裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

20日

木曜日

遠山の希塩酸

 高倉希塩酸。希塩酸ぎんさん。希塩酸タランティーノ。朝6時45分起床。入浴、歯磨。朝食7時半。黒豆サラダ、ポタージュ。バナナ。バナナ安物ということだが凄まじく甘し。台風下で雨、体長極めて不良。目眩あり。まっすぐ歩くのに苦労する。映画俳優トニー・ランドール死去とかや。最後にスクリーンで見た、いや声を聞いたのは『グレムリン2・新種誕生』の、メガネをかけたグレムリンのリーダー“ブレイン”のアテレコであった。アテレコではあったが、こういう役に、同じSFもの映画『ラオ博士の七つの顔』の主役で知られているランドールを持ってくるところが、スピルバーグもジョー・ダンテもわかっているなあ、と嬉しくなったのを覚えている。

 代表作はテレビ版『おかしな二人』の潔癖性男フェリックス(映画版でジャック・レモンが演じた)ということになるらしい。オデコとしかめっつらがトレードマークのランドールには実にはまり役だった。もうひとつ、彼はアレック・ギネスと並ぶメイキャップに凝る俳優としても知られており、前記『ラオ博士の七つの顔』ではまさしく七変化を見せる。タイトル・ロールのラオ博士を演じるために、バリカンで髪を剃られ坊主にされているシーンのスチルがあるが、本人曰く、
「あれは撮影に入ってから撮った宣伝用スチルで、もうあのとき、僕は髪を全部そり落としてしまってたんだ。だから、坊主頭の上に髪の生えたカツラをかぶって、それを剃ってるところを撮ったんだよ」
 とか。まさにメイキャップ俳優の名にふさわしいエピソードだ。未公開なのがなんとも惜しい『アルファベット殺人事件』(ちゃんとタイトルに“アガサ・クリスティ原作『ABC殺人事件』より”と断り書きが出るので、邦題のついていない状態でこの映画を『ABC殺人事件』と表記するのは誤りである)で主人公のエルキュール・ポアロを演じたときも、原作通りに禿げ上がった頭のメイクで演じており、最初に素顔の(髪のある)ランドール自身が登場して、“こんにちは、トニー・ランドールです。MGMが皆様に送る私主演の……”で場面が切り替わり、メイキャップ後の姿になって、セリフも露骨なフランス語訛りになり、“ベルギー人探偵エルキュール・ポワロの活躍をお楽しみください!”と始まる、いかにも60年代ハリウッド映画らしい、洒落た作品だった。監督がマーチン&ルイス作品を多く撮った喜劇映画畑のフランク・タシュリンなので、あまりミステリ映画として評価されないのが残念なのであるが、共演がアニタ・エクバーグ、ロバート・モーレイというA級作品なのだ。

 バス、8時25分のやつ。放送センター前で降りて、NHK西口と、植え込みをはさんで向かいに新装開店した(前は確かアパレルの展示場だった)コンビニで買い物をする。バス停から仕事場までの間にコンビニがなかった(文化村通りのローソンまで行かないといけなかった)ので、まあ便利にはなったが、最近の東京はちょっとコ ンビニが多すぎるような気もしないではない。

 仕事場着。だるくてだるくて、日記つける気にもなかなかならず。今日は一日ダメだなこりゃ、とこの時点で諦める。コミビア一本やってK子にメールし、あとはジダジダと資料本読んだりなんだり。岡田さんに昨日の件でメールしたくらいが午前中に出来たすべて。弁当1時に使う。アジ干物、フィッシュバーグ(このあいだのつみれ汁に使ったホッケとタラのすり身に野菜を入れてハンバーグ風に焼いたもの)、それ と姫タケの炒め物。見た目は悪いが非常に旨い。

 と学会ポスター、太田出版から『トンデモ本の世界S』同『T』の営業係に持たせて貼ってもらうようにするとの有り難い申し出、すぐ平塚くんに刷り増しを依頼。体調極めて悪くなり、ダルくてちょっと横になる。すぐ、グーといびきかいて寝るが、 眼が覚めると、やや体調回復していた。イヤな夢も見ず。

 4時から7時半までかかってミリオン出版『カラサワ猟奇堂』原稿7枚。体調が露骨に文章に出ていて、一気に最後まで読ませるパワーが出ず、アッチ削りこっちに書き足し。それでもなんとか完成させてメール、それで調子が出てきたので、間をおかずに講談社Web現代、『唐沢俊一の怪コラム』原稿5枚アゲ。こっちもツギハギではあったが、なんとか完成、イラストのK子と担当Yさん(ミリオンの担当も同名のYくんで、今日は二大Y氏仕事をした)にメール。時間はこれで8時45分。

 雨の中タクシーで帰宅。9時15分、食事。水菜とエリンギのおひたし、アジ塩焼き、ゲソとタコの掻き揚げ、豚角煮の花巻サンド。ビールと焼酎ソーダ割り。体調不良は気圧のせいばかりでなく風邪もあるかと、ロン三宝を飲む。DVDで『アタックNO.1』、『破られた退部届け』。この時代のアニメでキャラクターをいちいち着替えさせている(髪型は同じだが)のは偉いが、私服がどれもこれもナンダコレハというセンス。まあ、それがまたアニメらしくていいのだが。ご飯は納豆で食べる。ひさびさの納豆で、これが驚くほどうまい。納豆如きで“うーん”とうなってはグルメ とは言えないな、私も。

 12時、就寝。1時ころ携帯が鳴り、とったら永瀬唯氏。肝臓を悪くして倒れ、一時は酸素吸入と24時間点滴状態で、ガンマGTPの数値をみて、医者が“てっきり死ぬと思った”状態であったそうな。そこまでとは知らなかったので、聞いて驚く。そんなところから生還して、東京大会の打ち合わせで電話かけてくるとは、驚異の回復力である。声も全くいつもの通り、話がエンエン続くのもいつもの通り。イラク人質三人の話、Winnyの話、出版業界の話などなど。終わったのが2時半。かっきり1時間半の電話で、だいたい氏の電話はこのくらいで話がもとの、“そもそも電話をかけようとした理由”に立ち戻る。これが永瀬氏の電話の基本単位である。十年前などは、これが2単位、3単位と繰り返されたものだが、さすがに最近は年齢と病気で、それはなくなった。ホッとする反面、寂しい気もしないではない。『トリビアの泉』の話も出る。永瀬氏がいつも会っているグループというのはもう、われわれ一般人だとピクともその中に入っていけない濃い会話をしているのであろうが、そんな濃い人の中にも“このネタ、『トリビア』に応募してみようかな”なんてことを言い出す人がいるというのが微笑ましい。2時半、改めて(携帯の電源を切り)就寝。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa