20日
木曜日
女子大生フン族嬢
騎馬体位で男どもを征服。朝、7時15分起床。玄関のものがいろいろ散らばっている台所で朝食をとる。紅イモとネギの中華スープ。昨日、紫なのになぜ紅イモかと書いたが、蒸し器の中のイモを見ると、熱せられている時には皮が見事な紅色になっている。外見からついた名前か。落語の『やかん』の“マグロってな、なんでマグロてえんです?”“真っ黒だからマグロだ”“だって切り身は赤えや”“馬鹿だな、切 り身で泳ぐ魚がいるか”というやりとりを思い出した。
9時半までにあわただしく入浴などすます。雨もよいで、体調はかばかしくない。FAXが来た『編集会議』インタビュー原稿赤入れ。お嬢様言葉などを電話で伝えるのは難しいのだな、とわかる。若い世代に、戦後の山の手文化は完全に断絶しているのだ。私のやっている復刻作業は、絶滅危惧種のDNAを保存するようなことなのだろう。深沢さんから昨日のお礼のメール。細かに気を配る方であること、と感心。
トイレ読書『大地』、王龍が打ち壊しのどさくさで奪った金を持って田舎に帰り、旧地主から土地を買って、次第に成金になっていくあたり。自分に金が出来ると、子供たちには学問をつけさせたくなり、あれだけ尽くしてくれた女房の不美人さが気になりだす。女流の作者だけあって、男のこういうどうしようもなさの描写には容赦が なくて笑える。
壁紙張り替え、やはり今日一日かかるとのこと。二時から打ち合わせなので、その間はよろしく頼みますと言っておく。仕事、不捗ながらもカリカリと。11月がもうあと10日しかないことに仰天。11月というのは12月の前座みたいなもので、しかも“ああ、11月だな”と印象に残るような行事がない。バラクーダの『日本全国酒飲み音頭』でも“11月は何でもないけど酒が飲めるぞ”と、いいかげんな扱いであった。そのくせ、12月の前倒しで12月よりもむしろドタバタしている。ふと気 がつくと、もう三分の二が過ぎている、というハメになるのである。
昨日、ロフトプラスワンで担当のSさんから渡されたモノマガジン『トンデモノ探索ノート』ゲラに赤入れ。今回のネタはイアン・ビュルマ(ブルマ)の日本文化論、『ジャパニーズ・ミラー』。邦訳は『日本のサブカルチャー』という、誰も読みたがらないようなおざなりのタイトルをつけられてTBSブリタニカから80年代に出ていた。ネット古書店を回ればまだ、比較的楽に手に入る(抄訳だけど)。それまで能だの歌舞伎だの俳句だのからしか日本をのぞいていなかった欧米の学者の中で初めて(ではないかも知れないが少なくともメジャーどこでは初めて)、やくざ映画やトルコ風呂、ストリップ、宝塚、少女マンガといったキッチュ文化を通して、日本文化に内在する“セックスと暴力”という面に光を当てた著作である(もちろん歌舞伎や古典に対する目配りもちゃんとある)。考察にかなり粗雑なところ、恣意的なところがあって、名著、かどうかにはやや断定に躊躇するものを感じるけれど、そのオタク的な日本底辺文化の博捜にはホトホト頭が下がる。私は秘かに、これは『キル・ビル』の通奏低音になっている本ではないかと思っているんだけれども、それはそれとして ↓のサイトで引用されているこの本に対する書評の
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0030.html
「フロイトが日本で生まれていたら、自分の仕事をやめただろう。というのも、日本には父権的な宗教や、その派生物である西洋の道徳的な伝統がないのにもかかわらず日本人は西洋と同じように多くのエディプス・コンプレックスをつくりだして、働くときや遊ぶときの特性としているからだ」(フィリップ・ウインザー)
にはちょっとうならされた。日本文化に最も触れているはずである当の日本人が、舶来の精神分析学をありがたがるあまり、上記のような、ごく基本的な日本と西欧の違いを無視して、フロイト流精神分析を無理に日本人にあてはめようとしていた愚かな歴史に思いを馳せて愕然としたのである。いや、フロイトばかりではない。現実にそこにある日本のカルチャーの姿をゆがめてまで、西欧わたりの思想にあてはめてよ しとしている似非アカデミシャンの如何に多き。
