裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

19日

水曜日

切れ痔というのも穴が血ウソではない。

 受けを考えるのも大儀なシャレである。朝、7時起床。今日は9時半に壁紙張り替え業者さんがくるので早起き。朝食は沖縄の中笈さんからいただいた紅イモ。ちと蒸しすぎて割れてしまったが、その甘さたるや。しかし、ここまで見事な青紫色なのに なぜ“紅”なのか。あとリンゴ半分と、ネギとセロリのスープ。

 読売昨日夕刊と産経の朝刊に、江見俊太郎氏死去の報。80歳。怪談映画の最高峰である中川信夫の『東海道四谷怪談』における直助権兵衛、テレビでは『レインボーマン』のヘロデニア三世で印象深い。知的冷酷さが一転、崩れて凶暴さを剥き出しにするような芝居の巧さはちょっと他になかった。直助権兵衛は他に映画では近衛十四郎、田中春男、中村勘三郎、高松英郎、小林昭二などの演じたのを観ているが、どれも伊右衛門の冷酷さに対するにやや三枚目的な小悪党としての描かれ方であり、それに対してこの人の直助は“あの”人非人を演じさせたら天下一の(『憲兵と幽霊』など)天知茂を手玉にとるほどのメフィストフェレス的役柄であって、その悪逆度はダンゼン、他を圧する迫力、出来映えであった。そして最期、錯乱した伊右衛門の刀で直助が額を割られたとたん、部屋が、そのままかつてお岩を沈めた隠亡掘となり(合成でなく、セットをそのように作り込んでいる)、すでに魂が天外に飛んだ無表情のまま、その中へとスローモーションで倒れ込む。日本映画史上においても屈指の死に 様であった。

 9時、風呂入っていたら半にくるといった業者がもう来た。K子が追い返して、半にまた来させる。ここらは彼女の本領発揮。階段に積んでいた本などをどかし、掃除して待つうちに出直してきた業者さん、三人がかりで、まず壁紙をはがし、上からの漏水で汚れた壁をガリガリと削りはじめる。猫が出ていかないように気をつけていたが、昔なら好奇心満々で、上からしっくいがボロボロ落ちるなかを階段を駆け上がったであろう猫も、いまは好奇心のみはあるが怖いのが先にたつのか、じっと工事の様 子を眺めるばかり。威嚇のつもりか、やたらニャアニャア鳴く。

 外に出るわけにもいかず、ずっと家で仕事。今日ロフトに廣済堂のIくんが来るとのことなので、すっかり後回しになってしまっている雑学原稿一本、書く。トーハンの『新刊ニュース』から、恒例『今年印象に残った本』の原稿依頼電話。昨日の日刊ゲンダイに続き、この類の依頼が来るとああ、今年も押し迫ってきたなあ、の感。書評原稿の依頼も連続だったが、ラジオ出演依頼も連続で来た。『高島ひでたけのお早う! 中年探偵団』(ニッポン放送)と、『荒川強啓デイキャッチ!』(TBS)。特に後者はこの『裏モノ日記』がらみでの出演依頼だとかで楽しみである。

 タレ屋ソラチからメール。私が以前、ここから買ったギョウジャニンニクのタレで作ったレシピをメールしたら、さっそく作ってみて、おいしかったのでそこのサイトの中に写真入りでアップしたとのこと。興味ある方はちょっとのぞいていただければ と思う。東京のKさんというのが私のことである。
http://www.sorachi.net/gyoja/gyoja_tabe.html

 昼はウィダ・イン・ゼリーのマスカット味ですませる。案外腹持ちはいいがやはり寂しい。仕事、家の中で工事をされていると捗らず。イライラしていたのだが、しかしそれを補ってあまりある収穫があった。古い壁紙を剥がすのに、そこらに積んである荷物類を業者さんがどんどん脇にどけて積んでいる、その山の中に、数冊、本があり、以前古書店に注文して届いたものの包みをほどいたまま脇において、そのまま他の荷物に埋もれてしまったものらしかった。その積まれたものを何の気なしに見ていたらなんと! 長いこと探していた資料本がそこにあった。この本、来年のちょっと大きな企画にどうしても必要な本なのだが、買ったときにはそれほど重要なものと思わず、そのまま他の本にまぎれこませてしまっていたのである。そのうち、その企画がすすんでいく中で、欠くべからざる資料としてその書名があがってきたのだが、そのときにはそもそも所持していることすら忘却して、これから古書店を回って探さないといけないのか、最近では稀書化しているし、見つかるかどうか、ちょっと期待薄だなあなどと思って、頭を抱えていたのである。その本が、何の苦労もせずに目の前にひょこっと現れたのだから、私の驚きこそいかばかりか。ひょっとして『神は沈黙せず』のフォーティアン現象のような神のいたずらか? と疑ったほどであった。

