の書斎を見たときに、また倒れやしないかと秘 かに心配しているのである。

 仕事場の書棚の整理をかなり思い切って断行し、仕事机まわりの棚の書籍を、完全に仕事用書籍オンリーに入れ替える。お気に入りの本は手近に置いておきたい、という趣味より、能率の方を優先させたわけである。懸案だった書類の整理も完全ではないがかなり行い、部屋が見違えるようになる。夕方からはK子も仕事場から戻って指揮をとる。ホコリが舞い上がり、クシャミ連発。

 7時、芝崎くんの友人が車をもってきてくれて、処分用の本をそれに積み込み(全部は無理なので一部分のみだが)運んでくれる。これも好意だということだがそうですかと甘えるわけにもいかず、二人でメシでも、と些少ながら包む。残りの整理をしたあと、K子と新宿へ出て、伊勢丹のレストラン街で天ぷら。イカが旬でさすがに甘く、うまかった。あとはメゴチ、鮎など。シャコも試みたが天ぷらのネタにはちょっと生臭い感じ。くたびれたので帰ってかなり早めだが寝てしまう。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa