裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

7日

金曜日

ズーレで逃げてよ〜

 ついておいでよ〜(タチ)。朝、7時50分起床。気圧乱れ気味の空模様。少し頭痛あり。寝床の中で『サイエンス・コミュニケーション』(丸善プラネット)を拾い読みする。科学畑の人向けの、“一般人にどう科学を伝えていったらいいか”についての理論と実践の書。オーストラリア人の科学者たちの共著だが、科学の成果というものを人類共通の財産と考え、それを一般の人々にわかりやすく伝えようということを、科学者たちが本気になって考え、そのためのテクニックを習得しよう、としていることには、ホトホト感心する。日本では(科学に限らず)自分の専門分野の言葉でしか語れない、いや、それじゃわからんから普通の言葉で語れというと、まるで自分のアイデンティティを否定されたように怒り出す専門家が多いのである。

 それにしても著者の一人で、ノーベル賞受賞者であるピーター・ドハティー自身が
「会議に出席して、同僚たちが筋を通して論理的に話すのを聞いていると、一般の聴衆にとってはきわめて退屈だろうと思うことがよくある」
 と認め、
「私でさえも、スタートレックの船長のように“スコティ、転送だ!”と言いたくなるようなモノローグ攻撃に対して、ふだんからそういう攻撃に馴れていない人たちの反応はどのようなものか」
 と言える環境というのは、そういう専門職の人に取材なども時には行うモノカキの立場として非常にうらやましい。と、いうか、オタク業界でこの文章(翻訳文)を紹介したとすると、必ずやスタトレオタクたちから“スコッティが日本語表記としては正しい呼び名だ!”“いや、日本語に訳すならチャーリーでないと”などと、これまた一般人には何のことやら、の専門分野からの言葉咎めが山のように寄せられるだろ うと思われるのである。

 朝食、カキフライをマフィンに挟んで。冷蔵庫の中でしなびかかっていたトマトも切ってはさむ。ニュースに映る田中真紀子氏の顔は、うんとカリカチュアライズするとけらえいこの『あたしンち』の母さんにならないか。もっとも、けらさんのお母さんというのは一度文春漫画賞授賞式の席で見たが、まさにあのお母さんがそこにいるという感じで、凄まじく感動したのだが。風邪、腰からは完全に抜けたが今度は頭の 方に上ったか、頭痛少し。

 一日中仕事。やったものを列記すると、まずと学会会誌原稿の赤入れ、それから女性自身インタビュー原稿の赤入れ、就職情報誌『クルー』の赤入れ、さらに講談社の単行本『近くへ行きたい』の赤入れ。赤入ればかりやっていた。アスペクトから村崎 さんとの対談の原稿もメールされ、これにも赤を入れなくてはならない。

 と学会原稿は編集のK子に渡し、女性自身とクルーは赤入れたものをFAXで返信し、講談社のものは担当のYくんに連絡し、取りにきてもらう。昼食はきちんととっている暇がなかったので、冷や飯に、昨日のみぞれ鍋のスープの残りを温めたものを ぶっかけて二杯、かきこむ。いかにも年末進行というムードである。

 赤入れの際に新造人間キャシャーンでネット検索したら、10月に書き込まれた掲示板発言で、以前朝日新聞にインタビューされた、昭和の人気マンガ・アニメの実写映画化ブームに異を唱えた私の意見が、記事として既に掲載されていたことを知る。 掲載紙、送られてきていただろうか? 記憶にないのだが。

 3時半、講談社への赤入れゲラは手提げに入れて玄関に下げておき、新宿へ。新宿東映で幸福の科学製作のアニメ『黄金の法』を、世界文化社のDさんと鑑賞。今日が最終日というので行ってみた。噂通り、劇場前でたむろしている人々がいる(上から押しつけられた券を消化しなければならないので、一日に何度も出たり入ったりして券を使う)。もっとも、『ヘルメス・愛は風の如く』のときのような大集団というわけでもなく、三・四人のグループが数組のみ。Dさんは“勧誘されないでしょうか”とちょっとドキドキしていたようだったが、そういうこともなし。すでに幸福の科学製作のアニメもこれで三作目、私のように物好きで観にいく客に勧誘しても効果ほとんどナシ、という結果が見えてしまったためか。館内の観客はそれでも50人はいたか。70代の夫婦だとか、50代のおばさんは露骨に信者だろう、と察しがつく。若いカップルが数組いたのは何なんだろう。

 ストーリィとかを紹介するのもいまさらだからしないが、とにかく“懐かしい”と思える展開、演出がてんこもりだった。タイムマシンで少年と少女が歴史上の偉人たちに会いに行く、という学習マンガみたいな基本設定もなんだかだが、最新式タイムマシンが故障してどうやっても動かず、ヤケを起こしたヒロインが“もうっ!”とカンシャクを起こして操作盤をドン、と叩くと動き出す、なんて演出、ひねりもなくまだやっているのである。宗教アニメとして、完全に一般の作品と異なった常識で作っていればまだ面白かったのだろうが、さすがに風評を畏れてか、妙にそこらへんオシが弱く、大川隆法も姿も名前も出てこない。エル・カンターレ様として、うっすらとシルエットが映るのみ。21世紀(現代)に主人公(25世紀人)が行こうとする理由が“救世主が人間としてこの世に出現していたという時代に行ってみたい”という のがまあ、笑えたけれど。

 思うに幸福の科学教団は大きなカン違いをしているのである。いま、若者にアニメが流行っているから、教えをアニメで伝えれば布教に役立つだろうと考えているのであろうが、流行りだということは、若者の目はアニメに対して肥えているということである。ちょっとやそっとの作品では心を動かされたりしない。どころか、アニメをよく知らぬ連中が作っていることなどすぐ見抜いて、ハナで笑うだけである。青二プロも東映も、金にさえなれば仕事もするし小屋も貸すだろうが、かなりふっかけていることは確かである。逆に彼らに幸福の科学は食い物にされているんである。海千山千、煮ても焼いても食えないのがアニメ業界なのだ。いや幸福の科学だけではない、アニメに補助金を出して振興させて、世界に輸出しようなどと思っている国の文化機 関も、同じである。しぼりとられないよう、用心しなさいよ。

 結局、このアニメ公開で最も搾り取られるのは一般信者であろう。こんな金のかかる(しかもかかった割にグレードの低い)アニメを公開するより、書籍と同じく、最初からOVAとして製作して、信者間で販売した方がよほど能率的だと思う。一部の指導者の、自分のところで製作した映画が全国公開されたという功績を誇りたいとい う見栄に、下層の信者たちは振り回されているのだ。

 Dさんと近くの喫茶店で、今後の仕事のスケジュールを打ち合わせ。書籍の取次の業界新聞に、私の本が最近は“トリビア関係書籍”としてよく取り上げられているとのこと。まあ、騒がれること自体はまことにありがたいが、所詮あのブームで本が売れる期間というのはあと一年といったところだろう。その後に、多少売れた名前をど う利用するか、が別れ道である。

 紀伊國屋書店にちょっと寄り、帰宅。ネットをしばらく巡回。はてなダイアリーで東浩紀氏が、“書評者は、読者に買う気を起こさせてはじめて一人前だ”という“説教”に対し、それは批評ではなくて宣伝であり、“批評は批評で独立したもので、創作の腰巾着になる必要はない”と反論していた。私も以前にこの日記で東氏の読売新聞の書評欄に載った文章に、そのようなことを言ったことがある(2000年7月9日の記)ので、てっきりこれは私のことを言っているのかと思ったが、考えてみれば私はその中で東氏の言うような書評・批評一般のことを言ったわけでなく、“新聞の書評欄においては”という常識的なTPOの問題を述べただけであるし、それで“はじめて一人前だ”などという言い方もしていない。まして、東氏がコメント欄で言っていた“それを理由に僕のような批評のスタンスを全否定”などした覚えもない。ごく通常の文章理解力があればそれはわかる、というより、私はあの日の日記ではくどいくらいに新聞書評というものの役割では、と強調していたので、まさか東浩紀氏ともあろうものがそこらを誤読するわけもあるまいと思い、これは誰か別の人の言ったことなのだろうと判断する。ブログの恣意的な誤引用などの問題をよく取り上げている東氏が、そんな初歩的・単純な思い込みでこちらの文章を誤読したなどと思いこむのは失礼にあたるだろうし、ましてや東氏を、自分に対する批判的文章には頭に血が上って、内容をよく読み込めも出来なくなってそれが自分への全否定だと思いこんでしまうような、またましてや新聞の新刊書評欄を一般読者にほとんどニーズのない批評としての批評に使うというような初歩的TPOも理解できぬ、書評対象を購読する気を読者に起こさせることが批評の創作への腰巾着になるなどと短絡する、自意識過 剰の文章理解力ゼロの馬鹿、などとはとてもとても、思えないのである。

 8時、『船山』にてK子と夕食。今日から“初冬の献立”。他に客がいなかったので、HPに使う写真撮影なども、船山さんとK子でせっせと行う。前菜が白子ポン酢と芋を使った手綱寿司(飾り手綱のようなカラフルな色合い)、わかさぎの南蛮漬けがホンの一口、いや半口づつ。それから生ガキ、向付がコショウダイ、コロダイ、キンメなど七種類の魚を一切から三切づつ。ここはさまざまな種類をホンの少し、というのがコンセプトなので、女性客に受けるのであろう。ちなみに、この献立の品書はコシノヒロコさんの筆になるもの。蒸しものが甘鯛のかぶら蒸し、焼き物が石焼で、焜炉の上の大理石で水蛸、但馬牛、ネギ、椎茸、海老芋を焼く。この水蛸の足が素晴らしいまでに大なるもの。仕込み中の(サイト参照)カラスミを一片、焼いてくれたがまだ、熟成半ばという感じ。揚げ物がふぐ、そしてご飯がいくらと釜揚げしらすの紅白丼。これがまず絶妙なる味。船山さんの父上の作ったアヤメ米の新米の炊きたてに、自家製いくら漬けの、柚の効いた香りが最高。甘味はくるみ餡の白玉におなじみのくずきり。くずきりは店員のリョウくんが修行で作らされていたが、やや茹で加減が甘いが、ヨレもせず、なかなかの出来。船山はこの11月で7年目に突入とやら。もうそんなに立ったかしらん、と、月日の足の速いことにいささか愕然。帰宅10時半、光文社から『カラサワ堂怪書目録』あとがきの赤入れゲラがFAXされている。まさに今日は赤入れデー。頭痛いささか残るので風邪薬類服用して就寝。

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