裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

3日

水曜日

ハンニバル来たぜ函館

 レクター博士北海道潜伏。朝7時起き。陽射し暑いくらい。朝食ピタサンド。母から電話。親父が集中治療室から出たのはいいが、ゴム菅を呼吸用に喉の奥まで入れているのが可哀そうだ、と泣く。そうぐんぐんとよくなることを期待されては、医者もたまったものではなかろう。気持ちはわかるがな。

 積ん読のうちから丸谷才一『思考のレッスン』。読んであまりにソウダソウダと思うような記述ばかりで、かなり影響されそうで困る。
「文筆業者は、まず第一に、新しいことを言う責任がある。さらに言えば、正しくておもしろくて、そして新しいことを、上手に言う、それが文筆家の務めではないか。もっとも、“正しくて、おもしろくて、新しいことを、上手に”と、四拍子そろうことはなかなかむずかしい。それならせめて、新味のあることを言うのを心がけるべきではないか」
 文筆業者と学者の違いを言い得て妙。それにしても、バフチンとか、マクルーハン『グーテンベルクの銀河系』とか、最近この日記に出てくる書名が続々。自分の読書傾向が間違ってないと喜ぶべきか、自分の考えを全て先取りされていると悩むべきであるか。他に、柳田國男関連の発言で、これは著者の意見ではないが、ハッとインスピレーションを刺激されるものがあった。予定している本にさっそく加えよう。

 裏モノ会議室でSPAM料理のレシピを十数種持ってる、と書いたら、教えてくださいというメールが来た。すぐ数種類、書き送る。これが本当のスパムメール。学陽書房から再稿ゲラ届く。さっそく赤入れ作業。沖縄の中笈氏に頼んでおいた荷物、発送したのでもうすぐ届くでしょう、と電話、おいたとたんにチャイムがなって、届いた。

 新宿に出てねぎしのからし味噌タン定食で昼飯。銀行のクイックコーナー、29、30と開いていたので油断してたら、3日から5日までは休み。仕方ないのでキャッシュカードでおろす。バンクカードがいつのまにか紛失していることに気づく。サイフからそれだけ抜かれるわけもないから落としたのだろうが、一応預金残高確認しようとしても祭日はかなわず。少しイラつく。

 帰って本読んでたら急に眠くなる。案の定、雲行き妖しい。6時ころ、雷が鳴り、ゾゾゾゾゾ、と大雨。谷沢永一他による『三酔人書国悠遊』ひろいよみ。谷沢センセイのはこないだ渡部昇一センセイとの対談の『こんな「歴史」に誰がした』を読んだが、これは悪口に余裕がない感じでいただけなかった。やはり、谷沢永一らしい、こういう書籍に関して博引傍証の限り(それもゴシップ的な)をつくしながらの余裕ある悪口批評の方が読んでいておもしろい。最高傑作は開高健・向井敏との鼎談『書斎のポトフ』か。

 いったいに世の中の人間は悪口と罵倒の区別がつかない。罵倒はその対象と同レベルにならねば出来ないが、悪口は次元の異なったところで相手をさんざもてあそぶ、高等遊戯なのだ。悪口の下手な奴にいい仕事はできない。罵倒というのはこっちが楽しむというより相手を傷つかせるのが目的だから、そういうコトバを並べるのだが、人間というのは経験の動物で、たぶんこう言えば相手は傷つくのではないか、という予想で、“自分がこう言われたら嫌なコトバ”をつい、選択してしまう。悪口のつもりで自分に全部ハネっかえってくる罵倒を並べて、しかもそれに気がついていない奴も非常に多いのである。

 7時、買い物。8時になって夕食の用意。圓生の『ねずみ穴』聞きながら。それにしても内容のない話だと思う。それをとにもかくにも感動的に聞かせてしまうのが芸というものなのだろうが、オチの“夢は土蔵の疲れ”(諺「夢は五臓の疲れ」のシャレ)はいくらなんでもひどくないか。9時、K子と夕食。鯛飯(甘鯛で作る)、湯豆腐、キュウリもみ。ビデオで『力道山まぼろしの名勝負』。ほぼフルマッチで収録されている木村政彦戦、山口利夫戦、ルー・テーズ戦にはマジに見ていて興奮した。木村や山口には気の毒だが、柔道という地味なスポーツの人はリングに上がっただけで力道山と比べての迫力の違いが如実である。真の強さと、リング上での強さは別 物なのだ。力道山はリング上での化け物だったのだな。中笈さんが送ってくれた泡盛、芳醇このうえなし。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa