3日
月曜日
コリアンダーどういうわけだ
「(客)この香辛料はまちがっとるよ!」「(シェフ)まことに遺憾に存じます」。朝、7時半起床。いくつか変な夢。歴史劇で“豊臣秀吉の死”というのを演ずるのだが、その上演舞台が札幌のわが家だというものとか、浦山明俊とアイドルのおっぱい 談義をするとか、そういうもの。朝食はピーナッツスプラウトの茹でたの。
朝からしとしと陰鬱な雨。と学会MLなどに書き込み。ゲテモノの話題になったので、ゲテモノ試食サイトとして有名な『ざざむし』を紹介しておく。以前から楽しんで読んでいたが、改めて読みなおしてみて、ミールワーム(チャイロコメノゴミムシダマシ)の味がどろりとしたピーナッツ、という表現にほう、と思った。昨日の日記に書いた、上海ガニの蟹味噌がナッツの味、という私の表現に相通じるものを感じたためである。考えてみれば、虫を食うのが気味悪くて、蟹を食うのが平気、というのはおかしいのである。蟹の姿なんて、どう見ても可愛いとかおいしそうとかは思えない、まさに虫ではないか(『湘南爆走族』の中に“カニって虫の中で一番うめえよなあ!”というセリフがあったな)。昨日の蟹味噌は確かにクルミのうんとコクのある 風味、と言える味であった。
http://www1.odn.ne.jp/setsuna/za_menu.html
昼は外出して、休日なのにちゃんとやっていたキッチンハチローでハンバーグとカキフライのランチ。食べていたら隣の一団が、スズメバチ料理専門店の話を声高にしていた。どうも、ゲテモノ食いに縁のある日である。食べて出て、センター街あたりをぶらつく(雨はほとんどやんでいた)。いつも前を通り過ぎているブックオフで、“ルック”という店がある。ここにぶらりと立ち寄る。エロビデオやエロ本コーナーが奥の方にある定番で、単なるブックオフだと思っていたのだが、映画ポスターなども扱っており、ちょっと品揃えが濃い。DVDで、日立インターメディックス・幻の洋画劇場が、定価の半額で置いてあったので、10本ほどまとめ買いをしてしまい、思わぬ出費。しかし、以前、この日記でも紹介したジェイムズ・キャグニー主演のトンデモアクション映画『東京スパイ作戦』(日本を舞台にした珍妙なセットもトンデモだが、キャグニーが探るのが日本の世界征服計画を記した田中議定書というところも一部の人間には大ウケのトンデモ)が、『日本の血気』なんてわけのわからんタイ トルで出ていたのですな。
体だるく、資料本持ってベッドに入るが、この本が重く、両手で持ち上げるようにして、うーんうーんとうなりながら読んでいた。ふと気がつくと、顔の上にその本を開いたまま乗っけるようにしてグーと寝ていた。本をよけて、そのままずっと熟睡。 ふと目が覚めると、もう5時過ぎ。3時間近く寝ていた。
やや元気を取り戻し、急いで『Memo・男の部屋』原稿。7時までに完成、1時間半で四枚見当。編集部とK子にメール。あと、筑摩書房の落語本の原稿チェックにかかるが、頭がボーッとしてきて、手につかず。雨の日は仕方ない。光文社『女性自 身』から、明日のインタビューに関しての確認。
8時40分、仕事場から戻ったK子と雨の中タクシーで東北沢、先日K子が虎の子の萩原さんと言っておいしかったという食事処へ。大山を左に切れて東北沢の踏切にぶつかる通りと茶沢通りの交わる近くにあるのだが、乗ったタクシーの運転手さんが東北沢という駅を知らず、茶沢通りという通りも知らず、という有様なので、途中で乗り換える。広い東京、回るエリアが違えば知らない区域があるのも仕方ないが、東北沢というれっきとした駅を名前も知らない、ということと、それに対しすいませんの一言もなく、“知りませんね”“わかりませんね”“乗り換えますか?”と極めて 冷静に言われたので、ちとムカつく。サービス業の本分を知らない。
ちょうど降りたところに別のタクシーがいたのでそっちに乗り、こちらはちゃんと知っていて、東北沢駅踏切手前の和食屋『和の○寅』へ(何と読むのだろうか?)。玄関は間口が半間の、小さなお店という感じだが、中は案外奥深く出来ている作りであって、10席ほどのカウンターと、テーブル席二つ、それに暖簾で仕切られた、個室のような二人席がある。今日は雨のせいもあるのか、われわれだけ。もっとも、入れ違いという感じで帰ったお客さんがいたそうである。人当たりのよさそうな若いご主人と、そのご母堂との二人でやっているお店。料理はすべておまかせのコースだという。席についてまずビール。それから、能登の伝兵衛というお酒を燗で。錫のちろりで燗をした酒は、能登酒らしく高級ぶらず飲みやすく、非常にいい。輪島の酒造のものであるという。聞きそびれたが、この店、以前下北沢で営業していたときは“小 松”という店名だったそうだし、金沢出身なのか。
料理は前菜が自家製豆腐の生ウニのせ。生ウニも豆腐も新鮮このうえないので、塩をぱらりとふって食べる。K子の分の生ウニも当然いただく。ウニの風味がワサビと解け合って、口中に濃厚さとさわやかさのハーモニーによるメロディが流れる……などと気障ったらしい表現をしたくなるが、要するに新鮮なものはシンプルに食えば食うほどウマイ、ということである。豆腐はまるでミルクのような甘味であった。
それから先付け、煮鴨のスライスに砂肝のウスターソース炒め、どんこ椎茸の含め煮。鴨には辛子バターを添えていただく。和辛子と常温にしたバター、それともうひとつなんだったか忘れたが、三種を練り合わせたもので、非常にマイルドで味わい深く、これだけ舐めても酒がいけるという代物。砂肝はケチャップとウスターソースに一晩漬け込んだものをスライスして炒めたもの。椎茸の含め煮はどんこの干し椎茸を戻して、薄甘く煮付けたもの。口取りの椎茸というのはおせち料理に入っていても、まず誰も手をつけずに雑煮に転用などされてしまうが、ここのは噛みしめると椎茸の旨味、それも自然そのままではなく、一旦干されて太陽の光線によって強化されたグアニル酸の風味が舌に染み渡る感じで、まずこれまで食べた椎茸の煮物中の尤物。
それから特別に、今日はルッコラのいいのが入ったから、と、クレソンとあわせてグリーンサラダを作ってくれる。ルッコラの辛味とクレソンの渋みが口中をさわやかに洗う。ドレッシングは菜種油とレモン汁、塩と胡椒のみのシンプルなもの。で、その後お造り。コハダ酢締めにまぐろ中トロ。コハダはもうしんこの季節が終わってしまったのでやや、大ぶり。とはいえまずまずの味。さらに牡蠣の天麩羅。大粒で、最初は塩のみで味わい、後にレモンをかけて。その後、ここのオリジナルの蒸し物で、昆布と干し椎茸のスープに、ごま油で揉んだ白菜、小ぶりの牡蠣、シメジを入れて蒸したスープ。塩気のほとんどない、出汁の旨味のみで味わう、薬膳のような一品。
それから今日のメイン、マコモダケの焼き物。マコモダケとは真菰の茎に黒穂病の菌が寄生することで、新芽の茎が奇形化して肥大したもの……と書くと食欲がなくなりそうだが、これがウマイ。好物のひとつである。真菰はタケノコとは全く味が違うのに、この病変部分は、見事にタケノコの味、それもタケノコの柔らかい先っちょの部分の味と歯触りがし、しかもタケノコの先っちょは非常に量が少ないのに、このマコモダケは肥大するのでデカいのである。うれしい奇形化ではないか。竹というのはイネ科植物だが、ひょっとして、この奇形化したマコモダケが形質を定着させて、そこから進化したのではあるまいか、とも思う。ともかく、そのマコモダケを茹でて出し汁に漬けておいたものを、天火で焼くのである。シンプルと言えばシンプル、手が かかっていると言えばかかっている料理だ。
この店は料理と料理の間にちょっと間があく。それがいらつく人もいれば、その時間を利用してご主人親子と話が出来るのがうれしい、という人もいよう。そこらへんで評価が分かれそうである。ホヤのシオカラを可愛い容器に入れて出してくれて、それで酒をちびちびやりながら、雑談。某有名レコード会社の人たちが、某有名(なのであろう)海外アーティストを連れてお忍びで来店したときの話などを聞く。その有名アーティスト(たち)というのが、全員ベジタリアンで、最初予約のときに、“カツオ節は使わないでください”との旨を注意されたそうである。しかも、中に一人、ウルトラ・スーパー・ピュア・ベジタリアン(これ、定義はいろいろあるらしいが)がいて、小麦粉もダメ、というのがいたので、野菜テンプラもみな素揚げにしたとの こと。
「そのくせ、サシミは食べたい、とか言うんですよ」
というからわけがわからない。最初は電話で“貸切にしてくれ”と依頼してきたそうだが、その言ってきた貸切値段が案外セコかったのでそれは断ったとか。要するに有名とは言っても大したアーティストではないのであろう。日本人の外タレ甘やかし はお家芸みたいなものか。
最後にカラスミを焼いてもらい(おれんちのものとはまた異なった味)、酒はその程度にして、ご飯を一口、イクラご飯にしてもらって食べて出る。コースというのがこちらの好みや腹都合でメニューを決められないもどかしさがあるし、われわれのようにバカばなしを気楽にしながら飯を食うにはやや上品すぎるかな、とは思うが、しかし清潔感あふれる結構なお店ではあった。外に出るに、雨はあがっていたが、タクシーがなかなか来ないで、しばらく立ちんぼうとなる。12時、帰宅。