昼はウィダ・イン・ゼリーのブルーベリー味。それと胡麻煎餅を齧って。2時、業者さんに留守を頼んで時間割。フジテレビMプロデューサー、Kディレクターと打ち合わせ。いろいろ小難しい話もする。『噂真』に関しての話も出た。“まあ、いい気分ではありませんが、これだけ視聴率とかをとっているとああいうことを言う者が出てきても仕方がない”とのこと。まったく、これだけ視聴率があるが故に、私の行動とかにもいろいろ制限がかかることになる。これもやむを得ないか。連絡方法のこと などで要求も出す。さて、どこまで反映するだろう。
帰宅、昨日のラジオ局二つからメールと電話で出演日などの確認。5時に壁紙張り終えて業者さんは帰る。本の置かれていない階段、グッズの置かれていない玄関は、広々として自分の家ではないみたいである。FAXで『クルー』から締め切り日教えてくる。11月の締め切り日はもう過ぎていた。あわてて原稿書きにかかり、6時には完成させてメール。ふう、と息をつく。雨降り続き、体調最悪。書庫に籠もり、ゆまに書房のカラサワ・コレクション第二弾の候補本三冊に改めて目を通す。読んでいて嬉々としてくるくらいインパクトがある。三冊、まとめて出せば爆発的だろうが、そうすると次の三弾目の印象が薄くなってしまうか?
8時半、家を出て、タクシーで新大久保まで。『ハンニバル』での会食だが、道が大混みで(青梅街道に出るところなど信号四回待ちだった)15分遅れる。今日は兎とウズラがメインで、集う者私ら夫婦、談之助夫婦、パイデザ夫婦、植木不等式、S山編集長、と学会S井、I矢、T橋の三人、それに世界文化社D編集長の12名。すでに私が来るまでにワインが一本空に。Dさんはシアターグリーン閉鎖の情報をこの日記で知ってショックだったと言う。“ああ、よく行ってたんですか?”“いえ、出 ていたんです”と。演劇やってたのか。少年役専門だったとのこと。
料理はDさんが『男前』コーナーに詳しいレポートを書く予定。やたら細かくモンデールに質問していた。兎はいつものローストでなく(ウズラとの対比を考えてだろうが)ソース煮込み。これが豆のソースで、なかなかの味。頭は当然貰って、分解して舌から頬肉から脳味噌まで食べる。ウズラは風味たっぷりの詰め物をしたローストで、この詰め物は何だ? と思ったら、なんとイカであった。きめ細かい肉にソース がしっかり染みて、うまいのなんの。
トリビア男のI矢くんが例によって爆走。植木さんは例によって駄洒落と体重ばなし。会社の健康診断で体重計ったら99.9キロだったという。スリーナイン、とか言って喜んでいる。私が“三ケタ女房にゃ未練はないが”と言うとK子が“家政婦は三ケタ”と。あと、昨日ロフトで聞いてウケた“阿藤快入浴盗撮ビデオ”というのも紹介。話がはずむが、なにしろと学会員というのはいつでも例会のノリで、人殺しがどうのウンコがどうのと大声で話すので、他の客の手前をかねて私は非常に肩身が狭くなる。狭くなったからでもあるまいが、時折ピキッと電流が走るような痛みが両肩 に。気圧の凝りも極限まで来たか。
ワイン次から次へ、がぶがぶという感じで飲む。酔った談之助さんと植木さんはドイツの軍歌を歌い出したりする。私も似たようなものだったろう。T橋さんは鎌倉なので、11時半には帰らねばならないのだが、家に泊まっていけばいいよ、と回りからの声に逡巡しているうち、あと5分で駅にいかないと間に合わない、という時刻になる。いよいよ帰ることに決し、デザートのババロアを手づかみで一口に食って、いざ出ようとしたらコートが見つからない。ドタバタしながら飛び出していくが、後でメールが来て、無事乗れた模様。奥さんが息子のアニスくんを連れてくる。まだお腹にいるときから知っている子がもうこんなになったか、子供というのは大きくなるものだなあ、と驚く。12時半、雨続く中タクシーで帰宅。胃薬飲んで寝る。