裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

11日

月曜日

胃洗浄のピアニスト

 ひどい飲み方で弾けるような状態でないんで。朝6時半起床、早朝仕事するつもりが入浴して日記つけてまた8時まで寝る程度。ダメではないか。起きだして原稿、朝食のスイカ囓りながらざざっと二本(原稿用紙8枚分)書いて二見書房とおぐりにメ ール。 それからすぐ仕事場、到着11時半。車中でとったメモなど使い二見原稿さらにもう一本。それから打ち合わせ用に資料ちょっと作り。パソコンのプリンターがこうい うときに限ってつまるのはお約束。

 1時、於時間割、イマジカエンタテイメント打ち合わせ。チーフプロデューサーN氏、プロデューサーSさん、それにこないだトンデモ本大賞にも来てくれたWさん。以前より進めてきた梅田佳声先生の『猫三味線』紙芝居、いよいよ制作にGOサイン が出る。

 形式も内容もほぼこちらの思惑通り。ライブドラマ部分のこともキャスティング、京都での撮影含めすんなり。太秦で撮りたいというのはこちらのわがままだが、N氏が昔京撮にいたというので、話はつけられるという。なんか、眉につばでもつけたく なるというか、
「こんなにすんなり決まっていいのか、本当に」
 という感じである。これまで何回か企画として固めようと思っていながらうまくいかなかったものが、今回は時と人と機会に恵まれたということか。梅田先生の紙芝居はこれを皮切りに、代表作のほぼ全てをこの機会に完全収録してしまいたい。それに 関しても前向きな反応。

 私の青春の愛読書のひとつが京須偕充『圓生の録音室』(青蛙房)だった。落語界に残る大業績のひとつ『圓生百席』のレコードを製作したCBSソニーのプロデューサー(当時)の製作記録である。自分が惚れ込み、入れ込んだ芸を、レコードという商品のカタチにしていく手順を、最初の交渉の段階から製作の作業、商品化に至るまでの(トラブルをも含めての)一切を克明に、冷静に、しかし興奮を秘めて記した一 書。

 プロデューサーという仕事は芸術の人でなくてはならず、また同時に商売の人でなくては(絶対に)いけない。芸の虫、圓生を尊敬しつつも、そのわがままや独断を抑え、説得し、時には突き放し、リードしながらモノ作りをすすめる著者のそのバランス感覚にほとほと敬服したものだ。

 およそものを製品に作り上げるという行為に関わっている全ての人必読の書であるが、これを十数回読み直しながら、
「いつか自分もこういう仕事がしたい」
 と思っていた。その機会がやっと巡ってきた、という感じ。……ただし、その製作記録には大感心大感服するものの、私は『圓生百席』については、それほど評価は高くない。落語というものは客席と一体になるライブ感があってはじめて、その魅力が伝わるもので、このスタジオ録音、かつ演者圓生の徹底した推敲による編集が加えられ、完璧な出来になったこのレコードの中の落語は、何かエンバーミング処理をほどこされた非常に美しい遺体、といった感を抱いてしまう出来になっているのである。これを反面教師にして、佳声紙芝居DVDは記録として価値がありかつ、見て聞いて 楽しいものにしなくてはならぬ、と思う。

 帰宅、これで今夜の京都での打ち合わせが実のあるものになるぞ、と肩がいかってくる。出発までに原稿もう一本書いて、と思っていたのだが、あれやこれやと思考が 散ってまとまらず。関係者にメールするだけで時間が過ぎていく。

 3時、K子迎えに来てタクシーで品川まで。DVDの打ち合わせで京都までの小旅行。渋谷〜品川間なら六本木の方から回ればすぐ(の筈)なのだが、タクシーの運転手が道を知らないのかわざとか、山手線に沿った形で目黒・五反田の方からぐるりと 回り、30分近くかかった。

 新幹線には間に合い、一路京都へ。昼飯を食い損ねていたので、笹かまぼこ買って車内で食べる。6時半京都着、嵯峨野線に乗り換えて太秦まで。山田誠二監督迎えて くれて、愛車のローバーミニで太秦の割烹『冠太』へ。
「ルパン三世でこのローバーミニに大の男三人、しかも五右衛門は斬鉄剣抱えて乗り 込みますが、まず無理でしょうねえ」
 と。

 冠太の大将、
「センセのテレビ、こっちでもよう見ますわ」
 と暖かく迎えてくれる。このあいだ、山田監督の作品出演の際にもここで食べて、うまかったとK子に自慢したので、是非連れていけになったもの。まずはDVD企画通ったことで乾杯。お通しの後、甘鯛(ぐじ)の刺身。昆布締めかと思ったらただ刺身を昆布の上に載っけただけ、ということだったが、よほどいい昆布なのか、しっか りと刺身に昆布の風味が染みこんでいたのに驚く。

 それから甘鯛の吸い物、これも甘鯛の切り身と昆布を、ただ熱い湯の中につけただけ、という感じで、吸い口すら添えないシンプルきわまりないもの。塩味もついているかいないかという薄口で、薄口好きのK子喜ぶまいことか。それとマグロのカマの塩焼き、鱧の湯引き、これはここ独特で梅肉醤油ではなく、わさび酢(わさびを溶いた二杯酢)で食べる。常連の工藤栄一監督(だったか)が、“鱧はこれでなくちゃいかん!”とご執心であったそうだ。なるほど、の味。もっとも私は他にわさび醤油で もいただく。

 あと、鯛のカブトの酒蒸しが大皿にどっと。途中から、このあいだ偶然この店で出会って酒を差し入れてくれた弁護士の卵のAさんが、また酒を持って来てくれたので 席に呼び込み、『と学会年刊ROSE』にサインをして進呈。
「僕の彼女呼んでいいですか」
 と、携帯で呼ぶ。司法事務所のOLをやっているという彼女も物怖じしない性格らしくやってきて席に加わる。あと、この近くのメガネ屋さんの若旦那というYさんも来て、某所から手に入れたという古い大映の怪談ものや赤胴鈴之助の台本を見せてく れ、よろしければお好きなのをどうぞ、と。

 山田監督が『怪談累ヶ淵』、私が『怪談牡丹灯籠』ともう一冊。K子、酒が入り、その場のみんなに女王様然とふるまえ、しかも料理がうまい、とあって、狂喜乱舞。本当に踊り出して、今の仕事場があと半年で建て替えで出ないといけないので、京都にマンションを探す! とか言い出す。しかもYさんがメガネ屋なので、明日、メガ ネを作りにいくから、と言う。

 11時半まで飲んで、お開き。酒を飲まない山田さんが運転担当というのは本当にありがたい。しかもこないだの無料出演のお礼にとここを持ってくれた。宿は山田さんご指定の観光旅館『嵐亭』。そこに行くまでにちょっと、とこの人らしく、京都で も有名な幽霊マンションを見学に連れていってくれる。

 なんでもオーナーの奥さんだか娘さんだかが最上階(8階)から飛び降り自殺をしてからこっち、1年に10人が飛び降り自殺したこともあるという有名なマンションで、外側の荒れようがひどく、各階の、外に面している通路には全て緑色のネットが 張られて、飛び降りを防止している。

 そんなマンションでも、まだ数件は住んでいる人がいるのが凄い。中に入ってみましょうというので立ち入ってみる。吹き抜けに面した通路も全部ネットで保護されている。吹き抜けの一階部分は半地下になった喫茶店かパブの跡。吹き抜け部分がガラス窓になっていてのぞけるようになっているが、要するにここに上から人がドサッと落ちてきたわけで、そりゃ店もたたむわという感じ。それでも別のところではまだ喫茶店が店をあけているのだが。

 突如、一階のどこかの部屋から、
「アウゥッ!」
 というような、女性のものらしい苦悶のような声が聞こえてくる。私も山田監督もドキッとして、
「なんですかね、あれ?」
「さあ……わかりませんね」
 と男二人がビビっていたら、酔っぱらったK子が
「外人女がセックスしてるのよ!」
 と断定、さっさとデジカメを持って階段上の方へと上がっていく。
「大丈夫かな」
 と、見ているとなんと! K子、何かに怯えたようにあとずさりして降りてきて、最 後の段のところでガクッと膝を折る。
「どうしたの! 何か見たの?」
 と二人駆け寄ったら、
「酔っぱらっていて足がもつれた」
 とのこと。ああ、心臓に悪い。
「ここまで来たなら8階に上ってみましょう」
 とエレベーターで。
「許可なくこのマンションの屋上に上ることを禁止します」
 と札が貼ってある。8階の、その大元の自殺者が出た部屋は当然ながら〆切になっていて、管理会社の名札が貼ってあった。私もK子も霊感はまるでない人間なので、ムードはあるなと思いながらもゾクゾクもなにもせず。ただ、あのうめき声だけは、セックスにしては声の間隔があきすぎていて不自然だね、と山田さんと話す。ともあ れ、なかなかいいムードは味わえた。

 車中もK子、はしゃぐこと。嵐亭、12時過ぎに投宿。和風の室でシャワーのみ浴びて横になる。K子が肘が痛いというので見てみると、さっきのマンションで壁にぶ つけたとみえ、赤いアザが出来ていた。
「これが呪いで明日には人面瘡みたいになったら面白い」
 などと話しつつ、寝る。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa