裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

1日

土曜日

異邦人下宿

 学生さん、太陽が黄色く見えるまでしていいのよ。朝6時半起床その他如例。7時半朝食、黒豆とキウリのサラダ、コンソメ野菜。ニュースショーでまた例の会見。郡山という人の幼稚さに改めて哀れを覚える。ジャーナリストという肩書きが欲しくてたまらなくて、今回の事件で堂々とそう名乗れて、嬉しくて仕方なくて振り回している、と、そういう風にどうしても見えてしまうのである。誘拐犯たちによるビデオの 演技強要を
「あのような状況で否定できますか」
 と言い訳する人間が
「(自分たちジャーナリストは)リスクを背負って仕事をしている」
 などと、同じ会見中で言っちゃいけない。

 こんなものテレビで見ていたんで出るのが遅くなる。43分のバス。陽射し強く、車内熱くて汗ばむほど。仕事場着到後、メールチェック。次回刊行予定の『UA! ライブラリー』の解説を依頼。速攻で了承メールが来たのに驚いた。とりあえず、アスペクトKくんに『社会派くんがゆく!』の今井・郡山両氏会見後の改稿を書いて送る。タントン・マッサージから、こないだカードで支払ったとき、向こうの手違いで 支払いが受理されていなかった、と電話。

 メーデーのデモ(ムダ、とか迷惑、以外の感想を持っている人、いるのかね?)で道が大混みなので、電車で新宿へ。まず東横のれん街で差し入れの柏餅を買い、山手線に乗る。駅のホームに、タトゥーのコスプレをしている外人の(ロシア人かどうかはわからないけれど)少女がいた。コスプレというより、日本人の目から見ると、本 物とどこが違うの、というようなものである。 週に一度の外食タイム、新宿へ出るのだから、と、さくらや裏のとんかつ屋『王ろじ』でトン丼。カリカリめに揚げたカツの香ばしさもいいが、カレー(トン丼という名ではあるがカツカレー丼なのである)がコナっぽくてタルい味の、懐かしい日本風 カレー(でも、名前はインディアンカレー)であるところが嬉しい。

 出て、紀伊國屋4階、紀伊國屋ホールへ。うわの空藤志郎一座公演『水の中のホームベース』初観賞。受付をしていた牧沙織に挨拶。差し入れを手渡す。花、きちんと贈られていることを確認、客席へ。ちらりとQPハニー氏の顔が見えたような気がするが確認できず。チラシにはさまれたと学会東京大会の告知も確認。確認ばかりして いるな。チラシは入場料表記が落ちていたのを今更発見した。

 場内、土曜のマチネという条件でありながら、8割は埋まっている。やや、ホッとするものを感じる。これまで席数がせいぜい80とか100の劇場でやっていた人たちが、いきなり418席のところで4回公演をやるのである。彼らの実力や、実績に関してはこれまで2年間舞台を見てきて熟知しているとはいえ、そこはやはり心配であり、不安であり、何とかしてやりたい、というお節介な気持ちが立って、実際、いてもたってもいられない気持ちになっていた。ウチのサイトでもチケット売ろうか、 と前にツチダマさんや小栗さんに申し出たのだが、
「いえ、それに関しては自分たちが責任持って売りますから」
 と言われて、外からいらぬ口出しをするのはつつしもう、とちょっと反省した。このような、立派な結果が出て非常に嬉しいと思うと共に、“もうちょっと埋まっても いいのだが”とも思う。

 2時、開演。いつもの公演と同じく、幕もなく、場面転換もなし。東京の一画にある大衆居酒屋の、ごく普通の夕方開店時。三々五々、客がやってくるが、奇妙なことに、入ってくる誰もが、“後から待ち合わせている者が来るから”と言う。妙に影の薄い男、スポーツバッグを抱えた、気が弱いんだかずうずうしいんだかわからないヘンな男、坊主頭でコワもてのヤクザ、やたら濃い大阪弁を使う男、年齢の割に子供っぽい感じのにぎやかな女性、派手めのメイクの大柄な美女、一見お堅いサラリーマン風の男……てんでんばらばらのように見えた彼らだが、やがて、彼らは全員、ある一人の男からの葉書で呼び集められたことがわかってくる。故郷喪失者となった者たち の、おかしくも切ない再会のドラマ。

 基本ストーリィも、それぞれに与えられている役柄も、いつもの通りのうわの空であって、紀伊國屋だから、というような気負いのないところがいい。なかなかカミ合わないキャラクター同士が、いつの間にか、話が進行していくうちに、パズルのピースが合うように、ピタッとそれぞれのいるべき位置におさまっていくという展開も、この劇団の芝居がもたらす快感の一因になっている。いつものシアターグリーンのような小劇場だったらそのまま、芝居の中に入っていけたのだろうが……どうも、前半にいつもの調子が出ていない。小栗由加と小林三十朗という、これ以上ないくらい息のあっている筈のコンビのやりとりの面白さが、空回りしている感じで、どうも生き生きと伝わってこないのである。アレレ、と思い、ちょっと不安になってくる。やはり、小劇場の密閉空間のもたらす共犯感覚が、こういう天井の高いホールでは生きないのだろうか? 脳裏にもう十数年前の、浅草常磐座でのシラケまくった放送禁止コントライブの寒々とした情景が浮かび、急に不安になってきた。演じている方もかなりとまどっているようで、それがこっちにビシビシと伝わってくる。芝居というのはここが映画と違って怖い。ダイレクトに観客には伝わってしまうのである。

 ひそかに手に汗握ったが、1/3を越して、ヘンな男・村木藤志郎のいつものキャラが全開になったあたりから、さすが、ぐんぐんと調子が回復していき、客にどんどんレポールをかけ始めていく。集まったメンバーの過去が小栗由加の口から語られ、そして、何故彼らが集められたか、集めた男が何故姿を現さないのかという理由が、中盤から登場した島優子の口から語られる。みんなが揃って円陣を組むあたりのところでは、観客から手が来た。やった、という感じである。前半のカラ回りが残念だったが、しかしその分、後半の追撃にメンバー全員、馬力がかかったのかも知れない。 最後の挨拶で、座長の村木さんが
「私たちのような小さな劇団が、紀伊國屋ホールのような劇場に出られるのも、ひとえにおいで下さった皆様のおかげです」
 と挨拶していたが、ラストあたりの熱気は、小劇場的な芝居が、席数4倍の紀伊國屋ホールを逆に呑み込んでいたのではないか。

 今回はうわの空のメンバーに加えて、以前『非常怪談』で座長と共演した『タッタタ探検組合』のメンバーから三人(谷口有、キクチマコト、あおきけいこ)が加わっていたが、この三人がいずれも上手い! ちょっと舌を巻いた。うわの空のメンバーも上手いのだが、彼ら彼女らは演技のベクトルが外に向いた芝居だ。タッタタの三人はベクトルを内側に向けた芝居が出来る。一見地道な芝居に見えて、貯めた情感が爆発したときは、そのエネルギーが客席を貫き抜ける。これが今回の芝居に大変な安定感を与えていた。キャラクター設定自体がギャグのキクチマコト、あおきけいこの二人が光るのは当然として、谷口有の演技の踏み切り、これが凄い。登場シーンで高橋奈緒美から“アブナイ!”と叫ばれ(意味ないのだが)、座りかけた座布団からわッと飛び上がる演技でまず感心し、他のキャラのボケにいちいち大阪風、吉本風にツッコミを入れ、またズッコケる、そのリアクションにいちいち異なった工夫がある。おかげで彼が出てくるとそっちの方ばかりつい、視線が行ってしまい、他の人の芝居を見損ねることも多々であった。この人、以前見た『非常怪談』(1月20日の日記参照)のクライマックスで、桑名しのぶの豹変演技を受けて、盛大に“うわーッ!”と椅子ごと後ろにぶっ倒れる名演技を見せてくれた役者さんである。ぶっ倒れる芝居というのはコメディでもアクションでも、基本中の基本だが、あれは私がこの十年くらいの間に見た、映画や舞台を通じて、最も優れたぶっ倒れぶりであった。こういうものを見せてくれる役者さんというのには、リクツでなく、観ている方は心服してしま うものである。

 観終わったあと、受付の牧沙織に“また明日、来るから”と言って帰宅。ちょうどのタイミングで発酵茶が届き、ちょうどのタイミングで扶桑社からの打ち合わせ日の決定電話があり、ちょうどのタイミングで太田出版から『トンデモ本の世界S』と同『T』の再校ゲラが届いた。コミビア原作一本書き、K子にメール。太田のHさんか ら、ゲラチェックに関するメモと問いあわせが来ていたので、それに返答。

 9時帰宅、バス中でゲラにざっと眼を通す。今日は親子三人。カブとワカメの酢の物、アジのたたき、鯛のホイル焼き。ご飯ではなく、イカと豚肉入りの焼きそば。浦霞飲みつくし、菊正宗にする。DVDで『アタックNO.1』第六話『進めアタックコンビ』。自分を部員たちに徹底して憎ませ、“今度の試合に勝ったら、コーチをやめてやる”という条件で試合に臨ませた本郷先生が、こずえたちが勝ったあと、“約束通りやめてやる。へたくそどもめ”と憎まれ口を書いた紙を部室に貼って去っていく。この文句がいい。結局、こずえたちがその真意をすぐに見抜いて後を追いかける というのがクラシックな展開であるが。

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