裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

28日

木曜日

性格のスイッチ

 二重人格だったので別れました。朝6時起床。入浴してミクシィ。9時、朝食。スイカとミニトマト、スープ。日記を書き、同人誌原稿のナオシがおぐりから来ていた ので、手を加えパイデザに送信。

 11時半、家を出て仕事場。本日も暑くなりそう。8番ラーメン、冷やし中華のタレでキュウリ、ネギ、カイワレ添えて。昨日が〆切だったフィギュア王原稿、速攻で 30分で仕上げる。

 メールして、タクシーで京橋。運転手さんが30年間、経済誌の記者をやっていたという人(50代半ば)。そんな人がどういう事情でタクシーの運転手になったのか知らないが、日本の経済界のあらゆる人にはインタビューしたと豪語するだけに、知識量は凄まじい。このあいだの地震(昨日も余震があった)に触れ、現在東京の地価が微妙に上がり、建設関係も何かうわついたように意気軒昂なのは、ひょっとして政府筋が近々、大きな地震があると見越して、その復興プロジェクトをすでに立ち上げているからではないか、と言う。こういうこと言い出して経済誌にいられなくなったのかもしれない。宗教がとにかくキライらしく、どこそこで有難いお上人さまの法話 がある、とか聞くと出かけていき、論破してくるのを趣味にしているとか。

 京橋フィルムセンター着。『発掘された映画たち2005』。10分前に入場したがほぼ満席。平均年齢70歳という感じか。本日の上映、アジア初の長編アニメ映画である『鉄扇公主』(中国、1941)と、その日本語版演出及び声の出演をしている徳川夢声がナレーターの記録映画『海魔陸を行く』(1950)。“平成の徳川夢声を目標にしている”とプロフィールに書いている身としてはこれは是非とも観てお かなくてはならぬ二本立て。

『海魔……』の方は50年代東映で娯楽時代劇を量産した伊賀山正徳の監督になる異色作で、主人公はタコ。アニメとかぬいぐるみとかでない、本物のタコが主役で、
「吾輩はタコである」
 というイカニモな第一声からはじまり、海の底でノンキに暮らしていたタコがある日蛸壺ごと漁師につかまり、魚屋に買い取られ、もう少しで酢ダコにされるところを命からがら桶から逃げ出し、苦労して妻の待つ海へ帰るまでを描くという映画。その間にタコはカマキリ夫妻の交尾を見学して仰天したり、クマの子に襲われ、クモの巣にかかったチョウチョを助けてやったりしながら、海へと向かう。

 これで“記録映画”も凄まじいが、どうも人気で続編も作られたらしい。そっちの方は妻をサメに殺されたタコが親子でサメを退治する内容だという。と学会結成当時のことだから左様さ(夢声風書き方)、今から十数年前、なんかの古雑誌でこの映画の撮影記を読んで(実際にはタコは陸にあげるとすぐ死ぬので何十匹もタコを用意しなくてはならずスタッフの晩飯は必ずタコの煮付けだったとか、さっぱりタコが動こうとしないのでヒロポンを打ったとか)、
「もしフィルムが残っていればぜひ観たいものだ」
 と会誌に書いたのを覚えているが、まさか本当に残っていたとは。いろいろ艱難辛苦のあげく、海を目前にヘビに襲われたタコは、前に助けたチョウチョのおかげで難を逃れ、無事、海へと帰りつきましたとさ。あきらかに外地からの帰国者向けの映画であるが、タコの八ちゃんだとか火星のタコとか、この時代の観客に、タコはいま現代より親しみのわくキャラクターだったのかもしれない。いまは子供向きマンガにも 口からスミを吹くタコなど、滅多に出てこない。

 で、二本目がアニメ『鉄扇公主』。西遊記の中の火炎山のエピソードをアニメ化したものだが、なにしろ制作は日中戦争のさなか、毛沢東がノシ上がっていた時期。共産党にとって西遊記は古い思想で神怪を描く旧時代の遺物である。そこで冒頭にテーマがかかげられ、これは三蔵の弟子三人と村人が力を合わせて支配階級である鉄扇公 主(羅刹女)と牛魔王を倒す物語、ということに仕立て直した、とある。

 監督の萬籟鳴と萬古蟾の二人はディズニーの大の信奉者であったというだけに、孫悟空が手足がヒョロ長く口先がトンがって、どうみてもサルというよりネズミで、しかも指が四本。こりゃミッキーだろう、というデザイン。しかし、子供向けの話で、牛魔王が妻である鉄扇公主と別居して、愛人である玉面公主(絵が可愛い)の元に入 り浸っているという設定をそのままやるのが凄い。

 で、冒頭のテーマ通り、凄い仙力を持った孫悟空も猪八戒も最初は芭蕉扇を奪うこ とに失敗してしまい、三蔵法師に、
「それはお前たちが、自分の能力をたのんで力を合わせるということをしなかったからだ」
 と諭され、さらには村人たちも団結して鉄扇公主の館を襲い、ついに牛魔王を捕らえて芭蕉扇を取り上げ、火炎をおさめて旅を続ける、という話。面白いのは悟空たちの変身が、ドロンパッと化けるのではなく、手をなぜ足をなぜすると、そこから徐々に変身していくという描写。アニメだから何も実写のフィルム切り替えのような変身をする必要はないわけだ。同時に、悟空などの飛行も雲に乗ったりせず、ゆうらりという感じで空中を飛行する。スーパーマンの飛び型とも違う、ユニークな飛行イメー ジだ。

 さらには牛魔王の乗り物の金睛獣が、ステゴザウルスみたいなイメージだったり、とにかく、テクニックは稚拙であってもアイデアが豊富で面白い。悟空が虫に化けて鉄扇公主の体内にもぐるところなど、公主の口の中に茶があふれるところをダイレク トに描き、これは中国のアニメならではだなあ、と大笑いした。

 日本では手塚治虫がこの作品を少年時代観て魅せられ、そのイメージは後の東映動画『西遊記』につながっているというが、アニメとしての奔放さはこの『鉄扇公主』の方が断然、優れていると思う。声を夢声以下、山野一郎、牧野周一など、活動弁士たちが勢揃いでアテているのも珍品。夢声『戦争日記』に、この映画のアテレコの前のチェックに試写を娘と見に行く件があるが、夢声もまた手塚治虫と同じくこの作品にヒントを得て、戦後になって“音の漫画”と自ら称するラジオドラマ『西遊記』を開始、これは長寿番組となって、夢声自身“実は最も気に入っている代表作”と自賛したものとなった。めったに観られないものが見られて満足な観賞だった。確かに時代は感じるし、『海魔〜』の夢声のナレーションは話術の神様と言われる割には絵とナレーションのタイミングがいいかげんという感じがしたが、これは演出がベテランの夢声にまかせきりで、ほとんどぶっつけの録音だったからだろう。あきらかに先に ナレーションを言いかけて、まだ絵が次に行かず
「さて……」
 と得意の長い間でつないでごまかしている、という場所が何カ所かあった。とはいえ、こういう作品が娯楽映画として成り立った時代というのはすごいなあ、と改めて 思う。

 私の隣の席の60年配のひとは、上映がはじまってすぐにグーと寝入って、それから二時間、ずーっと眠りっぱなしだった。何しに来たのか。出て、チラシを探してい たら
「カラちゃ〜ん。やっぱり来るような人が来てるねエ」
 と声をかけられた。アニドウの片山雅博氏(多摩美大教授)。私と同じく、古い映画、古い役者の大マニアで、特にロッパや夢声のファンなのである。なにか病気で痩 せたと聞いていたがまだその体躯十分に巨大で安心。
「なに、最近テレビ出て稼いでいるじゃない」
「いやいや、ローンの支払いに追われて……」
 などと話す。なみきたかしもすぐそこで展示会の準備をしているとかで
「呼ばれてンだよ。来ない?」
「いや、今日はこれからまだ〆切があるんで」
 と別れ、銀座線で青山まで、そこからタクシー。

 いきなり携帯に立て続けで連絡、FRIDAYのKくんから増刊号原稿催促、アエラの人から『オタクと戦後』というテーマでインタビュー依頼、さらに幻冬舎のYさん(とても可愛い)から、朝日新聞に笹公人さんの新刊『念力図鑑』の宣伝を打つのだが、それに名前を貸してほしいとの件。もちろん了承。笹さんからは『念力図鑑』 の恵贈を受けながらまだお礼状も書いてなかったので帰宅して急いでメール。

 FRIDAY原稿、ワールドカップネタで15字×120行。例によってオヤジ向け下ネタにしてだだだと書く。メールやりとり、某氏から某件で連絡、テキもコソクな手を使いおるわ、という感じ。書き上げてメール、タクシー飛び乗って参宮橋『ク リクリ』。バーバラ・アスカさんと会食。六花マネと一緒。

 某書籍企画の話というのがテーマだが、ライターとして売れるには、という話がほとんど。バーバラさん、岡田斗司夫、皆神龍太郎両氏からミクシィのおかげで仕事をとった(とれるまでに持っていった)、とミクシィを絶賛。誰それを売るためには、売れていくには、と常に具体案が出てくるのに感心。感心の末にやや気圧される。私もいつも“売れるためには”“売れ残っていくためには”と考え、それを実行し、さらに若い人に教えてもいるが、彼女ほど、全ての思考をそれに特化している人は初め て。ドラマの中のキャラクターみたいでまことに面白い。

 その言わんとすることには100%同意するし、そうでなきゃダメとは思うが、さて、今の若い人にそれを実行せよと迫って果たしてどれだけの人が理解を示すか。今の人の最大のデザイアは“なにがなんでも売れる”ではなく“好きなことをやる”で あろう。そこを認めた上で、
「好きなことをやる最短の方法は、売れること」
 と持っていく、その持っていき方、理解のさせ方が難しい。コッチの方が少数派なのだ。

 とはいえ、こういう人は戦時(売り出し中)には千金を積んでも自陣営に必要なメンバーだろう。料理はルンピア、野菜のベイクド、ターターステーキ、鶏の半身、鴨と焼きリンゴに手製パスタ。
「全てがおいしい」
 と女性二人に大評判。なんだかんだで12時過ぎまで盛り上がって話し込んでた。タクシーで帰宅。K子は語学のあと虎の子にでも行ったと見え、まだ帰ってない。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa