裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

13日

木曜日

先生のおにぎり

 Teacher’s lunch,I wanna eat teacher’slunch……(ドリス・デイ歌)。朝7時半起床。朝食、ふかしイモにスープ。ふかしイモは越前のとみつ金時というやつ。甘いが、やはり五郎島金時には一歩劣る気もする。イモ如きの味でどうこう言うのは男としていかがなものかと思うが、やはりきちんと目玉焼きにカリカリベーコン、バタトーストで朝食を取りたいところを健康を考えて我慢してこういうメニューにしているのだから、味にはこだわりたい。昨日買ってきた二十世紀は、やはりすでにラ・フランスみたいな食感になっており(やは り熟成させるとなるんですね)、ダメ。

 朝のうちに二回はトイレに行くのだが、今朝は完全な水様物しか出ない。風邪が腹に入った感じである。さては体のダルさも風邪のせいかと自己診断。このあいだ腰に来かけた風邪を早めに気づいて押さえてしまったものが、まだ体内でくすぶっていた のかとも思う。口の中も妙に乾く。麻黄附子細辛湯をのんでおく。

 このあいだ行った東北沢の和食屋さん『和の○寅』のご主人(息子さんのほう)から、メール。先日のことをこの日記に書いたら、どこかで検索したか人が教えたかでそれを読んだらしく、“メニューを全部覚えていて書き込んでくれたお客様は初めてです”と、感激してメールくださったのであった。届いたのが昨日の深夜だったが、メールにわざわざ“夜分失礼します”とあるのが律儀な性格を表していて結構であっ た。ところでこの店のサイト
http://www.asahi-net.or.jp/~ey8t-kmym/wanomarutora/
 に、一周年記念でお客さんから送られた花の写真が飾ってあるが、その中に、名札に“CLAMP”と書いてあるのがある。“あの”CLAMPか?

 同じくメールで、と学会MLでちょっとした話題になっているのが
http://www.asahi.com/column/aic/Tue/d_takuki/20031111.html
 ここ。鐸木能光という筆者が、と学会(“と学界”と誤記しているが)を野暮だと言い、自分は“へ学会(これも“界”になってる)に肩入れする、と主張している。
「噂では、この“と学界”に対抗して“へ学界”なるものもあるとか。“と学会”がいくら“こんなものはトンデモだ”と告発しても、そんな圧力は“へ”とも思わず、黙々と、あるいは嬉々として、“トンデモ”ないものを発表し続ける異端者団体らしい。“へ”は“と”より先を行く(いろはにほへと、の話ね)から、“と学会”は永久に“へ学会”には勝てないのだとか。この世界(どういう世界だ?)も奥が深い?のだなあと、感心させられますね」
 ……などとはしゃいでいるが、読んで笑ってしまった。この“へ学会”なるものは実はと学会の著作である『と学会白書vol.1』(イーハトーヴ出版)の中で、と学会エールコラムを書いていただいた建築探偵の藤森照信教授がジョークとして“一 説によると……”として出したものなのである。それを、
http://www.yk.rim.or.jp/~h_okuda/wwf/togakk01.htm
 ここのサイトの筆者が出典を明記せずに引用し、それを読んだ鐸木氏がそのまま又引きしてしまったわけである。別にと学会が野暮でもなんでも構わないが、それをからかおうと思ってした引用が当のと学会の著書からのものであった、というのは少し恥ずかしい。このasahi.comには以前は植木不等式氏の連載コラムがあったりして楽しみに読んでいたのだが、いつの間にこんなに質が落ちたかなあ。

 昨日美好さんに送った『裏モノ日記座談会』稿、筆を入れたものが帰る。さっそく浅野、芦辺両氏に転送。昼は新楽飯店で五目焼きそば。週刊新潮買って読みながら食べていたら、土井委員長辞任の記者会見がテレビに映った。新楽飯店のお母ちゃんが
「この人はいつでも言ってること同じだね、食事でも同じのが続くとあきるからネ」
 と警句を吐いていた。

 帰宅、胃の調子よくなくダラリダラリ。のざわよしのりくんから電話、映画の試写のお誘いだったがちょうど別の用事の入ってる日でNG。少し雑談。『キルビル』ばなし。“栗山千明はこの先、どんな役を演じてもGOGO夕張って言われちゃうだろうからさ、いっそ芸名をGOGO夕張に改名しちゃったらどうだろう”“いいんですか、そんな芸名で”“いいだろう、毒蝮三太夫って前例もあるんだし”などと。

 のざわくんによると、あの映画がサッパリわからん、と怒っているサイトがいくつもあって、そういう風に怒る人間がいればいるほど、あれ(知識ではなく、馬鹿センス)をわかる人間の優越感が増しますね、と。続編がこれで一気に上映館数縮小、とかいうことになったら一番大喜びするのはそういうマニアたちではないかと思う。一筋縄ではいかないのだ。よく、ジョークを楽しむにはまずジョークを話す人間、次にそれを聞いて笑う人間、さらにその脇で何が面白いのかわからずにぽかんとしている人間の三人が必要だ、などというが、そのデンか。そう言えば福田和也が週刊新潮でこの映画が前後編に分けられていることに怒りまくり、観客に対する侮辱だ、深作欣二に献辞を捧げているが、偉大なる商業監督であった深作に恥ずかしくないのか、こんな映画を買い付ける配給会社もロクなものではない、映画ファンたちはよろしくあの映画をボイコットして大ゴケさせるべし、と、何か悪いものでも食ってアタったん じゃないか、と思うくらい大憤慨しているのを読んだばかりだった。

 あれは香港映画の常套手段であって、チャウ・シンチーの『チャイニーズ・オデッセイ』シリーズなんかでもやっていたのを真似しただけ、とはパンフレットのインタビューでもタランティーノ自身言っていることだし、いや、香港ならずとも映画の世界では『フラッシュ・ゴードン』の時代から連続活劇はおなじみの手段(それにインスパイアされた『スター・ウォーズ』がその手法を復活させた)であって、続きものにすることで“これは伝統的B級娯楽作品なんですよ”という意思表示になる。福田が持ち上げている深作欣二だって『仁義なき戦い』シリーズの後半は引き延ばすだけ話を引き延ばして次回作につなげていたし、それを言うならあれだけきちんと完結していた『バトル・ロワイアル』に、当たったからといってすぐ続編を作ってしまう深 作の商売人根性をこそ、福田氏はまず、責めてしかるべきだろう。

 とにかくダルい。頭も働かない。2時に時間割でサンマーク出版の取材があったのだが、うっかり忘却していて、Tさんからの電話であわてて出向く。すでに本(タイトルは『切手をなめると2キロカロリー』)は出来ていて、来週火曜には書店に並ぶとのこと。著者インタビューをサンマークのサイトに載せるというので、Tさんの質問に答える形でしばらく話す。こういうときは舌が体調に関係なく回る。『新文化』(出版業界専門紙)の11月6日号のコピーを持ってきてくれるが、ゆまにの『カラサワ・コレクション』が取り上げられていた。こないだも世界文化社のDさんが同じような業界紙の記事を持ってきてくれていたが、これまでにない業界での注目のされ方である。私のというよりは編集のTさんの企画力であるが。

 帰宅して、自著をチェックしながら横になるが、すぐストンと意識を失う。目がさめたらもう4時半。しかし体調はだいぶ回復。やっと麻黄附子細辛湯が効いてきた感じ。モノマガジンの『トンデモノ探索ノート』原稿(5枚半)、ワリワリと言うイキオイで書いて、6時15分に編集部にメールで送る。SFマガジンもあるのだが、体 力と時間でこれが限界。明日イチに回す。

 6時45分、歩いて数分の渋谷文化村オーチャードホールにて、東京フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会。今回はイギリスからジャスティン・ブラウンを招いて、菊池洋子のピアノと共演でモーツァルトのピアノ交響曲第24番。私がこの文化村オーチャードホールにおいて過去、観たのは『ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃』と、アメリカ版『リング』の試写会。やっと本来の目的でこのホールに足を運ぶ。菊池洋子の背の高いのに驚いた。こないだ聞いた中村紘子に比べると、体型だけで新世代ということがわかる。胸の大きく開いたドレスを着て登場、深々とお辞儀をしたらその奥まで見えそうになって、うわあ、やはり若いだけあって大胆、と驚いていたら、やはり気になったと見え、その次からは胸に右手をあててお辞儀をしていた(そういうところばかり見ていたわけではない)。演奏も若々しく技巧に満ちていてよかったが、やはり思い入れ過剰なまでの表情が気になる。イタリアに住んでいるとこういうオーバーな感情表現が当たり前になるのだろうか。終わったとき客席の二 階から“ブラヴォ!”のかけ声が何度も。

 もっとも彼女はこの一曲のみ。後の二曲はウェーベルンのパッサカリア作品1という小品と、ブラームスの交響曲第一番。ウェーベルンという作曲家は不勉強にして名前も初めて聞いた人だったが、たった10分ほどの演奏の中にシンバル、大太鼓、銅鑼、ハープなどを使ったバラエティに富んだ構成で、なかなか面白い。ブラームスはもうさすが、格が違うという迫力と貫禄で、圧倒される。演奏終了後、和服姿の老婦人が席を立って拍手していたのが印象的。K子は“娘がオーケストラにいたのよ”とか言っていたが。

 9時5分過ぎに会場を出て、華暦で食事。私の日記を見て立ち寄ってくれた人がいる、と女将が感謝してくれた。風邪気味でもあり、アルコールも控えめにして、刺身と冷や奴、ふぐのちり鍋仕立て、それにおにぎり。日本酒熱燗一合。10時には帰宅して、もう一回麻黄附子のんで、すぐ横になる。以前は例年12月に体調を崩していたが、最近は年末進行などのスケジュールが印刷所事情などが変わったこともあり、11月のこの近辺が一番体力を消耗する。来年からはこの時期を気をつけよう。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa