裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

6日

火曜日

梅毒者プレゼント

 サルバルサン一年分。朝7時半起床。朝食、カニサラダ、サクランボ。母から電話で、雑誌にお前の名前が載ってた、と。そりゃ、載るわな。この母親はいまだに自分のムスコたちが売れていることを認識していないのである。そんなものかも知れないが。『UA! ライブラリー』新刊のための作品探し。K子がハリキリ、二冊同時刊行を目論んでいる。お涙少女マンガと、好美のぼる作品集。書庫のB級マンガ雑誌をひッくり返して、好美先生のエロものをひきずり出す。

 時事通信社から催促電話。『似顔絵』批評。向井敏の本と、ウォルフガング・カイザー『グロテスクなもの』の引用をしようとチェックしたが、向井氏の発言はすぐ見つかったが、カイザーの著書の中の、諷刺画に関する言及中の、記憶にあるものが見つからず。仕方なくそっちの方はあきらめて、書き出す。途中でK子に弁当。豚肉と マイタケのピカタ。

 1時、書評原稿Eメールし、昼飯(明太卵ご飯とタケノコの味噌汁)カッ込んですぐSFマガジン。11枚、4時までかけてイッキ書き。一部、アリ原を流用。朝日K氏から電話。9日に落語会に行きます、とメールがあったので、“今日の手塚文化賞は?”と返事したら、“すっかり忘れてました”とか。一昨年まで事務局の中心だった人物ではないか。朝日ってところも移動しちゃうと冷たい会社だなあ。パーティはたぶんつまらないと思うので、途中で抜け出て、荒木町の井上くんの撮影(ムックの表紙モデルに睦月さんがケンペーの扮装でなる)の打ち上げに合流しよう、と話す。 時事通信社は向こうでメール開けなかったとのことで、4時ころFAXで出しなおす。二本連続で原稿アゲてさすがにバテ、ベッドに寝転がって高須芳次郎『爛熟期頽廃期の江戸文学』(明治書院、昭和6年)などを読む。

 4時半、家を出て日比谷帝国ホテル。ロビーで鶴岡と待合せ、中二階光の間。なんか昨年までに比べてずいぶんと会場が狭くなった感。岡田斗司夫も来て、三人顔を寄せると、いかにも不満分子といった雰囲気になる。実際、岡田さんはいしかわじゅんだの関川夏央だのが審査委員に残っていることにかなり不満な様子で、“あんなのが朝日の認めるマンガ界エスタブリッシュメントすかあ?”と、キコエヨガシに言う。まあ、誰一人そう思ってないから(確かに、われわれが降りるとき、彼らが残留するということについては何のインフォメーションもなかったのはちょっとね)。

 今日の岡田斗司夫はオタキングらしさ全開で、壇上の挨拶などのあいだ、ロコツに“つまらん!”“早くスシ食いたい!”“あのヒトはマンガもまとめられないが話もまとめることが出来ないんだよな!”などと、聞いている方みんなが思っていても口に出さないことをボロボロ言っていて、実に痛快。とはいえ、その、話をまとめられない望月峯太郎(あ、言っちゃった)の挨拶が一番オモシロカッた。朝日の社長とか部長とかの挨拶や報告は話術としても最低レベル。

 いろいろ批判もあるようだが、私はマンガ界にとって賞というものは、ないよりはあった方がいい、という意見。ただし、会場に第一線マンガ家の姿がほとんどなく、去年くらいまでは来ていた各マンガ雑誌編集部の数も大幅に減ったのが気になる。賞を設けるということの他に、その存在をどう世間とからませて、商売に結び付けて行くか、ということも考えなくてはならない。まあ、出版関係の賞でそれに成功しているのは芥川賞と直木賞だけではあるが。数少ない若手マンガ家さんのうち、田中啓一先生に挨拶され、少し話す。“田中さんが手塚先生のパーティにいらっしゃるとはねえ”“まったく、神をも恐れぬ所行ですよねえ”。

 JUNEのS氏、徳間のO氏などとも久しぶりに話す。呉智英大人が寄ってきて、私の顔見ていひひひ、と笑いながら、以下のような話。
「普通さあ、医学関係シンポジウムで、パネラーがガンの臨床治療について話しているときに、“私はカエルの解剖をしたことがあります”って発言する奴はいくら素人でもいないよなあ。それを、彼はヒキガエルとアマガエルの解剖の話を得々とするんだよ。まいっちゃうよお」
 その比喩の巧さというか意地悪さに感嘆する。何の比喩かは武士の情けで伏せる。

 岡田さんは壇上の人のスピーチが終わると、即、寿司の出店にトンでいっていた。私も、コンパニオンのお姉さんが持ってきてくれたのでつまんだが、夏場のことで、寿司飯に酢がキンキンに効かせてあってスッパイスッパイ。帝国ホテルだけあって、ローストビーフはまあ、いけるが、他のものは箸をつける気にもならず。工藝社手塚さんから、そろそろ本の打ち合わせを、という催促。

 7時半、会場抜け出て、K氏と待合せ。タクシーで四谷荒木町のまさ吉。太田出版の編集さんや、ドイツ三本くんもいて(みんな今日のモデル)、いろいろと話がはずむ。ここのイワシしそ揚げ、ウリキムチなどをつまんで、ようやく人心地がついた。確かにパーティというもの、滅多に会えない人に会える効能はあるが、会いたくでもない奴にも顔を合わせて話さねばならない。パーティ会場に生息しているような業界人がいるが、どうもその神経がわからないのである。11時半まで飲んでワイワイ。

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