裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

4日

日曜日

ア・バオア・クー尊しわが師の恩

 ジオンの庭にもはや幾とせ。そう言えば数日前、“Nの計画・議連の野望”と印刷されたハガキがうちに届いた。差出人名もなにもなく、“コピーハイフねがいます”とあり、“ナショナルのNはナチスのN ナカタのNはナチスのN 極右政党・松下政経村塾”として、その下に松沢成文、中田宏、高市早苗など松下政経村塾生の名前が連ねてある。オタクで裏モノか。まあ、知り合いにはたくさんいるが。

 朝7時起床、もっと早く起きる予定だったが。朝食、トウモロコシにサツマイモ。風呂に入って、8時半にお台場ビックサイトへ出発。タクシーの運転手さん、“あそこらにはよく行くんです”と自信満々。会議などでビックサイトを利用するお客が、夜に六本木などで飲み、あそこらを流しているとしょっちゅうお台場のホテルへ行ってくれと言われるのだそうな。そう言うので安心して資料など見ていたら、明後日の方角へ持ってかれた。ホテルは行ったことがあるが、ビックサイト本体は行ったことがないのだそうである。やれやれ。

 すでにワンフェスの方は長蛇の列。最初にトイフェスの方へ回ろうとするが、これが午前中は混乱を避けるために中からは行けず、外をぐるりと回ってくれと言われ、ソウカイと歩き出す。それを見て回れと言ったスタッフ、あ、足がお悪いんですか、なら中のエレベーター使って……と言ってくれたが、断って外を回る。意地である。西館になって天井は高いがややせまくなった感あり。特に楽屋(……ではない、大会本部)はかなりせまい。額田くん、岡田さんに挨拶。雑談少し、コミケのことなど。岡田さんのところ、今年は新刊が4冊、全て2000部という大部数で勝負かけるという。1000部で売り切れるか、と心配しているこちらとはえらい違いだ。もっとも、岡田さんもこれだけの数が売り切れるかどうかはちょっと読めないそうで、“これが全部売れたら、来年から商業出版はちょっと考えよう”と言っていた。それにしても、総計8000部の本が入った段ボールを積むというのはちょっと大変で、机の脚を畳み、下に段ボールを積み上げて、その上に脚を畳んだ机を置いて売るのだそうである。戦争論などを書く話もし、“こないだ、『オタク学入門』何年ぶりかに読んだけど、あれはさすがに力の入った名著だよねえ”と言うと“オレもこないだ久しぶりに読み返してみて、自分がこんなオモシロイもの書いていたのかとオドロいた。今はとても書けない”と実感こめて言う。

 そろそろ開場時間なのでワンフェス開場に戻る。途中でなをき夫妻に会った。今日は品田さんのブースにいるからと言っておく。受付でゲスト入場証もらい、はーらんえりすん氏などと、オフィシャルショップの前に並ぶ。開場カウントダウン時はゲスト&プレスはオフィシャルショップの前にいろという指示なのである。ぞろっぺえなトイフェスに比べ、ワンフェスは実に全てのことがコトコマカに定められている。額田くんは招待状なしに開場へ入ろうとして入れてもらえず、海洋堂の宮脇専務を呼び出してもらったら、専務に“ここは許可証がないと館長でも入れてもらえんのや”と言われてダメだったそうである(宮脇専務も許可証持たずに入ろうとしてダメだったことがあったらしい)。Web現代も、プレス入場券を、申込み期日を過ぎていたというので取れず、今日は一般チケットで並んでいる。はーらんにしかし厳しいね、と言うと、“いや、今年はまだいいですよ、去年はプレスの方はこっちへと言われて、開場まで何か物置みたいな狭い一室に閉じこめられた”と言っていた。報道陣を一室に監禁するとは『日本の一番長い日』の反乱将校みたいだ。

 開場して、しばらくは混雑を避け、それからC館の品田さんのブースに行く(ヴィショップで出していると思ったらM1号だったので、ちょっとカタログで探すのにまごついた。列こそ出来ないが、前情報でコンスタントに客が来る、まずまずの状況であるらしい。Web現代を拾ってまた来ますから、と言って、携帯かけると、まだ炎天下を並んでいて、もう30分ほどかかりそうであるので、開場回る。荒木元太郎さんなどに挨拶、『映画の真ん中でアイを叫んだけだもの』のゲンドウ役、川井豪山くんのオリジナルTシャツのブースにも陣中見舞い。『ジャパニーズアートフィギュアシーン1998』のSくんにも会って、いや今年は凄いね、人、と話す。

 一回トイフェスに戻る。柳瀬くんなどと連絡事項いくつか。ワンフェスの規則の厳しいことを話す。柳瀬くん、“ウチなんか〜”と、いかにトイフェスがいいかげんかをいろいろ。岡田さん“今年はコスプレでもない、ただの女装が多いな”と言う。人前で堂々と女装できるというので、そのテのトランスペスティズムの人たちがこういう開場をねらって来るのではないかと思う。携帯で、ようやく入れたという報告が来たので、またワンフェス会場へとって返す。オフィシャルドリンク販売場の前で、と待ち合わせを指示したのだが、いや甘かった、長蛇どころか大蛇の列。やっとYくん を探しあて、カメラマン氏と合流し、品田さんのところへ。

 ちょうどお客が連続して来ているところで、どんどん写真を撮ってもらう。Yくんは初めてこういうオタクの祭典に来て、ちょっと呆然気味。“コミケもこんなんなんですか”“いや、コミケはこれに加えて東館もですから”“2倍!”“おまけに臭いんですよ、コミケは”。取材する話などはもう朝のうちに訊いてしまっていたので、後はしばらく売り子として立って、どんな客が来るかを観察。たいていは30代というところのマニア。初老の一団が来て“へええ、『くもとちゅうりっぷ』! これ、戦時アニメの代表作やないか(大阪弁)。ようこんなん作ったなア。若い人にどれだけわかんのかいな。こういうの作る人が出てきたちゅうンが、フィギュア文化の爛熟の証拠やなア”と感心している。プレス参加証を下げているので、どういう人たちか(東館で骨董ジャンボリーをやってるのでそっちから流れてきたのかと思った)と参 加証に挟まれている名刺を眺めたら、『芸術新潮』とあった。

 それから1時まで、“いらっしゃいませ”“3100円でございます”“あ、ビデオもセットでですか。7000円です”“ありがとうございます”と、売り子に徹する。サイン数度、写真撮らせてくださいも数度。“なんでこんなところにいるんですか!”と驚かれること数度。私目当てに来る人は大抵ダブルテイクで、一旦ブースの前を通り過ぎ、また戻ってきて改めてしげしげと人形を見つめるのがオモシロイ、とM1号のスタッフの人たちと話す。品田さんはずっと『くもとちゅうりっぷ』の歌をテープで流し続けている。クモの“♪ゆ〜らゆら銀のハンモック、一番めにはだれ乗せよ〜”を品田さんとハモって歌っていたらスタッフから“そういうことお二人がやると、一般人の入ってこれない「濃い世界バリヤー」が張られますからよしてください”と言われた。品田さんの知り合いのご夫婦の娘さんが、ちょうどてんとうむしくらいの年齢の少女で、なんと親がその娘にてんとうむしのコスプレ(さすがに水着ではなく、ワンピースだったがちゃんと水玉模様のを着せ、背中にはテントウ虫のバッグを背負っている。いやがるかと思ったら、出がけに、“帽子がないとてんとうむしちゃんじゃない!”と怒ったそうだ。先行きいいコスプレーヤーになることだろうと思う)。しかし、少女が胸にしっかり抱いているのがお姫様とかくまさんの人形でなく、ガラモンのフィギュアというのが何とも。

 お客もさすがに知った顔何人も。元アニドウの五味くんが“これ買うためにだけ来たんだよ〜”とやって来たのには驚いた。あれからもう、二十年近く立つか? 富沢さん、いや今は五味洋子さんも来ているとのことで、コミケではなみきが企業ブース出して小松原さんの原画集先行販売するらしいよと教えると、エ、じゃあ行くと手伝わされるかな? と言っていた。アニドレイの魂百までか。まんがの森の印口さんも“あれ、なんでこんなとこいるの”組。品田さんとは初対面らしいので紹介する。てんとうむし人形、気にいって“まんがの森で売りましょう”と品田さんに言ってくれる。これは紹介したかいがあった。今気がついたが、印口さんの顔というのは、岡田さんの輪郭に額田さんの目鼻及び額をくっつけて、それを水増ししたものである。あと、ライターののざわよしのりくん、さらになをき夫妻も“買いにきたよ〜”と。品田さんがちょうどそのとき席を外していたが、帰ってきたので、あわてて別のブースに行っていたなをきを呼び戻す。二人ともお互いの仕事のファンのこともあり、アガリ気味で挨拶しあっていたのが可笑しかった。

 スタッフの人たちともいろいろ話す。オフィシャルドリンクのペットボトルを箱買いし、それをしかも二箱も持って、ほとんど体を二つ折りにして会場を回っている人がおり、あの根性はどこから? とみんなで首をひねる。昼飯のチキンまでご馳走になり、なんか悪いみたいである。1時過ぎて、トイフェスに実相寺監督が来るころなのでおいとま。戻って河崎実さんに挨拶。実相寺監督の生首フィギュア、意外なことに売れているそうである。実相寺監督は間違えて去年までの東館に行ってしまったそうで、ちょっと遅れる。サインブースのゲスト、今回はサンダーバードでスコット・トレーシー役をやっていた英国俳優シェーン・リマー。老けたなあ(これは当たり前か)、太ったなあ、という印象。私はこの人の顔を『魚が出てきた日』の、水爆探索隊々長役で知った。もちろんテレビの深夜映画でだったが、他に『アトランティス七つの海底都市』だとか、『ローラー・ボール』だとか、さらには『オーソン・ウェルズ劇場』の一エピソードだとかで、私にはこの人の顔はお馴染みのものだった。映画館では『007・私を愛したスパイ』の原潜艦長役がかなり大きい役で、ロジャー・ムーアといつもくっついているので、スチールに顔が写っている率も高い。だから、『第三の選択』で、秘密を知っている元宇宙パイロットの役でこの人が出てきたときには、ありゃありゃ、ドキュメントとか言ってるけどバレバレじゃないか、と思って呆れたものだった。

 実相寺監督、3時近くなってやっと到着。例により飄々たり。“ヌカダ、オマエは何時に来たの?”“ボクは朝5時からいます”“すごいねえ、そんな早くから開いてるの?”“いえ、ボクが開けるんですよ”私“監督、この人一応主催者ですから”。“じゃあ、岡田くんもいるの?”“あの人は一時間いただけで帰りました”私“いや監督、あの男は主催者でも帰るんです”。河崎カントクや安斎レオさんが実相寺監督に、付き人のようにぴったりくっついて相手をしている。礼次朗は来てるの? と監督が訊くと河崎カントク、“礼ちゃんは当然の如くに限定販売ブースに朝から並んでいます”と。“あの、サインをお願いします……”と入ってきた人の顔を見たら、ナンビョーさんのところの鈴木くんだった。“監督、すいません、サインしてやってください、この人難病で、もう明日をも知れないイノチなんで”と声をかける。監督、筆ペンで達筆に実相寺昭雄と書き、その脇に鈴木くんの名前を自分のより大きく書いていた。

 そのあと、監督は黒部進さんの料理本のサイン会に行く。黒部さん、“うわ、監督じゃないですか〜”と抱き合う。このツーショットはなかなかお宝。フラッシュがさかんに焚かれていた。それから監督はぞろぞろとみんなを引き連れてワンフェスの方へ回り、そのあと飲みに行くとのことで、私はまだ原稿が残っているのと、この近辺までK子を呼び出すのが荷で、ちょうど携帯で仕事の連絡が入ったこともあり、柳瀬くんにあとのこと頼んで、帰宅。今度のタクシーの運転手さん、だいぶ年輩だったがやたらオタクイベントに詳しく(そのくせコミケを“コミマ”と称する)、“ガレージキット系のお客さんはコミマのお客さんに比べるとまあ、まだあか抜けた人が多いねえ”などと言う。コミマの経済効果というのは幾らくらいだと思います? と言うので、まあ数十億でしょう、と答えると、さすがですね、こないだ大学の経済学の先生が新聞で言ってましたが、60億だそうです、とうれしそうに言う。“問題は今年は二日目だな、花火大会とぶつかるから、帰り頃は交通がまったく動かなくなる”とのことなので、二日目参加のみなさん、お気をつけを。

 私も面白がっていろいろ話す。詳しいですね、と言ったら、去年のコミケで、大手のスタッフを、帰りに京都まで乗せたんだそうで、そのときいろいろ知識を仕入れたらしい。その客、“儲かったけど、自分は親がかりの無職で、次のコミケの準備以外に使い道がないので”と、いきなり“京都まで”とやったそうだ。“ああいう人たちの金銭感覚はわれわれと違うね。何か感動するものがあった”とかである。

 帰宅、疲れたので横になっていたらK子が帰ってきて、ささきさんにトウモロコシを持っていく、というので、例のお願いごとについて伝言頼む。母から電話、定年後の話をちょっと。それから馬力かけて、ペーパーの翻訳を全部すませてしまう。平塚くんにメール。肩の荷を降ろす。7時に買い物に出て、西武で夕食の準備。8時から料理にかかる。豆腐とあぶらげの鍋、ニラとトマトの卵とじ、キャベツをたっぷり入れたヤキソバ。缶ビール小2本、焼酎のソーダ割り2ハイ。ビデオで高田浩吉・伴淳の『歌う弥次喜多・黄金道中』。昭和32年制作。お正月封切り作品で、時代劇を借りたお笑い陣総出演のバラエティ映画は数限りなく作られているが、中でも最も(と思われる程)バラエティ的な作りが典型的なもの。ストーリィはあってなきが如し。こまどり姉妹の区別がつかなくなった高田浩吉がいきなり観客に“ねえ皆さん、あっしが今まで話していた子はどっちです?”と訊ねる。スクリーンから観客に向かって話しかけるのは『不良番長』でも山城新伍がやっていたが、こっちはさらに念が入っていて、客からの声が入る。トニー谷、東富士、小坂一也から高峰三枝子まで、ゲストはやたら豪華だが、関西系からワカナ・一郎、蝶々・雄二の漫才が見られるのがすごく貴重。高峰三枝子の娘を演じる少女の美人なことに仰天、ハーフっぽい顔立ちに鰐淵晴子か、と思っていたが、調べたらシリア・ポールだって。『夢で逢えたたら』の、あのシリア・ポールか?

Copyright 2006 Shunichi Karasawa