裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

17日

月曜日

パトレイバー私が恋を恋をするなら

 実写化のお願いきいてきいてほしいの(そう言えばだいぶ以前にあったと思ったがどうなったんだろう)。朝、7時半起床。朝食、K子にはパンが切れたのでパスタを茹でて。私は昨日と同じくセロリ、トマト、バナナで。産経新聞の投書欄にフランス創価学会理事長なる人物から、11日付“正論”欄で評論家の屋山太郎氏が“創価学会はフランスでは布教運動防止対策カルトと指定されている”と書いたことに対し、“フランス創価学会がそのように指定された事実は一切ない”と反論しがなされていた。確かにこの反論が言うように、2001年に成立したカルト教団抑制強化法で創価学会がカルトと指定された事実はない。と、いうより、もし指定されていたら即座にフランス創価学会は解散もしくは活動禁止を命じられているはずで、現在も存続しているわけがない。実際にはこの法律の成立以前に、創価学会はフランス国民会議で二回、カルトであると報告されて、いわばリーチがかけられた状態で、いま、なりをひそめているわけである。したがってこの反論の“しかしながらフランス創価学会が「布教運動防止対策カルトと指定」された事実は一切ありません”と言うのは、まあ事実なのではあるけれども。

 今日はうわの空藤志郎一座の芝居公演、朝、招待状はどこにいったかな、と台所の机の上を探していたら、夏コミの売上げの残りの二万円が、封筒に入れ忘れたままで出てきた。思いがけない小遣いで嬉々としてしまった。ミリオンNくんから電話で、『別冊GON!』のゲラチェックの件。つまらぬところ一箇所のみ。ワールドフォトプレス『フィギュア王』原稿、何カ所か文章を洗い直して構成をスッキリさせてメール。ここは今度担当さんが変わったので、一度顔つなぎでメシでも食べましょう、と言っておく。沖縄の中笈さんから電話、私の朝食用のイモを送っていただけるとのこと。有り難し。

 トイレ読書、このあいだからはパール・バックの『大地』新潮文庫版全四巻にチャレンジしている。これは全くの初読で、長いことこの四巻揃いが書棚にあるのが気になっていた。読んだこともないくせに、小松左京からの受け売りで“『大地』には飢饉で食うものがなくて土を食うシーンがあるんだけど、珪藻土の粘土というのは食えるんだよ”などとウンチクを語っていた。読んでみるとさすがに面白い。トイレ滞在時間がかなり長くなった。土を食べるシーンも出てきたが、想像していたような、粘土を羊羹のようにムシャムシャ食うのではなく、畑の土を水に溶かして飲ませるので あった。

 笹公人さんからメールで、11月20日〜12月2日まで、学芸大学のギャラリーで田中英樹氏のイラストを展示した『念力家族』展が開かれるので、そこに何かコメントをいただけないかという依頼。ただ褒め言葉を並べても芸がないので、少し頭を ひねって、“と学会でも話題騒然!”と詞書をつけて、
「オカルトの欺瞞を暴く会合の今日の話題は念力の歌」
 というまずいものをひとつ詠んでメール。と学会なら“欺瞞を嗤う”の方がピッタリくるのだが、それだと知らない人にはよく伝わらないと思ったので。
http://www.linkclub.or.jp/~electron/index2.html

 昼は雑用がてら四谷三丁目に出る。小春日和の陽気で、神宮外苑の周辺には紅葉をスケッチしている人の姿が大勢。用事は結局果たせずに終わり、四谷セイフーに立ち寄って帰宅。ジャムパン一個と牛乳で昼食。横になって資料本読んでいたら、“宣伝会議”から電話インタビュー。ゆまに書房の『カラサワコレクション』についてのことだった。ちょうど、担当のTさんから各メディアでの反応の件で手紙を貰っていたところだった。こう矢継ぎ早というのは珍しい。三十分ほど話す。学生時代に古書店で出会った本に読んでハマり、“この本は俺の手で再び世間に出してやらねば!”と誓ったことが四半世紀後にこうやって実現している、私は果報な本読みである。

 夕方6時、外出。池袋シアターグリーンにてうわの空藤志郎一座『ロマンティックエイジ』公演最終日。行くとちょうど開田夫妻が入るところだったので、隣り合って坐る。送った花を確認したら、かなり派手目な花種の選択。花を頼むときに“どういうものがよろしいでしょうか”と訊かれて、“コメディ公演ですんで明るい感じで。……あ、でも大正時代の話だそうだからちょっと上品に”と言ったら“難しい注文ですねえ”と笑われた。席についたが、前の方にデカい連中が並んで座り、よく舞台が見えない。“あっちに小柄な女性がいるから、その後ろに移ろう”と移動したら、そ の小柄な女性というのが宇多まろんだった。

 うわの空の公演パンフは基本的に一枚の紙を折っただけのものなのだが、今回は特別編で12頁もある。いつも出演者の似顔絵を描いている土田真己さんのマンガに、一応漫画家のベギラマこと牧沙織のマンガ、村木座長の“日本一ヘタな”マンガ、そして今回ゲスト出演しているみずしな孝之さんのマンガと、マンガが四本も載っている。土田さんの座員みんなの似顔絵が毎回味があって気に入っているのだが、みずしなさんの絵もさすがプロ。9分の好意と1分の悪意がある。ベギラマの似ているのに は吹き出した。

『ロマンティックエイジ』、すでにうわの空も通いだして2年目、5回の公演を観ているので、安心してというか、どこに楽しみ様があるのかは大体心得ている。前半、千秋楽で村木さんがだいぶ声をやっているのが痛々しかったが、後半から見違えるように(いや聞き違えるように、か)声が出てきたのがさすが。大正時代というククリはあるが、別に時代考証を厳密にしているわけではなく、村木脚本お得意の“過去”を設定するための便法、というくらいの味付けだった。尾針恵を狂言回しにして話を進めるのはこれで三回連続で、ちょっとパターン化してきた気もするが。

 公演のあと、村木さんが“ちょっと今回は出来が悪くて……”と言っていたが、そんなこともない、ちゃんとギャグのつるべ打ちもあり、キャラの意外な素性というお約束もあり、と、おさえどころのツボは全て押さえてあったと思う。ややこしい人間関係を説明するのに“説明されの介”なる人物を設定して全部すませてしまうというアイデアには脱帽。ただ、これまでのうわの空の芝居なら、ホンでもうひとひねり、演出でもう一押し、演技でさらに一押しして、日本のコメディの伝統である、“クサさ”を、照れを乗り越えて観客に提示していたところが特長だったのに、あっさりとラストに持っていってしまったために、ちょっとこれまでのうわの空テイストを期待していた人(私も当然、その一人だが)には肩すかしを食わせたかもしれない。正直言って不完全燃焼だったと思う。もちろん、『サヨナラ』のような完成度を毎度毎回の舞台に要求してしまうということも、ちょっと観客のワガママである。とはいえ、これから来年の紀伊國屋などに進出すれば、これまでとは比べものにならぬくらいの観客や批評家のワガママにこの一座はさらされることになる。それに応えていけるか どうかが、うわの空一座の正念場だろう。

 ものたりなく感じた原因のひとつが、小林三十朗の欠演にある。今回の舞台で、村木藤志郎のあのツッコミを受けるのは、高橋奈緒美はじめとする女優陣がほとんど。男優は小川和孝も出番が少ないし、みずしな孝之は(一番たたずまいが大正していたけれど)なにしろ初めての出演だし、宮垣雄樹は説明の聞き役であって、男優陣で五分に村木の持っている幼児性サディスティックな攻撃を受け止める人がいないのだ。ここらへんでインパクトが少し弱くなっているのではないかと思う。改めて、ああ、この人は貴重な人なのだなあと、その存在感を再確認した。もちろん、その分は女優陣がガンバっていた。高橋の天然ボケと島優子のツクリボケ、そして小栗由加の体を張ったツッコミ返し。ことに小栗由加、袴姿の似合うこと。今回は演技を褒めるのはやめる。“美人”に見えて、ずっとその姿ばかり、ほれぼれと観ていたのである。失礼だが、これまでは“あ、ああいう子、自分の知り合いにもいるいる”という感じで好感を持って観ていた。今回、初めて彼女を“女優さんなんだなあ”と認識したので あった。

 牧沙織はやっと舞台声が他の役者さんに拮抗できるまでになった。視線もフレなくなり、役者っぽくなってきた。役どころはこれからも、出てくる男たちに惚れられる美人のお姉さんで定着するのだろうか。吉本新喜劇の船場太郎(二枚目役。現・大阪市議会議長)みたいなものか。くすぐリングスでのはじけっぷりを知っている身としては、もひとつ派手に暴れてもらいたい気もするのだが、しかし彼女が入っていいことがひとつあって、彼女が美人役を引き受けたため、これまで美人役と三枚目役をあわせて演じていた島優子が、三枚目に専念できるようになった。この人のボケの才能は大したものがあると思う。今回の成りきり演技も爆笑ものだった。爆笑と言えば見事な笑い芸を見せてくれたのがゲストで他劇団(PAN PAN PISTOLS)から参加の八幡薫、痩せた笠置シズ子みたいな、ベティ・ブープみたいなその顔はそれだけで舞台を豊かにしてくれている。

 終えてラク日の三本締めにつきあい、そのまま、会場での打ち上げにつきあう。今回でこのシアターグリーンは改築により取り壊されてしまうそうだ。学生時代、こういう小さい劇場にほぼ毎日、通っていた身としては、どんどんこのようなスペースがなくなっていくのが寂しい。金魚鉢(調光室)の中の配電盤のレトロな感じに開田さんが感激して写真を撮っていた。若手座員が買ってきた(宮垣雄樹さんなど、着流しの舞台衣装のままコンビニに走ったらしい)缶ビールで乾杯。団員以外の紹介があったが、今日はまたマンガ業界関係が大変な濃さ。みずしなさん関係で日本橋ヨヲコさんが来ていたとかはまあ当然として、『カイジ』の福本伸之氏、『ぎゅわんぶらぁ自己中心派』の片山まさゆき氏のお二人が、マンガつながりでなく、牧沙織の麻雀つながりで来ていたというのに仰天。島さん、ツチダマさん、小林さんなどと芝居の話やうまいものの話。宇多まろんはバカ自主映画を作っているという、麻草郁さんという人とその彼女を連れてきていて、麻草さんは私の本もかなり読んでいるそうで、紹介してくれた。話の中で、リストカットのことが出てきて、あれをする子はもう、タバコ吸うとかコーヒーを飲むというのと同じ感覚で手首を切るという。あやさんの顔見知りで、コミケに行くときの電車待ちで手持ちぶさただったので、“とりあえず切ってみました”とリスカして、血のにじんだ包帯巻いて同人誌売っていた子がいるとい う。凄まじい。

 楽しく話して騒いで飲んで、ふと気がつくともう12時。あわてておいとまし、新宿まで開田夫妻と一緒に山手線で。そこからタクシー。K子は今日は船山で食事したとか。“そっちは何食べたの?”“……うーん、つまみの乾きものと、コンビニのお寿司”。しかし乾きもので酒を飲むのはひさしぶりの体験で、何かうれしかった。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa