裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

14日

金曜日

トミノ理論

 だから、ガンダムが一本流行ると、他のアニメもみんななだれ式にガンダムみたいになっちゃうの! 早く寝たので朝、4時半頃に目が覚めてしまい、本を読んでみたり、ネットつないで見たり。5時半にまた床に潜って無理に目をつぶる。やや寝られたらしく、夢を見た。変な夢で、メインのは朝ぼらけの頼りない光の中の、どことも知れない家で死んだ祖母と話しているというものなのだが、“その夢を”、ガラスのはまったカウンター(役所の窓口みたいなところ)越しに私自身が眺めながら仕事をしていた。いわばカウンター越しに次元が分かれているのである。仕事はなにやらゲラ原稿のチェックらしく、河出書房のSくんと差し向かいで赤を入れており、彼と、ホラ、巨石建造物のことを何と言ったっけ、エーと、なんでしたっけね、とド忘れをして二人で頭をひねるうち、ア、そうだ、ドメインでなかったかな、と私が言うと、Sくんもそうですそうです、ドメインでした、と相槌をうつ。目が覚めて、ドメインじゃない、ドルメンだろうそりゃ、と、夢の中の自分に向かってツッコミをひとりご ちる。

 7時45分起床。風邪はかなり快方に向かっている。トイレも正常になる。しかし全身、まだ力が入らない感じ。本調子ではない。朝食、とみつ金時、たっぷり蒸すとやや、甘味が増す。それとセロリのスープ、オレンジ半顆。浅野さん、芦辺さんから日記座談会の原稿が戻ってきた。ざっと組み立て直し、K子にアップを依頼。明日の快楽亭の木馬館で使用するプロジェクタにつき、と学会のTさんとメールで打ち合わ せ。

 トイレ読書で楽しんでいた竹内真『粗忽拳銃』(新潮文庫)、読了。さすがに『魔の山』に比べると早い早い(あたりまえだが)。リクツだけは一丁前だがうだつのあがらない落語家の卵が、ある日本物の拳銃を拾ってしまったことから巻き込まれるドタバタだが、ドタバタそのものではなく、そのドタバタを通して若者が成長していく姿を、真っ正面から描いている青春小説。鼻につく青臭さが青春小説の醍醐味であるが、この作品はストーリィ展開の巧さが、その青臭さをかなり中和させていて、そこらが物足りない。とはいえ根っからの悪人はおらず、どろどろの生活苦や人間関係も描かれず、みんな目的意識を持った若者たちばかりで、精一杯努力した者は、それが結果として報いられなくても、さわやかに現実を受け止める。師匠はどんなに意地悪くても、ちゃんと最後には弟子の成長を後ろから後押ししてやることを忘れない。リアリティのかけらもない(最後のが特にリアリティがない)ところがミソである。自然主義文学のおかげで日本にいい青春小説が育たなくなってしまったと言ったのは篠沢秀雄だったかと記憶するが、それはこういうウソを許容できなくなったということだろう。若さとか青春の輝きなんてものはそもそもウソッぱちの世界なのだから。

 SFマガジン原稿、書き出す。素材はたっぷりあるからすぐ書ける、と思いきや、たっぷりありすぎて前半を書き終えてまだ本題に入れず、構成にむちゃくちゃ苦労をする。キル・ビルのタランティーノの気持ちがわかったような気になる。ま、読んで面白いだけの情報は詰め込んだので、あとはざざっとという感じでまとめる。次回に つなげるかどうかはまだ未定。

 もうあとほんの数行で書き終わる、というところで3時。時間割でミリオン出版Yさんと打ち合わせ。K子先に打ち合わせ始めたところ。Yさんの仕事ぶりなかなかであって、ページ割構成案を(1)、(2)、(3)と三種類作って持ってきて、1の場合は文字原稿数がこれこれ、2の場合だとマンガが……と詳しく説明してくれる。どうも説明を聞くに、マンガ部分が多い1が向こうの希望らしく、2、3はこちらのスケジュールを考慮した妥協案らしい。K子が仕事量(アシスタントを入れての)が増えるのはイヤだと主張し、2案に落ち着くように思えたが、なんとか書き下ろし部分にこっちでダンドリを組んで、当初の1案に多少の修正を加えた線でまとまる。頁 割のこまかい部分は全部装丁の井上くんに丸投げ。

 急いで帰宅、4時半になんとかSFマガジン10枚、アゲて編集部宛メール。いつものペースの八割といった執筆ペース。体力のせいか。読み返してみるに、面白さは劣ってないつもりだが。フジテレビとの打ち合わせについてメールが来たので返信、そのあと日時変更についての追っかけメールを出したが返事ナシ。通っているのだろ うね。

 明日の浅草、ビデオデッキを使うのに家に数台あるうちのどれかを持っていくつもりだったが、どれも重く、ポータブルのものをひとつ買おう、と新宿へ出る。出るときに腹が減っているのに気がつき、ふと思い返すと、今日は忙しさにまぎれて昼飯を食い損ねていた。ヨドバシカメラに行くと、思っていた額よりうんと安いのがいくらもあり、一万円切るやつを買う。こんな安いのを買った客に、ちゃんと梱包した荷物 を持ってエレベーター前まで送ってくれたのに感心。

 帰宅して、いろいろと雑用。口が渇いて困るのは麻黄附子細辛湯の副作用。考え事が頭の中に浮かんだりツブれたり。明日は落語会なのでその準備もしなくてはいけないし、冬コミ用の原稿も書かねばならぬのだが、それも出来ずに、ただ資料本など読んだり。8時、センター街、中華料理『白鳳』。こないだの上海ガニがうまかったの で、季節のうちにもう一度食べておきたくて。

 向こうの席に、下町育ちらしいおばちゃんの一団(6人くらい)がいたが、いやその声のでかいこと。ちょうど帰るときで、例のおばちゃん特有の“この何とかの分は私が払うから”“あら、だめだわよ、そんなの、絶対だめ”“いいって! ほら、これ、3000円、ねえちょっとちょっと坊や(ボーイさんのこと)、これ、ね、向こう持ってって。……いいんだってば!”というような会話を、下町風にガラを悪くして、しかも精一杯の大声で言う。おまけにものを落としたりイスを転がしたりなんだり。すでに帰る段でよかった、と思う。まったく、このパワーには太刀打ちできぬ。

 一方で、隣の席には、このあいだも確かにいた、小森和子のNGみたいな派手めのお婆ちゃんと、連れの男が一人。“国際映画際で○○さんが……”というような話をしていたが、どうして映画関係の婆さんというのはみなこうなるだろう。今日は芝居の公演の話をしていたが、演劇関係者らしい初老の相手の男は、露骨にゲイ。すごい取り合わせだなあ、と思い、思わずまじまじ見つめてしまってK子に叱られる。今日はいつもとメニューを変えようと、帆立と豆腐の揚げ団子、カニ肉のスープ、上海ガニは私だけ、それと海鮮おこげ。ここは普通の中華は極めて普通の中華なのだな、とわかった。上海ガニは相変わらず美味だが、このあいだより小ぶりだったせいか、ミソを一人前しか食べられなかったせいか、ミソに酔うというようなことはなし。会計はこないだの半分くらい。帰宅して、座談会のアップされたものの手直しを少し。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa