裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

15日

火曜日

敵はボンデージにあり

 タイトルに意味はない。朝7時半起床。朝食、トーストにハムと缶パインひと切れはさんで。マスタードをたっぷり塗って食べたらうまかった。ペリー・コモが死んだんだそうだ、って一回もこの人のショーは見たことがないんだが、立川談志の『現代落語論』に、アチラのシャレたショーの代表としてこの人の名前が載っていて、そのアメリカ人としては一風変わったコモなんて名前と共に、ずっと記憶にあった。

 午前中、サンマーク出版のマンガ原作、進み進まずといったペースでやる。初代快楽亭ブラックのことを調べるうち、本人より当時の寄席文化全体のことの方が面白くなってしまった。昼は冷蔵庫に残っていたホタテの缶詰を使ってオムレツを作り、それをオカズにゴハン一杯。食べたら急速に眠くなり、3時〜4時まで昼寝する。

 それから今日のロフトプラスワンに持っていく資料ビデオをいくつか選定。新宿に出る。エンターブレインの主催する『ブンカザツロン』刊行記念トークライブだが、エンターより新風舎さんが先に来ていて、『素敵な自分を見失う本』を並べて売っている。斎藤さんに、平野店長の『小倉智昭あやまれの会』への応援コメントを頼まれる。FKJさん、ササキバラゴウさんなどというメンツ。ササキバラ氏は講談社新書から大塚英志と共著で『教養としての漫画』という本を出した。客はさて、どっちのファンなのか、意外に早い時間からかなり客席が埋まっていて、宣伝をほとんどしなかった割にはいい感じ。

 7時半、トーク開始。いや、鶴岡が最初からトバすトバす。こっちも応対でトバさねばならないが、話の仕切りを考えないでいいだけ楽。一昨日の打ち合わせのとき、エンターのNくんが“内容はどうしましょう”と言ったが、“相手が鶴岡なら、何がどうでも進むことは進むよ”と請け合っておいた。まさに、という感じ。ひたすら、彼の暴走におつきあいして、あまりに内容がない、と言われないようにだけ、ところどころでテーマらしいことを差し挟む。

 私も笑ったが客席も爆笑の連続。つくづく、この男はライブ人間だなあ、と思い、それが彼をライターとして大成させない理由だな、と思う。たぶん、文章書いてて、自分でも“なんでしゃべりほど面白くならないんだろう”と思っているのではないだろうか。彼のブレイクはラジオから、になるんじゃないか。今回も、こないだ出演した神戸のラジオ番組から花籠が届いていた。こんなの、私のトークライブ初。林家三平のしゃべりを徳川夢声が“サナダ虫みたいなもの。どこで切っても生きている”と絶賛したというが、彼のトークはアリの群れみたいな感じである。やたら細かく、ウジャウジャと動き回って、結局エサの回りを真っ黒に覆ってしまう。ロフト初登場のときに上がりまくって何も喋れなかった人間とは思えない。感服する。

 話芸とは伝える内容でなく、伝える技術の芸である。そういう意味では鶴岡は最高の芸人で、4時間、サイン会をはさんでほぼノンストップで爆走したあと、見事に何も残らない。後半、K子と楽屋で話していて聞けなかったという佐々木さんに“何を話していたんです?”と訊ねられて、キッパリ“まったく覚えてない”と答える。実際、彼のハイテンションについていくだけがやっとで、頭の中が真っ白。なんとか、前半では東京の芸人と関西の芸人の違い(東京の芸人にはどうしても自分の芸を誇る部分が出てしまい、客もまたそれを喜ぶってこと)から、モノカキの資質に話を及ばせたこと、後半ではアカデミズム“頭イイ芸人”説を展開したことくらいしか覚えていない。しゃべった方が覚えてないんだから、聞いてる方はもっと覚えていないであろう。お客さんは満足したろうが、持たせたオミヤゲ(後で頭の中で反復する内容)がちと乏しかったのではないか、と反省。

 サイン会&即売会、エンターブレイン、イーストプレス、新風舎と本が並ぶが、さすが新刊だけあって、新風舎のが最もよくハケる。社員が“あまり書店には並べられてない本ですのでお早く”と言って売っているのに苦笑した。ジュンク堂での一ヶ月分の売り上げくらいは売ったのではないかと思う。サインの最中、若い浅黒い顔した男の子が、妙に真剣な目つきで、“ちょっと問題のある本をお見せしたいので、終了後にお時間とってもらえませんか”と言う。終わったあと、彼が“どこか場所はあるでしょうか”というので、空いたテーブルに座らせると、
「まず身分からお話しします。私、15歳で、現在家出中の身です」
 という。15歳にしては老けた顔である。沖縄から家出してきて、2週間目だという。バッグの中から衣類にくるんだ本を大事そうに取り出した。声をひそめるようにして、“実は近所のブックオフで偶然発見したんですが”と大層なことを言うので、如何なるものを取り出すかと思っていたら、これが福島次郎の『剣と寒紅』。ちょっとズッコケ。たぶん、発禁回収という話を耳で聞いていて、大変な稀書を発見した、と思い込んだのではないか。

「いくらで買いました?」
「360円です」
「……まあ、だいぶ出回りましたしねえ。妥当なお値段かと」
 と言うと、一瞬、アテがはずれたという顔をしたが、“少しお話ししたいのですが実は、今夜、泊るところがないんです”という。彼のアテでは、取り出した本を見て私がアッ、と声をあげ、“ど、どこでこれを手にいれました?”と、露骨にそれを欲しそうな表情をみせ、そこから、それをタネに宿泊や今後のことを相談しようと思ったのではないか。色が黒いのは沖縄出身というばかりではなく、2週間フロにも入っていないからだと見え、プンと匂う。

 知り合いが世界文化社のK氏、D氏含めいろいろ来ているので、彼の相手ばかりしているわけにもいかない。楽屋の方に戻ってK子や眠田さんや、と学会のSさん、Hさん、Oさん、Kさん、それから奥平くんなどにも挨拶。すると彼、楽屋までついてきて、“実はボク、昔から破格の人生を送っているんで”とか言う。四歳でもう問題児としてカウンセラーにかけられたらしい。それはいいが、自分でそれを破格と言ってまわるところは破格でない。平凡である。こっちが関心を示さないと知るや、次に
「実は同性愛の気もありまして」
 という。私がショタだというウワサを調べたものか。『剣と寒紅』持ち出したのもそれを考慮してのことかもしれない。なら、私がすでに『裏モノの神様』でそれをネタに使用済み、ということまで押えないとな。どうだ、という顔しているので、“ほう。経験は?”と訊くと“まだないですが”と言う。“家出してさ、何やりたいの。 目標って何?”と訊くと
「学者か、評論家になりたいんです」
 と言う。
「なら、家出というのはいい方法じゃないな。学者なら特に、きちんと学校行って、卒業して、大学院行かなきゃなれる商売じゃない」
 と言うと、“いや、自分なりに計算しているので、なれないことはないんです”という。最初面白がって奥平くんなどがのぞきこんできたが、彼みたいなムチャ濃い人間には、この程度の家出少年などは犬くらいにしか見えないらしく、すぐ離れる。少しダレてきたので、斎藤さんにわけを話すと、
「ウチはそういうの、慣れてますから」
 と引き受けてくれる。“どっか行くんですか”とついて来たがるのをふりきって、十名ほどのメンバーで、幸永まで。

 彼(そう言えば名前も聞かなかった)の気持はよくわかるし、五、六年前の私ならとにかく、泊めてくらいはやったかもしれない。しかし、いろいろこちらも経験を積み、痛い目にもあい、“自分の才能を認めてほしい”というだけの欲求を甘やかしてやると、本人のためにも私のためにもロクなことにならない、ということを覚えてしまった。彼がもし、この日記を(沖縄に帰ってからでも〜帰らないと言っていたが)見たら、次はもっと勉強して私をオッ、と本当に言わせるものを持ってきてほしい。同性愛ネタでなくてもいいから(笑)。

 鶴岡は何か舞台でテンション使い果したか、至極アッサリと“じゃ、帰ります”と帰る。Nくんが“どうしたんですかね?”と首をひねっていた。眠田さんとはSF大会で山本会長とかと『クレしんの部屋』をやろう、と話す。幸永まで歩く。大人数ではあったが運良く座れた。なんだかテンションやたらに上がり、H氏S氏のと学会やおいネタなどしゃべりまくりながらホッピーがぶがぶ飲み、ホルモンをバクバク食べる。斎藤さんが遅れて参加したので、彼、どうしました? と訊いたら、結局、ロフトにも残らず、雨降り出した中をどこかへ行ってしまったそうな。どんどん食べて、どんどん飲んで、なんだかワケがわからぬまま3時近くまで。なんと、エンターブレインがおごってくれた。しかも、帰りのタクシー代まで出してくれるという。急にどうしたんだ、この気前のよさは。最も、タクシーはNくんと相乗りになったので、家までおくってもらう、という形になった。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa