裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

27日

火曜日

脱腸帯の歌

 我は病人わが尻は天地容れざるヘルニアぞ。朝8時起床。朝食、スモークト・マカレルをトーストにはさんで。二十世紀梨。今日も朝からメール三昧。ただし、それでも午前中にマイストリートの『宇宙戦艦ヤマト』原稿400字詰め5枚、書き上げてメールしたのは感心、と自分で褒めておく。原稿は一時間半で書き上げたが、その後のアンケートにやや、手こずる。ヤマトというのはもはや私にとり、“その存在”に価値というか意義がある作品(直接に、この作品の再放映・映画公開運動などを通じてオタクの世界に入っていった)であり、“どの回(エピソード)が一番好きか”とか、“どのメカが一番好きか”とかいうような設問は、私にはもう意味がないのである。しかし、そんなことを答えていくと、もう一本原稿を書くのと同じ。“どのキャラクターが一番好きか”に“加藤。神谷明に声をアテさせておいてあの地味さがなんとも言えない。そのくせ、一人だけ服の色が違うのは何故か、とずっと気になっていた”などとちゃらっぽこを書く。こう書くと、必ず“あの服の色は……”とか一行知識欄で教えてくれる人がいるだろうが。

 東急ハンズに電球を買いに出る。ガス代の換気扇の灯り用のものである。体を真っ直ぐにしては歩けないほどの混雑。ハンズメッセとかいうののオリジナルグッズを貰うために行列が出来ているのである。一般人がオタク化している。なんとか照明器具売場にたどりつく。K子が“領収書をハンズではきちんと出してもらってよ!”と念を押していたが、90エンの電球一個で、いくらレジでキーひとつで出るとは言っても気恥ずかしくて、言い出せず。

 パルコブックセンターをちょっと回る。澁澤龍彦コーナーが出来てはいたが、まだ『天使の緊縛』は置かれていない。店頭の平台はDちゃん特集らしく、著作類がディスプレイされていた。今日は夏が戻ったかのような陽射しであり、いつもそう言えばこの時期はここのレストラン街の中華で腓骨涼麺を食べていたな、と思い出し、7階に行くが、改装後にはあの店は当然だが跡形もなし。中華らしい店に飛び込むと、そこはランチは麺とゴマ汁粉のセット。それを頼む。表に大きく、中国の麺コンテストでグランプリ受賞、と書いてあったが、インスタントラーメンを細くしたような感触の麺と、味の素を湯に溶いたようなスープ。ゴマ汁粉は実無し。このレストラン街、本当に本当に改装後はコケおどかしのどうしようもない店ばかりになった。

 帰宅。神野オキナ氏から新刊恵贈。そろそろ沖縄がまた懐かしくなってきた。留守録数件、仕事関係ばかり。11月の末に静岡でドラッグについて講演を、というのがあった。静岡ってところ、そう言えば初めてか? 行くかどうか、ちょいと考慮。その時期、かなり仕事がが立て込んでいる筈。その他メール、イベントがらみ数件。そのことで、いま席数300台の会場の値段や予約の込み具合のデータを集めている。384席と手頃で、値段的にも交通の便もよさげな、参宮橋の国立オリンピック青少年総合センターに電話。“あの、ホール利用の件で……”と最後まで言わせず“あ、係に変わります”と電話を切り替えられ、続いて世にも面白くなさそうな声のオバサンが対応してくれた。
「ご利用の際には、使用される方全員の名簿が必要になります」
「はあ、つまりわれわれの団体の会員名簿ということですか」
「そうですね、それと当日に来場される方全員の名簿です」
「……え、それは、お客さんも含まれるわけですか」
「そういうことになります」
「すると例えばですね、そちらの大ホールというのは780席からありますが、そこを取りたいと思ったら、780人分の名簿を作成するわけですか」
「はい、そうです」
「……」
「他に何か?」
 とりつく島もない、とはこういうことである。役人というものは管理をしたがるもんだが、客の名簿をあらかじめ出せ、とはいやはや。とても資本主義国家の施設とも思えず。ここの利用は投げる。しかし、本当にあそこの大ホール借りる団体、みんな客全員の名簿なるものを作成してるのか? 前に伯父の出た世界腹話術師大会など、そんなことやっていなかった筈(なにしろ私が招待されたのが前々日)だが。まあ、あれは文部科学省肝いりだったからだな。

 電話、北海道新聞Yさん。書評欄の担当執筆者にちょっとアクシデントがあり、私の原稿〆切を早められないかという件。毎回ここは5冊、書評するのだが、今回はまだ3冊しか候補を決めていない。しかし、先の電話でイラついていたので、気分転換のために外に出たかったこともあり、ヨウガスと引き受けて、新宿に出、紀伊國屋の精神世界コーナーへ。回ってみるもんで、新刊で出物を二冊、すぐ、見つける。帰りの地下鉄内で一冊読み、帰宅してコーヒー飲みながらもう一冊読了。やたら速読のように思えるかも知れないが、トンデモ本のほとんどは内容がウスウスなので、普通に読んでいてもすぐ読了できる。8時半、書き上げてメール。それから電話もう一件、実は今日は朝からまことにつまらぬ人間関係のジェラシーで(前からこの日記でグチグチ言っていた件にあらず)面白くなかったのだが、その当人から電話で、向こうがこちらに気をつかっていることがわかり、とたんに気分がよくなる。我ながら単純なことである。

 夕刊を読む。昨日脚本家(ディーン・ライズナー)の死が報じられた『ダーティ・ハリー』の、今度は配給会社ワーナーの会長、テッド・アシュレーが死去。経営難に陥ったワーナー・ブラザーズ再建に取り組み、ダーティハリーシリーズをはじめ『時計仕掛けのオレンジ』『スター誕生』『エクソシスト』『スーパーマン』等をヒットさせ、見事成功させた映画界の功労者。……この時代はまだ、ヒット作と傑作が(まあ、『スーパーマン』はともかく)シンクロしていたのだな、と思う。『エクソシスト』なんて公開当時は大ゲテ扱いされていたが、改めてみると文芸映画なみの質の高さをさすがフリードキン、維持していたことがよくわかる。……ところで、私はダーティハリーを、と、いうかイーストウッドの映画を、『ダーティハリー3』以降、一本も観ていないのだった。もちろん、『マディソン群の橋』も『スペース・カウボーイ』も観てない。まだ学生時代に『ダーティハリー3』を観て、あんなにけなげで可愛いタイン・デイリーをラストで殺しやがったことに腹を立て、“もう、こんなヤツの映画なんか二度と観るもんか”と、心に誓ったのであった。

 9時半、タクシーで新田裏、すし処すがわら。フィン語を終えて帰ってきたK子と落ち合う。今日は珍しく来ていない8本指のおじさんのことを聞く。実は8本指どころか、左手は中指、右手は薬指まで第一関節がないという。“一本も自分の不始末で落としたことはない、子分や先方の事情をかぶって切ったんだ”というのが自慢らしいが、さすがに中指のときには、“このままだと指が無くなる”と思って少し節約をし、一度に関節全部を切らずに、骨の半ばで切ったという。“いや、なかなか切れず往生した”と、ボヤいていたとのこと。それぞれの立場にはそれぞれの苦労があるものだなあ、と感心。ネタは白身、赤貝、コハダ、おつまみでアジ、タコ、イカ。さらに甘海老、穴子など握ってもらう。最近生魚に飢えていたので、もう何もかもうまくてうまくて、ガツガツという感じで食う。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa