裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

9日

金曜日

forever立て、立てば歩めの親心

 タイトルに意味はない。朝7時45分起き。ちょっと昨日の酒、残る。醸造酒はいけませんな。朝食、紀ノ国屋製のロースハム。さすがに絶品。それとスイカ。ナンプレ原稿、縮めてメール。

 K子に弁当作り、ホタテとマイタケの中華風炒め。風呂入り、週刊ポスト映画評を書き上げる。仕事進むのはプラセンタのせいか。ポストK氏からFAX、SF超大作『××××××』は観なくてもいい出来、とのこと。それは観に行かねばなるまい。昼飯、弁当用のオカズの残りで。なをきの文春漫画賞受賞式の招待状来る。残念、その日は能登に行っている。欠席の返事を文春に出す。これでまた、兄弟間にトラブルがある、などというウワサが広まると面白い。

 戸板康二『歌舞伎題名絵とき』(駸々堂)読む。こないだSFマガジン原稿の資料用に参照した流れで読了したが、著者の歌舞伎と江戸文化に対する教養が大したものであることはわかるのに、読んでいてさっぱり面白くない。著者は幼い頃から歌舞伎の世界に身も心もどっぷり漬かっていて、その魅力を熟知しすぎるほどしている。そのために、著者ほど歌舞伎が好きでもなければ詳しくもない、一般教養者レベルの読者に対し、三平ではないが“これがなぜ面白いかというと”と説明する労を怠っている。それをしないのが通なのか、あるいは老境に入ってメンドくさくなってしまったのか。『傾城反魂香』の筋立てを説明して、遊女遠山という名前を紹介したすぐ後で
「この遠山の霊が中の巻で京島原の遊廓に姿をあらわし、おみやという遣手になっていて、門口に立って胡弓をひいている元信(唐沢注・絵師狩野元信)を招じ入れ、襖に熊野山の絵を描いてもらったあと、おみやの姿が逆様に宙を飛ぶ姿を見て、その死を知るという“三熊野かげろう姿”の場面が、屈指の名文でもあり、作者の見事な着想に舌をまかずにいられない」
 とあるが、この文章だけで“作者の見事な着想”がイメージできる読者がどれだけいるだろうか。遠山がなぜ死んだのか、その霊がなぜ遣手婆にならねばならぬ のか、熊野山の絵を描いてもらわねばならぬのか、なぜ逆様に飛ぶのか。狩野元信がなぜ胡弓なんてものをを弾いているのか。歌舞伎の魅力が現代劇のリアリズムの常識を無視した奔放な筋立てにあることは承知しているが、それであればなおさら、常識に縛られたわれわれ一般人に、そこのところをキチンと説明してくれないことには理解できぬ文章になってしまうのである。

 3時、時間割にて幻冬舎Sくん。8月刊行の『古本マニア雑学ノート』ゲラ受渡しする。少し遅れてK子も来て、次の『ギロチン女』に関する打ち合わせするが、Sくんという人物、作家をおだてることの出来ないタイプで、慎重な性格が過ぎて話がどうも後ろ向きになり、結局K子を怒らせてしまう。岡田斗司夫日記に、“編集の素養は書き手をどれだけノセられるかにある”とあるが、少しそういうことを学べ、と説教する。埋め合せの企画を約束させる。

 そんなこんなで打ち合わせが長引き、5時半に中野到着の筈が大幅に遅れる。なんとか開場前に間に合い、ビデオ上映の打ち合わせ。楽屋でホッと一息。快楽亭はアザラシみたいに寝ころんでいるが、今日、もう一本風俗取材を済ませてきたという。背 骨を骨折しているのに取材などせんでも、と言うと、
「外へ出ないとエッセイ連載のネタがなくなっちゃう」
 と、いうか、背骨折っても風俗行った、という伝説を作りたいんだろう。芸人魂。

 こないだトンデモ落語会やったばかりで、今日の談之助・ブラック二人会は、会場をおさえてしまったんで仕方なく、という場当たり的な会だったらしいのだが、それでもお客さんの入りは大変なもんで、補助椅子まで出る満員。そうなると、今日は白山雅一先生に代演を頼んで、と構えていた快楽亭もハリキリ、杖をついて高座に出て怪我の一段を語る々々。短めの一席くらい十分に話した。やはり芸人だねえ。白山先生高座に出て、ブラックを褒めて“あれはわれわれの楽屋言葉でいういい人で”それをソデで聞いていた快楽亭、“楽屋言葉でもなんでもねえじゃねえか”と爆笑。

 私は中入り後、着物に着替えて談・ブラ両師匠と高座に上がり、ビデオ上映とトーク。中野監督に借りた北朝鮮のアニメと、東大で物議をかもした獣姦ビデオ。かなりのウケ方で、快楽亭が“これは第二弾をぜひやりましょう”と提案。秋くらいにまた 開催すると思うので、今回見逃した方もインフォメーションにご注目。

 二次会は中野通りの村さ来、金曜日でたて込む中に二十人以上が詰め込まれ、おまけに快楽亭は寝ころんだままなので、暑い々々。それでもこの怪我人、口だけは達者で、コーラを頼んだ方、という声に“居酒屋でコーラ飲む奴の気が知れねえ”とタンカ切って、その頼み手が隣の人であったとわかったとたん“暑いときはやっぱりコーラですよねえ! すっきりしますよ!”と、野だいこ状態。三次会の焼肉屋にも行きたがっていたが弟子たちが心配して連れ去った。十五名程度が焼肉屋『トラジ』。植木不等式と真露で酔っ払う。『月蝕歌劇団』の川上史津子嬢あいてに、ワイルドのサロメ談義で青臭い演劇論吐く。隠していた虎の縞が出てしまった。三時過ぎまで。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa