裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

1日

土曜日

女闘美で通じ合う〜

 そういう仲になりたいわ〜(キャットファイター同士の友情。ちなみに女闘美は、“めとみ”と読みます)。朝、8時起床。寝床で文藝春秋から復刻された、レオポール・ショヴォ『年を歴た鰐の話』を読む。訳者は山本夏彦である。山本夏彦が死んだとき、私は日記に“つつしんで冥福をお祈りし、あわせて出版書律に、彼がそのひねくれ精神で最後まで復刻を認めなかった戦前の名訳『年を経た鰐の話』を、ぜひこの際に復刻していただきたいとお願いするものである”と書いた(“経た”というのは誤記である)。みんなそう思っていたと見え、死んだとたんに復刻。故人の遺志をふみにじる行為なわけだが、山本ファンたちも大満足で、怒る者はいるまい。生者と死者の関係はまず、そんなものである。

 読んでみるに、やはりいい。文章がいいのはともかく、ショヴォの直筆になる挿絵がいい。ヘタな絵なのだが、その下手なところが実におしゃれである。アール・ヌーヴォーの雰囲気が出ている。19世紀のイギリスやフランスには作家が自作に自筆の挿絵を描いたものが多い気がする。『ドリトル先生航海記』のロフティングや、『ぞうのババール』のド・ブリュノフ、それからカミなんかもよく自作に挿絵を描いていた。いずれもうまくはないのだが、そのうまくないところが味になっていて、なんとも言えない19世紀調で、結構である。福音館から出ている『子どもを食べる大きな木の話』という、なかなか結構なタイトルの本も買ってみようか。こちらはレオポル ド・ショヴォー名義のようである。

 空はどんより。朝食、キャベツサラダ。入浴、洗顔などいつもの通り。日記書くが書くことが多くてなかなか進まず。この10月の日記の毎日の記述の分量の多さは、『裏モノ日記』始まって以来のものになっている。とりたてて、これまでの月に比べ大きな日常の変化などはない筈なのだが。仕事で目の疲れ相当なものらしく、突如、眼前のものが二重にダブって見えるようになったときはやや、あわてた。急いで窓外の遠くの方を眺めたら、焦点がやっとあって回復。眼筋のスジ違いみたいなもの。

 札幌の母から、惣菜類が届く。11月前半は忙しいので、何か簡単に食べられる惣菜を頼んでおいたのである。けんちん汁、牛肉のトマトソース煮、ウナギとゴボウの炊き合わせ、味噌味のキンピラゴボウなどが送られてきた。さっそく新米を炊き、それらで昼食。キンピラがなかなかの味。

 食べ終わって、カバンかつぎ、神田神保町。雨がいまにも降りだしそうに雲が厚いが、傘はメンドくさいので持たず。地下鉄に乗ったら、隣の席の若いお姉さん(若いと言っても20代かなり後半だろう)が、何かを一生懸命ノートにとっていたが、やがてくたびれたか、コックリコックリといねむりをはじめ、私の肩に寄りかかるように体重を預けてきた。さりげない感じで、押し戻しているうち、ふと、手にペンを持ち、ノートをひらいたままの、その書き写している文章(メモ帳をひきちぎったものにエンピツ書きされたメモを清書していたらしい)の内容が目に入った。
「それにしてもはだかじゃしょうがない、あたしの羽織をあげるから、とりあえずこれを着ておいで」
「ありがとうございます」
「着たかい、よしよし、じゃあ、うちに連れていってあげるからね、後をついて……おいおい、なんだってよそのうちの門口にしょんべんなんざひっかけるんだ」
 ……というもの。落語の『元犬』ではないか。いったいなんだって、若い女性が、地下鉄の中で『元犬』をノートに一生懸命書き写していなければならないのか。忘年会の余興の稽古か、それともどこかの落語家の弟子の女流か。思わず、痴漢みたいに彼女の寝顔からつま先まで、じろじろ眺めてしまった。彼女は九段下で目が覚めて、あたふたと降りて行ったが、国立演芸場最寄りの半蔵門か永田町で降りるのを乗り過ごしてしまったのではないかと踏んだ。

 神保町古書会館の、神田古書祭市。いつもの古書展の三倍くらいの入りで、さすが古書祭の時期は違ったもの。ただし並んでいる本は雑多で、脈絡なし。場内を二回りして、8千円。伊藤晴雨のあぶな絵のスケッチ原画が20万円で出ていた。出て、すずらん通りを歩く。さまざまな出版社の在庫セールや、サイン本即売会が開かれているが、空模様がいまにもポツポツきそうなのが気になる。早川書房のブースをちょいとのぞいたら、私のサイン本がいましも一冊、売れたところだった。久しぶりにキントト文庫に立ち寄り、それこそ早川のSFマガジンの図版に使うブツを一点、買う。

 また半蔵門線で帰宅、表参道で降りて紀ノ国屋で買い物。タクシーで帰る。今日は足も痛まず、結構な古書街めぐりになった。パソコンに向かって仕事、しばし。昼間上げられなかった日記をアップ。メール、と学会例会関係のもの多し。まだ11月になったばかりで、例会は月末なのだが、しかし心の方は直前、ということになっているのであろう。

 8時半、夕食の準備。ラム肉をフードプロセッサにかけてミンチにし、タマネギ、ニンジン、ショウガのみじん切りと一緒に炒める。酒と水を加えて煮、ギョウジャニンニクのタレで味を付け、最後に片栗粉でトロミをつける。これを先にごま油で焼いておいた茄子の薄切りの上にかけ、花巻を添えて出す。マーボ茄子のギョウジャニンニク味。なかなか結構なものに仕上がった。他にダイコンとアサリ剥き身の小鍋、生麩を使った炒め物、それとけんちん汁。

 DVDで、タイ版の『ジャンボーグA対ジャイアント』。以前SF大会やオタクアミーゴスで紹介したものの完全版DVD。前にLDボックスで出ていた『ジャンボーグA』の特典映像として、この作品のラッシュフィルムの一部がついており、完全版はフィルムがもう残っていないとのことだったが、ちゃんと探せばあるもの。もっとも、日本に残っているフィルムでは、立花ナオキはA内部で、潜望鏡をのぞきながら戦うことに変更されていたが、こっちではテレビと同じになっていた。もちろん、画 質とかひどいものだが、なんと二枚組DVD。

 LDに収められていたのは日本側で撮影した特撮部分だったが、こっちのにはタイでの特撮も入っている。チャチ極まりないぬいぐるみの、神聖なる宝石を守る三つ首の怪獣とか、ジャイアントの家来(?)みたいな老神が最初に出てきてジャンキラーと戦うシーンとかがある。この老神のデザインがやたら古怪で、不気味でいい。以前は音が悪くて聞き取れなかったのだが、協力して敵を倒したジャイアントとAは最後に“サヨナラ!”“アリガト!”と言って別れる。タランティーノに見せてやりたい ような気が。

 酒はスタウト小瓶一本に、日本酒(菊正宗)茶碗酒で二杯。家で飲むと、すぐアルコールが回ってやたら早く眠くなるのがここのところ毎度。よほど体力的に落ちているのだろうか。11時半、就寝。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa