12日
火曜日
ゴシップ・ホラー
口裂け女ついに結婚? 朝6時に雨音で目が覚める。雨音というより、樋を落ちる水音。外を見るに、どしゃぶり。うひゃあ、今日のロケハン予定は無理かあ、と天をあおぐ。温泉につかる。澄んだ湯質で、特長があるわけではないがまあ、結構。入ると全身の皮膚が“溶けて”いくのがわかる草津の湯と、泥水のような湯からミネラル分が体内にしみこんでくるのが実感できる有馬の湯がこれまで入った個性派の温泉の 双璧か。
部屋に帰る、この嵐亭なる宿、温泉も部屋の内部の作りも非常に風雅ではあるが、防災のためか、廊下とか部屋のドアの作りが殺風景この上ない。また布団にひっくり かえりしばらく寝る。8時、朝食にK子と階下に降りるが雨、やや小降りに。
朝食は朝粥セット。京都の朝粥というのはさっぱりと茶粥に梅干しくらいでとるものだから風情があり、体も浄化されるのに、それでは金が取れないものだから、やれ甘鯛を載せたあんかけ豆腐だの、城下カレイの干物だのといったものを盛り合わせて出す。朝からこんなものを食いたくはない。山田監督はここが有名な旅館なので、こ こで夕食も取ればと言っていたのだが、K子が断固反対して冠太でとった。
「やはり私のカンは正しい」
とK子大自慢。彼女の昨日のアザは別に人面疽にもならず、カサブタみたいになっ ている。
一旦部屋に戻り、さらにだらだら。モバイルで仕事しようと思ったがミクシィの調子が悪い。だいたいこのモバイルは立ち上がりが遅すぎてイラつき、仕事にならん。仕事したくない言い訳かな。驚くべし天気完全回復、むしろカンカン照り。格好のロ ケハン日和となる。今回のDVD、ここまでツイているか。
9時ロビーに降りる。山田監督待っている。またローバーミニに乗り込み、出発。クリストファー・リーがこのローバーミニのコレクターだそうだ。あの長身の男がどうやってこの小さい車に乗り込んで運転しているのか、その光景を考えるだにユーモ ラスである。ここらへん、ハリウッドのスターにはない英国役者らしい感覚。
最初のロケハン、ラストの谷川のシーン。山の中腹に車を止め、ちょっとけわしい山道を通って谷に出る。けわしいとは言っても足の悪い私やくたびれ屋のK子が超えられる程度のものである。雨で足元がすべりやすくなっているので、途中で拾った格好な木の枝を杖がわりにする。ロケーションは最適。カメラマンさんにちょっと危険な位置から撮ってもらうことになるだろうが。いろいろアイデア浮かぶがそれは撮影 時まで公表しない。
メモつけて、山田さんと実際の面打ち合わせ。それから元来た道を戻り、廃寺ならぬ廃神社へ。これも、木々に囲まれてかなりカメラふっても現代の建築物等が画面に入らず、結構。鳥居などはコンクリ製で大正時代の建立だが、まあこの程度は(なに しろ紙芝居のライブ映像だ)大目に見てもらうことにする。
京都というところがどうして映画のメッカになったかというと、市街中心部からほんの車で15分か20分行ったところに、さっきの谷川といいこの神社といい時代劇の撮影が可能な場所があるところで、これが関東圏なら、あの谷川だけで一日仕事だろう。そこらで11時半、そろそろ冠太でお昼の予定なのだが、その前に車折(これでクルマザキと読む)の芸能神社にお参りに行きましょう、と山田さんの勧めで、そ の芸能神社なるダイレクトな名前のところへ。
ある程度寄進をすると、2年間、名前を書いた札をかけてくれるそうで、見ると宮尾すすむ、京本政樹、立川ぜん馬、さこみちよ(夫婦だ)、梅宮アンナなどの名前が 並んでいる。賽銭収めて撮影の無事を祈願。
そこから冠太。大将、甘鯛の寿司を作って待っていてくれた。透けて見える緑はワサビかと思ったら木の芽だった。ねっとりとした甘鯛の味と爽やかな木の芽の香り、そして上品なポン酢でいただく飯の柔らかさが渾然一体となり、うまいのなんの。山 歩きの疲れも忘れてむさぼり食う。
そして、そればかりか、なんとさらにもう一皿、ここの名物の“タコ飯”をご馳走になる。これが薬味が利いて、その薬味の味の裏に何とも言えない、いかにもタコという、濃いめの旨みが隠されており、寿司をさっき大皿一皿食べ終わったところだと いうのに、ぺろりと平らげてしまう。
山城新伍も前田隣もハマったというこのタコ飯、九条葱とショウガで味をつけているだけだが、タコはタコでも、タコの頭の部分をつかって炊かないとこの味がでまへんのや、と大将言う。タコの頭の裏側のヌメヌメが、炊き込んだときの旨みになると いう。東京ではタコの頭というと使えないものの代名詞で、烏合の衆のことを
「安い酢蛸みたいで頭ばかり」
なんてことを言うが、タコの頭よ、真価をわからずバカにして本当に悪かった。
大将に来月の上京(で、いいのか?)を約し、出る。で、昨日の約束通り、Yさんの眼鏡店へ。K子、昨日のはしゃぎっぷりは酒のせいであったらしく、今朝聞いたらほとんど覚えていないのだが、眼鏡作るという約束は覚えていたらしい。Yさんは隣 の貴金属店の若旦那でもある。店員にK子がズバズバものを言うのを聞いて、
「昨日の毒舌は酔っぱらっているからと思っていたら、素なんですね」
と呆れて笑っている。彼女が検眼とかしている間、私も店内見回るが、いいデザインのフレームがあったので作ってしまうことに。検眼してもらうが、やはり今の眼鏡作ったときに比べ、近視乱視ともにかなり進んでいた。仕事量が激増したせいであろ う。いい時に眼鏡補正する機会を得た、と言えるかも知れない。
終わって出て、まだ時間あるので松竹撮影所のセットをちょっと見学。貧乏長屋のセットや川端のセットを見る。実際に見ると釘の後だらけのかなりショボいものだがこれがキャメラのレンズを通すときちんとそれなりの絵に映るのが映像マジック。大川端のセットの小さいことにも苦笑。ここで鬼平も暴れん坊将軍も舟に乗った。水はもちろんたまり水だからかなり汚い。一番ひどかったのは、周囲に作り物の石を並べて“露天風呂”という設定にして、女優さんたちが裸でつからされていたときだそう で、温泉なのにアメンボとかが体にたかったりして、山田監督、それを見て
「ああ、大変な商売だなあ」
と同情したとか。
それからK子がオミヤゲを買うというので八ツ橋本店まで。もっとも八ツ橋にはやたら本家とか元祖とかがあるそうで、そこらは京都人の山田監督のご推薦の店へ。店員の女の子がちょっと可愛く、
「あの子可愛くないですか」
「いいですねえ。京都っ娘らしい知的さと可愛らしさがある」
「よし、今度ナンパに来よう」
などと男二人、試食品の生八ツ橋をムシャムシャ食べながら会話。本当に今回は山田さんにはお世話になった。この後もお世話になるはずで、この恩には何かでむくい ねばなるまい。
京阪線の駅まで送ってもらい、特急で淀屋橋まで。大阪に向かう。到着が4時。定宿の難波スイスホテルに投宿。週プレMくんからゲラをどこにファックスしたらいいかと電話あるので、スイスホテルと告げるがなかなか伝わらず。まあ、確かにケッタイな名ではある。しかもスイスなのにシンガポール資本だし。そう言えばここの正式名称は確か『スイスホテル大阪南海マネージドバイラッフルズインターナショナル』 だったか。
金成由美さん招いての食事は6時からなのでそれまで休むかと思ったが、時間無駄にしたくないので心斎橋のアメリカ村に行き、いいシャツがないかと物色。柄シャツが毎年の夏の定番服なのだが、ここ一、二年、なかなかいい柄がなくて飽きが来ていた。アメリカ村なら、と歩き回る。こういうのは土地カンのようなもので、最初の数件はあまりいいものも見つからず、諦めかけたが、いやもうちょっと、と店を見回るうち、その土地の波長と自分の波長が合ってきて、“ここにはありそうだ”というカンが効くようになってくる。
このとき着ていたのが例の黒字に千字文の、俗称“耳なし芳一シャツ”だったのだが、シャツ屋の店員、一様にこのシャツを見ると嬉しげな表情になり寄ってきて、
「いいシャツ着てらっしゃいますねえ。柄モノお好きですか」
と声をかけてくる。いい年してこういうシャツを着る人間に尊敬のまなざしを向けるのである。アジアン柄のものやガイコツ柄のものなど四〜五着買い込む。これで今 年の夏はOK。
そこから歩いて宗右衛門町、鯨料理『西玉水』。金成さんとK子先に来ていた。大将と息子さん(また一層ボディビルでたくましい体になった)に“いっつもテレビ見とりますワ!”と迎えられる。鱧の湯引き、ここは冠太と異なり梅肉醤油だがそれはそれでうまく、しかしここは何と行っても炙り鱧と鱧のお造りが最高。それから珍しいものとしてさんま刺身を勧められて食べたが、大阪では珍しいのかしれないが東京 では当今どこでも食べられるのでそれほどでもなし。
続いて鯨お造り、ベーコンなど。さえずりと大豆の炊き合わせ、これが夢にまで出るほどだったので、三人で分けて食べるのがもったいなく、おかわりした。まあ、冠太でもここでも、
「こないだも○○さんがお見えで」
とか、テレビに出ているような人がウチに来る、ということを自慢する(有名人なんざケッ、という態度を東京ではどちらかというと有名店はとりがちだが、関西はそこらへん大衆的ミーハー自慢を隠そうともしない)。いままでそれを聞いて感心した り笑ったりしていたが、
「今度、“カラサワ先生がこれをおかわりして食べはった”と他のお客さんに言うときます!」
と言われタハアとなる。かなりご機嫌に酔って歩いて駅まで金成さんを送り、ホテルまで帰る。週プレゲラが届いていたのでチェック、Mくんに電話で指示。モバイル でメールをチェックするが遅いので腹を立ててそのまま寝る。