裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

23日

月曜日

豊頬だよおっかさん

 錠や、まあお前何という顔に。朝7時50分起床。遅起きなのは、ゆうべ帰ってきたときに冷房が切れていて、それから入れたため、部屋がなかなか涼しくならず(わが家の寝室は直接冷房でなく、隣の仕事部屋の冷房で寝室を冷やして、寝冷えを防いでいる)、明け方近くにようやく快適な温度になったため。理詰めに出来ているものである。朝食、ガスパチョとスイカ。ワイドショーは明石の花火大会事故のことばかり。K子と不謹慎な会話しばし。そのニュースのときのCMで、パックごはんがドミノ倒しになるものがあり、そのタイミングの悪さに笑う。

 午前中、日記書き、資料調べ。と学会誌の図版で後送のもの、また井上デザインに転送。その他、眠田さんに送るビデオも探して箱詰めにし、いくつかの仕事の原稿料請求書も作る。中には一ヶ月近く前に来た請求書送付依頼もある。収入に直結するものであり、なぜもっと早く出さないのか、自分のいいかげんさに呆れるが、私というもの、元来、この請求書作成というのが好きでないのである。金が欲しくないわけではないのだが(むしろ大いに欲しいのであるが)、請求書を書いて自ら“さあ、報酬をくれ”というのが非常に精神的に荷なのである。それともうひとつ、子供の頃からの強迫観念で、こういう“間違って書いてはいけない書類”というヤツがダメなんである。初めてパスポートを申請したときには、書きながら書類の上に緊張で汗がポタポタ落ちて、“何か詐称して申請していると疑われるのではないか”と、気が気でない思いをした。書いて窓口に出して、何か不備を指摘されたりすると、
「だからこういう申請などするではなかった」
 という気になる。幼児期に、そういうことにうるさい両親にさんざ叱られたのがトラウマになっているのであろう。とにかく、請求書三本作成し、大仕事を完遂したよ うな気分になった。

 12時に家を出て、まず郵便局で請求書を郵送し、次に参宮橋のコンビニでビデオを発送する。ついでに道楽のラーメンで昼食。ノリラーメンを食ってたら、隣のお客さんがそれを見て“いいなあ。オレ、ノリが大好きなんだけど、食事制限で禁じられているんだ”と言った。そこからバス乗り継いで六本木。銀行へ寄り、明治屋で買い物し、青山ブックセンターで書評用の資料本、1万数千円買い込む。ここのサブカルやマンガの棚を見てみたが、『裏モノ見聞録』カタチもなし。少し落胆する。

 帰宅、仕事すすめる。JCMのMさんから電話。社内事情で、進めている端末事業の開始が、一ヶ月延びるそうである。こちらとしては入金開始が一ヶ月先送りになるわけで、痛いことなのだが、この事業に関してはいったいどれくらいの利用者がいてどれくらいの規模のものなのかというイメージがいまだわかず、ただハアハアと向こうさまの言うことにうなづくしかない。何か意見を言うだけの材料がこちらにないのである。

 2時、ビジオモノから女性編集者さんと女性カメラマンのお二人が来宅。コラム記事でわが家のネコを取材。そろそろ来訪時刻というときにベッドなどを探してみたがネコがおらず、ちょっとあせる。第二書庫のコピー機の隅に丸まっていた。どうしてこんな暑いところにいるのか、謎である。女性陣には“あ、かわいー”と評判であったが、写真撮影はライトやフラッシュにちと興奮気味であった。

 4時、時間割でハローミュージックA氏と打ち合わせ。予算ワクのことを詰める。ギリギリでやっていることは重々理解できるが、私一人の仕事ならまだしも、知人・友人連を多数引き込んでいる関係上、カネのことでトラブルが起きることだけは避けたい。そこらへん、Aくんに念押しする。JCMのことと違い、こっちは芸能プロダクション時代の経験から、この線を下回るとショボいものになる、という予想がつくだけに、こっちもシビアにならざるを得ず。打ち合わせ後、パルコブックセンターへ寄る。こちらには『裏モノ見聞録』平積み。

 帰ってまた仕事続き。夏バテが体でなく、精神に来ているようである。催促される仕事ほど、何か手付かずになっていく。7時、ジァンジァン跡地の喫茶ルノアール内『Za・Hall』で、シアター・トークという、演劇関係者のトークライブ。川上史津子さんが短歌を朗読、そのチェロ伴奏が山口椿さんという豪華版。並んでいたら川上さんが来て、ルノアールの方で少し話す。山口先生にも紹介される。“生演奏が楽しみです”と言ったら、残念ながら今日は朝、背中をひねってしまい、代演で奥様の“ゆふまどひあかね”さんが演奏されるそうな。山口先生は今年71才、奥様とは30近く年が離れているだろう。こういう関係がピッタリという人もいるものだ。

 二部構成で、最初のトークは自分で劇団を主催している女優さんのトークだった。観客参加型の舞台を作りたいとか、20才のころ出演したにっかつロマンポルノの話とか、トーク途中で彼女の劇団員たちが入ってきて、勝手に舞台練習を始めるとか、いろいろ面白かったが、何かやはりお嬢さん(有名な放送作家の長女)のお遊びという感じがつきまとう。いや、お遊びでも一向にかまわないのだが、私が昔、演劇に対して感じていた、妙な違和感をそのままコンニチまで持ち越しているような、そんな匂いを感じてしまった。このテの小舞台演劇というのは現代と最前線で対峙しなければならないものなのに、また本人たちも対峙しているつもりでやっている筈なのに、なぜか、演劇という狭い世界の中で十年一日、進歩なく同じことをやっているような気がするのである。

 続いて川上さんの短歌朗読。予想はしていたが、非常にエロチックな内容で、チェロの艶麗な調べにマッチしている。優雅なものから下世話なものまで幅がかなりあるけれど、私はもちろん、下世話なものが好み。印象に残ったものひとつ。
「立ちバック 便所の壁に手をつけば 大口あけて笑う朝顔」
 いや、全部がこういう歌ではありません。聞いていて、私もまた朗読会をやりたくなった。

 その後のトーク、川上さんはちゃんとしゃべりで笑いをとろうとしているところがいい。 山口先生が上がったが、これはご自分のことばかり。爺さんだから仕方ないですな。しかし、60からものを書き始めて、70までの10年間に50册の本を出した、という旺盛な執筆ペースに感服。これくらいの量をこなせないものに本を出す資格はない時代だろう。川上さんの月蝕歌劇団のビデオも上映の予定だったが、機材不備で出来ず、残念。

 終わって、客席にいた吉田光彦さんと川上さんのツーショットを撮ってあげる。打ち上げに参加したかったが、K子と待ち合わせに遅れているので、辞去。花菜まで急ぐが15分遅刻で叱られる。今日はまたどうしちゃったかという混雑で、頼んだものが出てくるのに三十分以上かかる状態。冷や奴で一時間持たせた。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa