裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

3日

月曜日

迷子になったら乱歩賞

「待ってください」
 名探偵は言った。
「その子は言葉がわからないと自分で言っているのに、どうして日本の嬢ちゃんに呼びかけられるのですか?」
 朝、目が覚めたら7時半。母のならす食事のベルでベッドから起きた。睡眠時間5時間強だが、さまで眠くはない。このところ熟睡できているからだろう。

 朝食、黒豆サラダ。タマネギ皮のまずい煎じ汁。血圧計ってみるに、いまだ高めではあるが下がってきている。食後風呂入り、テレ朝に出ている郡山氏の話を聞く。現地の言葉がわからないという人間が、イッテはイラクの方言です、とツラツラ説明する様子は見ていて呆れかえる(大体、最初はこの人“イッテなんて聞いてない”と証言していたじゃないか)。辻本清美氏を見ればわかるように、テレビを利用しようとするものはテレビに泣かされますよ、郡山サン、とイッテあげたくなる。どれほど人質に対しキツいことを日記で書こうと、テレ朝の番組では牙を抜かれた張り子の虎になってしまうことが明瞭となった勝谷誠彦も同じ。まあ、同じ立場のフリー物書きと して同情はしますが。

 戸川幸夫氏死去、92歳。この人の名前を初めて見たのは石川球太氏の動物マンガの原作者として、だった。『牙王』『熊犬シロ』『野生犬サボ』といった作品は、類似の作品が他にそうないこともあって、まずまず読めるな、という程度の印象だったが、昭和44年に『少年マガジン』に短期連載された『人喰鉄道』という作品がスゴかった。アフリカのツァボで鉄道を建設する人々と、人喰いライオンの、本当に息詰まるようなギリギリの戦いを描いた作品で、それまで、『狼少年ケン』とか『ジャングル大帝』といったアニメで、ライオンと言えば少年マンガにおいてはあまり悪く描かれない存在、と認識していたこちらに、悪鬼の如きライオンの恐怖をこれでもか、と突きつけてきて(こういうモノをごく普通に掲載していた当時の少年マガジンの編集方針の斬新性を思うと、いくらロートルの繰り言と嗤われようと“昔はよかった”と言わざるを得ぬ)、ちょっとないトラウマを与えられた。その後、原作を手に入れて読んでみたのだが、いや、これがまたマンガ以上の凄まじい傑作、日本にもこういう小説を書く人がいたのか、と、その頃少し、そのスケールの小ささに失望していた 日本小説を見直したほどだった。いま、『人喰鉄道』はネットで読める。
http://www.papy.co.jp/act/books/1-1670/
 ↑日本における最高レベルのハードボイルド小説である。読まないとソンするよ。

 マンションのネットがちょっと調子悪い。どういう具合なのか、K子がちょっとイラだっていた。9時半のバスで、ちんたらと出勤。連休で空気の澄んだ都内に陽光がまぶしい。代々木八幡という神社は、このバスで通勤するようになってからその大きさを改めて認識した。真ん前に建っている6、7階建てのビルの上にまで木々の梢が 頭を出して繁っている。

 太田出版ゲラチェック、これはシコシコと。江戸時代の文献の字句にふりがなを打つのは本当に難しい作業。辞書などを引いても出ていない。最後には、いかに江戸時代の文章を普段読んで、その字句の用い方を呼吸として身につけているか、という、“感覚の”問題になる。普通は赤入れしたら宅急便かバイク便で返し、なのだが、編集のHさんのメールに、FAXかメールで、とあった。赤入れした部分をワープロで 打ちなおして、送る。

 弁当、その作業のあいまに使う。ホタテとピーマンの炒め物。食べ終わって、このあいだ“カード読み取り機の調子が悪くて支払いがうまく完了していなかった”と連絡のあったタントンマッサージに行き、もう一度改めてカードで支払う。こちらのミスでしたのでお詫びに、と割引券をくれたので、せっかくだから、とその場で施療してもらう。とはいえ、今日はあまり凝っていなかったので、いつもの脳内麻薬的快感はナシ。やはりあれは、一生懸命お仕事して肩を腫らしたことへのご褒美なのだね。

 たまっている日記をつけるが、なかなか終わらず。今日は開田さんの母堂をお招きして家で食事なので、6時半には家を出なくてはならない。バスで帰るとすると6時10分がギリギリだ。雑用もあり、ハッと気がついたらもう45分だった。タクシーで新宿西口まで行き、そこから地下鉄。7時20分に到着、開田さん夫妻とご母堂、それから弟子の岡さん。あやさんから“運がいい、まだワインが残ってます”と言われる。お母さまは80歳、初めてわが家に母より年輩のお客が。年寄り好きのK子が 楽しそうにお母さまに昔の話を聞き出していた。

 輪切りにしたバゲットに自家製レバーペースト、塩イクラ、ナスのペーストなどを乗せて食べる唐沢家カナッペ、サバのトマトソース煮、黒豆サラダ、ホタテのグラタンなどが出る。開田さんの食欲すさまじく、母も予定になかった鶏のオーブン焼きを追加した。〆メはおなじみのおこげ料理。今日のスープ、母は“イカを入れる手順を間違えた、失敗作だったわ”と言うが、私にはこれまでの中でもかなり上の出来のものと思える。ワイン、焼酎『中々』と飲んで酔っぱらう。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa