裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

29日

日曜日

青空サリド・マイド

 難点・“よしなさいって”のつっこみがしにくい。二階の部屋で朝、5時に目が覚める。ゆうべ、ベッド読書用にと書棚から引っこ抜いてきた現代教養文庫『教養人の世界史・中』(1964年発行・橋口倫介・金澤誠著)をパラパラと読んでいたら、七二六年のビザンツ皇帝レオ三世の聖画像(イコン)破壊についての章があり、そこの章タイトルが『イコンの遺恨』。どのような碩学であろうと、ダジャレの誘惑には抗しがたいのである。

 6時半になって階下に降り、風呂に入ってからゆっくり朝食を摂る。パンを切らしているというので、ホット・ケーキだが、これとミルクたっぷりのコーヒーの取り合わせが絶妙。メープル・シロップをじゃぶじゃぶとかけて食べる。モバイルのワープロ通信でメールのみ確認し、いろいろ今日の法事の準備。

 9時半、タクシー2台に分乗して円山の龍興寺なるところへ。なかなか広い寺で、龍の字がつくからだろうか、堂内の飾りがことごとく龍をデザインしたもので、豪奢と言えば豪奢だが、現代的感覚から言えば悪趣味でもある。柱から下げられている幟も龍の柄で、ジャイアント馬場のガウンみたいに見える。事務のおじさん(昔で言えば寺男か)がきわめて愛想のいい老爺で、満面に笑みを浮かべて、腰をかがめ、手もみせんばかりにしてわれわれを案内する。『用心棒』に出てくる沢村いき雄の番太にソックリである。会するもの、ウチの一家7人にお手伝いさん2人、坂部家とその親類8人、計17名。

 住職はこないだの葬儀のときに見ているが、天井の高い本堂の真ん中で読経しているのを見ると小人のよう。胸に無線マイクをつけている。お経ささすがにうまいが、左手で大小の鉢を鳴らし、右手で木魚を叩き、という忙しさはまるでジャズドラマーである。音痴では坊主になれない。焼香含め、二十五分程度で終わる。時間的に十時で、これから納骨の1時まで、時間をつぶさねばならない。近くの坂部の家にお邪魔することにする。

 坂部の家はいま、ナミ子姉の経営する輸入ブティックになっており、玄関から部屋までが洋服や帽子でいっぱい。母はナミ子姉が可愛いから、何か買ってやろうとアタフタする。K子が帽子を、私がボッシュの絵のTシャツを買ってもらう。1時、そこからまた平岸の霊園へ。私はマサフミさん(ノリ子姉のご主人)の車に乗せてもらうが、ナミ子姉が車を運転するのを見て驚愕した。彼女は子供のころから運動神経ゼロで有名であり、方向感覚や場所の記憶に徹底して欠ける人であり、それが子供のころの目のさめるような美少女ぶりに非常にマッチしていいキャラクターだったのだが、その彼女が免許をとれて運転ができるという事実に、大丈夫か、と非常な心配を感じたのである。

 さすがに日曜で道が空いていて、二十五分ほどで平岸の霊園に到着。旭丘光夫(光志)の『火葬』(UA!ライブラリー『奇形児』所収)に出てくるのがこの平岸の霊園である。昔は平岸の火葬場がちゃんとあったのだが、近くに住宅地が出来て遠くへ追いやられ、霊園のみが残ったのだが、最近、付近住民からまた苦情が出て、地下鉄の『霊園前駅』の名称が外され、『南平岸』になってしまった。坊さんが早く到着したので母たち、それから合流したユウコさんの御両親たちは先に墓の方へ行くが、やはりというかなんというか、ナミ子姉の車だけ道に迷ったらしくて到着せず、しばらく霊園入口で待つ。イラチな母から私の携帯に“なにやってるの!”と文句がくるのと同時に、やっと到着。

 今度の坊さんは神田陽司に似た、若い坊さんで、ハンサム好きな母は気にいってしまったようである。お骨を一部しかとらない関西と違い、コナまで骨壷に収納するこちらでは、墓の中に、お骨を壷からジャッとあけて納める。母がソレはイヤだ、と言うので、星さんが晒の袋を縫って、その中に骨をあけて、その袋ごと納めることにする。なをきと二人でこれを行う。墓の中には、前にあけたときのことを鮮明に覚えている爺さんの骨、婆さんの骨があった。婆さんの骨は頭蓋骨の裏側が紫色に染まっていて、母と“ハルシオンをのんでたせいかねえ”と話したものだが、その紫もちゃんと残っていた。この上に私の骨も置かれるのか、と思うと、何か奇妙な気分になる。その後坊さんが読んでくれたお経は、確かに声が非常によく響き、聞いてて気持のいいものであった。北海道の夏らしい高い青い空に白い雲、トンボがツイツイと空を泳ぐ中に読経が吸い込まれていく。こっちの墓には入らないつもりでいたが、こういうシチュエーションもいいかな、とふと思った。

 それからパークホテルで会食。昔、このパークホテルが札幌で一番おしゃれなホテルで、ナミ子姉たちの結婚式もみな、ここで行われた。ナミ子姉のとき、ここの売店で生まれて始めてツル・コミックス版のピーナツ・ブックスを買い、和英対訳のその形式といい、あちらの四コマ漫画のおしゃれさに仰天した記憶がありありと思い出される。墓参りのあとは必ずここの中華というのも、決まったような定番だった。ここの鯉の丸揚げが子供心に御馳走だったが、最近は流行らないそうで、メニューから外されてしまったそうな。会食前に、長男としてちょっと挨拶。それから豪貴が社長として挨拶、なをきが献杯の発声。料理はまあ、フツーの中華だったが、フカヒレとカニミソのスープというのが濃厚でうまかった。

 そこで解散、帰宅。やはり大きなイベントを済ませたという開放感からか、ちょっとくたびれて、夕方まで二階で寝る。6時ころ東京の芝崎くんより電話あり、無事、と学会誌原稿、印刷所に納めたとの連絡。ホッとする。起き出して、開票速報。すでに小泉自民党大勝の形勢。タレント候補たち、大橋巨泉、大仁田厚、舛添要一などの当選はまあ、気にいるいらないは別として順当だと思うが、広島選挙区で、無所属からただひとり早々と柏村武昭が当選したのは驚いた。『お笑い漫画道場』ってのはそ んなにメジャーだったのか?

 7時半あたり、なをき夫婦は帰京。われわれはメシ。自家製タンシチューなどうまいが、メインはやはりヌカミソの漬け物と飯。ごはんだけは、多人数分炊く家にかなわない。選挙は早々と自民党がどこまで伸びるかに。社民党と共産党がどこまで退潮するかも興味深い。12時ころまで、ずっとテレビに釘付けになっている。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa