裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

9日

日曜日

お話にもファインディング・ニモならない

 自然保護の映画なのにクマノミが乱獲だってさ。朝、6時に目が覚め、寝床で今東光『稚児』を読む。こういう文学というのは現在、絶滅したのではないか。文学という、ある意味一般社会と懸絶したところに美学を確立すべきものに、近代以降、人々はレレヴァンシー(社会関連性)を求めるようになり、文学的完成度よりも、その作品が持つ現状への問題提起というジャーナリスティックな要素ばかりウンヌンするようになった。これは文学ばかりに限った現象じゃないし、それが悪いことだとも言えないのではあるが、やがてその社会関連性が自己関連性にと矮小化し、
「で、それはオレと何の関係があるんだ?」
 で全てのものが切り捨てられる状況のもとには、このような、中世僧坊における稚児美の競い合いという、現代のわれわれには(美少年趣味のルーツ探しといった特殊すぎる興味以外には)かいくれ関係性を認められない、美と知のかそけき結晶みたい な作品はまず、受け入れられまい。

 50分に起床、入浴。猫がまた廊下にえづいている。自分の部屋のテレビ台を組立てにかかる。引き出しつき台のガワだけ、何とか完成。7時半、朝食。野菜イタメ、レタスとミニトマト、それと今年最初のスイカ。初物とはいえ、甘くてうまい。菅氏はまだテレビに出るらしい。話せばわかると、こと、ここに至って思っているとしたらどうしようもない。菅叩き、イラク人質叩きを“俗情に流れたマス・ヒステリー”と罵る識者が多いようだが、そもそも政治家だの政治運動家だの、さらにはジャーナリストだのというのは、そういった大衆の俗情を理解し、すくい上げるのが本来の仕事であり、その上でそういった感情のほとばしりに方向性を(出来得ればいい方向性を)与えることが職責の筈であろう。大衆の感情ひとつコントロールできないで、何が政治か。菅直人という人間が、どんな高邁な政治的理想を持っていようと、それを実行できるステージに移す能力があってこその政治家である。それが出来ないでは、何のことはない高所恐怖症の屋根葺き職人みたいなもので、腕がいくらよかろうがモノの役にはたたないのである。あの菅叩きは、そのふがいなさと本人のカン違い(菅違い、などと書くとアエラみたいになるのでやめておく)に対する国民の失望の声なのだよ。

 いろいろ雑用あり、8時27分(休日ダイヤ)のバス、ギリギリになる。仕事場でメールチェック。休日だからかなにか、スパムメールの数、凄まじ。ちょっとのあいだに十数通きていたりする。“Delivery”や“Mail System”などというもの、また“Stolen document”などというタイトルのものが多い。“Congratulations!”などという引っかけタイトルのものもある。今日来たのではただシンプルに“spam”というのがあって笑う。自分か ら名乗るとはいい度胸だ。

 弁当、十二時に。シャケ、牛肉とゴボウの煮物。雨のせいでダルく、鼻にやたら脂が浮き、ギャツビーのオイルクリーンシートで拭き取るたびに、吸収される脂の量にギョッとなる。まあギョッとなるような効果が出るように工夫された商品なのかも知れない。コミビア一本送り、それからと学会のパンフ印刷の締切を確認するメール、 K子に送る。

 開田裕治さんから電話、本多きみ夫人宅訪問の日時について。もう何回も、お邪魔する面子のスケジュールが合わずにスルーされているが、今回も、提案の日は私の神保町でのトークの日であった。こういうスリ合わせは業界人たちの場合、本当に大変 なのである。

 遅れていた『ダ・ヴィンチ』原稿にかかるが、書き出しがうまくツカメず、何度もやり直し。とうとう夜までには完成せず、明日のこととする。連載第一回目は手探りなので、こういうことはよく、ある。私のように甲羅を経ると、少しくらいのスラン プではあせらない。少しあせらないといけないのかも知れないが。

 帰宅、雨の中バスに乗って8時45分。残っていた台の引き出し部分の組立て、完成させてテレビを乗っけるが、テレビが台に比して大きくて、どうもうまい具合に落ち着かない。9時10分、夕食。鶏の唐揚げ、鶏ワサ、ナスのグラタン風。それに、昨日持ってきた釜で、試しに一合、飯を炊いてみる。ホタテ貝柱入りの釜飯。固形燃料を下に置いて火をつけるのだが、こんな頼りない火で果たして炊きあがるのか、やや心配になる。しかし、やがてフツフツと音がして、湯気が噴きだしはじめ、火が消える頃、見事に飯が炊きあがる。よくこんないい具合になるものだ、と感心。食べて見るに、芯もなく、大変おいしいご飯である。母の友人にはこの一人分炊きご飯にハマッている人がいるということだが、それも納得できるできばえであった。

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