裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

26日

日曜日

百億のピルと千億の夜

 九百億は安全日。7時起床。K子が早めにこのごろ仕事場へ行くため。スパムの残りを卵と炒めて朝食。ジャンクですねえ。朝、薬局新聞、入院中の二回分、書き溜めしてK子に渡す。

 昨晩いっこく堂のビデオなどを見たので、不動産屋の夢を見た。なんでいっこく堂で不動産屋かはまた後日。それにしても、以前、伯父に“パピプペポの音は腹話術では出せない”と怒られた(腹話術用の台本を書いていたとき)経験があるので、いっこく堂がパピプペポを完璧に発音するのを見るのは感動である。自分の技術を磨こうともせず、交通安全運動のソエものに腹話術を堕しめていた連中、全員悶死するしかないね。これが独学だってんだから。・・・・・・もっとも、彼の芸は自分で言うほどオリジナルなものじゃなく、声ズレの芸など、ラスベガスの芸人でもっと洗練されているのがいくらもいる。昔、パントマイマーの吉澤ちゅう氏にあちらのそういうビデオを見せてもらったことがあるが、たぶん、いっこく堂も同じものを見て練習していたのではないか。

 昼は冷凍のウナギが二タ切れほど冷凍庫にあったので、ゆうべの冷飯にのっけの、お茶かけの、ウナ茶で一杯。二見書房の続き。変に文章が流れて、J文学くずれみたいになってきたので中断。資料本あさる。昭和40年ころの本に、星新一の言葉として、SFの本格と変格の違いについて問われたときの、“僕の書くもの以外は全部変格”というのがあって、大笑いする。この発言、後にSF業界で論争になったというが、あれだけの変格を書いておいてツラリとこういうことを言えるのが実に星新一らしい。また、世界博見物のためのニューヨーク見聞記を書いていわく、
「アメリカの都会は、どこを歩いても老人の夫婦ばかりで、日本のように街で遊んでいる若者を見かけない。こんど戦争をすれば、日本が必ず勝つに違いない」
 最後の部分への論理の飛躍がいかにも、である。こういう人物を本当のアナーキーという。ショートショートとかはもういいからさ、誰かこういう星アフォリズム集を出してくんないか。

 星以上にアナーキーなのが、都筑道夫。この人が“お正月ごっこの会”というのを企画したことがあるそうだ。月一回、紋付きを着て月番の家へ集まり、“あけましておめでとうござい”と挨拶をして、お屠蘇を飲んで、カルタとりをしたりするという会。この徹底した無意味さが太平の逸民である。戦争とも革命闘争とも経済成長とも徹底して関係を拒否して遊戯の世界に住居するこの人の小説が最近読まれないのは、惜しいと思う反面、当然のような気もする。これがわかる奴が大勢いる社会なんて、粋かもしれないが自滅しますぜ。

 ちょっと街へ出て、HMVで『セレブリティ・デスマッチ』の最新刊。今回収録の粘土アニメデスマッチはスパイク・リー対クエンティン・タランティーノ、スティーブ・オースティン対ビンセント・マクマホン、セリーヌ・ディオン対キース・フリント、ニック・ダイアモンド(司会)対エイリアンなどなど。例によって注意書きにいわく
「このビデオに登場する人形はすべて架空の人物です。特定個人に対する何らの意見も評価も含まれていません。何せ、ただの粘土なんですから!」
 ・・・・・・このアメリカ的ナンセンスと、都筑氏の日本的ナンセンスの文化的背景による性格の違いを300字以内で記せ。

 8時、K子と待合せ、渋谷文化村通りの『シノワ』で中華風フランス料理。すさまじく洗練された居酒屋料理、という感じ。珍しくビールやらず、ワインのみ。

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