 講談社Yくんから電話、『近くへ行きたい』初版部数のこと。かなりショッパイ数字であるが、これは内容が東京限定なので、まず絞った部数で東京中心に配本し、その後重版をかけて地方へ波及させていこう、との営業戦略だとか。しかしよほどきちんと戦略かけないと、最初のショッパさが後々まで祟ることになりかねない。いかに宣伝費用をかけても、初版部数の多さで、本そのものが人の目につく、ということにはかなわないのだが。また光文社からは昨日、文庫で出る『カラサワ堂怪書目録』の中にあるディズニーネタは絶対危ないので削除していいかとの問い合わせがあった。単行本(学陽書房)のときは、私のようなマイナーなモノカキの本、ディズニーもわ ざわざチェックなどしはすまいという判断で出したのか?

 6時、家を出てタクシーで新宿歌舞伎町。ロフトプラスワンにて『ザ・雑学チャンピオンシップ』ゲスト。深沢岳大(『虎の門』蘊蓄王)さん、吉田豪さんと。吉田さんとはこれまでやたら仕事がカブっているし、彼の最初の単行本のときにある件で担当の編集者さんから電話がかかってきて、ちょっとその問い合わせに答えたりというニアミスはあったが、共演はこれが初めて。深沢さんが20代半ば、吉田さんが30代半ば、私が40代半ばと、ちょうど十年づつの世代の差。深沢さんからは“小学生のときから読んでました”と言われ、サインを求められる。ちと恐縮であるが、“お会いするまでカラサワセンセイっていうのはもっと気むずかしい、怖い人だと思ってました”と言われる。私の本から入った人はだいたい、そう思いこんでいるようなのである。そんなに怖いことを書いているつもりはないのだが。吉田さんはこの日記の読者であるとか。本日のプロデューサーシンスケ横山さんによれば、今日のライブは要するにこっちが出したお題で観客に雑学、ウンチクを語らせ、私たちが採点すると いう趣向らしい。深沢さんが大変に張り切っているので、吉田さんと私は、
「まあ、メインは彼ということでまかせましょう」
 と。プロはどうもラクをする方へ方へと考え方をやる。

 開田あやさんは同人誌売りにくる。『トリビアの泉』のリサーチャーのYさんとも初めて名刺交換。ロフト斎藤さんにはひとつ出演依頼をされるが、日取りがあわないのでNG。モノマガジン新担当のSさん、廣済堂のIさんとも挨拶するが、吉田さんとSさん、Iさんは昔、同じ職場で働いていたのだとか。しかし世間は狭いもの。

 7時半ライブ開始、壇上にロフトの二人とわれわれ三人が上がって雑談から始め、お客さんにどんどんお題をふっていく。“鈴木”“ジャンプ”“山手線”など。われわれも勝手にそれに対しておしゃべり。どんな題でも出てきてウンチクを述べる人あり、この話題なら、というネタあり(元オタキングの柳瀬くんが来ていたが、鉄道ネタではやはり身を乗り出してきた)。なにしろ第一回目のことで、ルールも途中でころころ変わるいいかげんな進行であったが、案外盛り上がって、シンスケさんが“こ れ、月イチでやりたいですね”と口走ったほど。

 休息はさんで10時半まで、7時半からだから正味二時間半。昔はロフトのイベントというと4時間5時間はあたりまえ、という感じだったので、何かアッという間であった。深沢さんがビール飲みすぎてしょっちゅうトイレに立つのも何かアクセントで面白いし、吉田さんもトークライブはお手の物なので、進行はそっちにまかせ、こちらはマイペースでいいかげんにしゃべる。年寄にはラクをさせてくれなくては。とはいえ、やはり他人の企画に、重要な役をふられて出るのはくたびれる。こっちがただしゃべっている分にはどうとでも客を転がせるが、今日はお客さんの(つまりは素人さんの)しゃべり如何で盛り上がりが決定するのだ。フォローというのは気が抜け ないのである。終わったあと、かなりクタビレた。

 銀河出版のIくん、気楽院さん、奥平くんなどに挨拶。奥平くん曰く、“「三島由紀夫」ってお題が出たとき、ボクも手を挙げようと思ったんですが、ちょっと右翼がらみのアブナすぎるネタばかりだったんで……”と。この人も変わらぬなあ。ギャラ貰ったので、これでメシ食おう、と開田あやさん誘って、K子と落ち合い、タクシーで下北沢のすし好へ。いろいろ話しながら白身と光り物の盛り合わせ、芽ネギ、アナゴ、甘エビ、トロなどのにぎりを頼むが、テーブル席のせいか、夜も遅かったせいかネタがちょっとしなびていたのが残念。やはりカウンターで食べないと寿司はダメ。某MLでの被害妄想的書き込みや、猟奇殺人の話などしながら、1時チョイ前にタクシーで帰宅、就寝。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa