4日
火曜日
愛とゆう紀だけがともだちさ
そうですねえ、業界で友達って早乙女愛さんと水原ゆう紀さんくらいですかねえ。朝、7時半起床。昨日3時間も昼寝したんだから夜中に目が覚めるかと思ったのだが朝までグッスリと寝てしまった。朝食、蒸かしサツマイモ。今日はレンジにかける時間を2分にして蒸しを10分に短縮したが、やはり中が少しパサつく。スーパーモーニングでにっかつ撮影所の移転問題を取り上げていた。“撮影所がいま、どんどんなくなっていく時代なのだから、こういう歴史のある場所は日本の財産として残しておくべき”という宍戸錠に対し、鈴木清順は“古いものはなくなっていくのさ。むしろきれいさっぱりなくなってもらいたいね”と言う。鈴木清順が日活に受けた仕打ちを考えればこういうことを言うのはアタリ前で、これはインタビューの人選を誤ったというもの。もっとも、清順という人は映画の保存運動にも反対で、ずいぶん昔、キネ旬に“フィルムは滅びてこそ”と書き、赤ちゃけて薄れて無くなっていくのが映画の運命で、無理に延命させようとするな、などということを書いていた。テンからのひねくれ者なのだろう。80歳になってなお、こういうことを主張するというのはなか なか出来ることではない。
昨日じゅうに書くつもりで書けなかった『近くへ行きたい』単行本前書きとあと書き、あわせて10枚、10時半までに書き上げてメール。出してメールボックスをのぞいたら、『クルー』から原稿〆切がとっくに過ぎていますとのメール、なんかやはり頭が働いていない。急いで手持ちの資料の中から使える材料をチョイス、12時までにまとめて(2枚半)、他の連絡事項と一緒にメール。午前中だけで12枚半というのはまあ、私にしては仕事した方か。
レオポルド・ショヴォー『子どもを食べる大きな木の話』(出口裕弘・訳、福音館文庫)がbk1で届いたので読む。“ショヴォー氏とルノー君のお話集2”である。1は『年をとったワニの話』で、すでにこちらで新訳は出ていたのだが、あまりに山本夏彦版の『年を歴た鰐の話』が有名だったので、そっちを先に読むまで、と思い、手にとってなかったのだ。読んでみると、やはり面白い。これはもっと早くに読むべきだった。“あふれるエスプリとユーモア”とオビ文にあるが、むしろこれはノンセンスのおかしみであろう。内田百鬼園の童話集に似た読後感である。
「この本のお話には、教訓はなんにも含まれて居りませんから、皆さんは安心して讀んで下さい。どのお話も、ただ讀んだ通りに受け取つて下さればよろしいのです」
という(『王様の背中』・序)やつだ。そして、百鬼園のものよりもシニカルで、かつ無垢な残酷さがある。動物(と植物)を題材にした5編の話が収録されているが 表題作が最もノンセンスゆえの不気味さを出していていい。
なかで、例外的に教訓まがいのものを読みとれる話が、“小さなクマの話”だ。ぬいぐるみの小さなクマが、子供のない夫婦グマに拾われて、可愛がって舐められているうちに、本物のクマのように動くようになり、それどころか、舐められるごとにどんどん賢くなっていく。そのうちその子グマは、自分のもとの持ち主のトト少年をさらってきて、これも親グマに舐めてもらう。トトはどんどん賢くなり、それにつれて脳みそが大きくなったので、頭が巨大化し、ピンピンに張りつめてしまう。おとうさんグマは心配になって、もうやめたほうがいいんじゃないか、と言うが、子グマは
「ぼくはね、トトが人間たちに、複雑でなぞだらけに見えることを、なにもかもすっきり説明してやれればいいと思うの」
と、なおも彼を賢くすることを主張する。なぞとは何かと問う父グマに子グマは
「たとえば、世界のはじまりさ。それから、悪とは、なにか。たましいは、永遠にほろびないのかどうか。からだと心は、どんなふうに、つながっているのか。などなど さ」
と答える。父グマは不審げに言う。
「その、などなどってやつは、とてもよくわかる。あとのは、ぜんぜんわからない」
「パパには、わからなくてもいいんだよ」
と子グマは答え、なおもトトの頭を舐めているうちに、大爆発が起こる。あまりにふくれあがりすぎたトトの頭が破裂したのだ。頭の中につまった彼の知能は、すこしばかりの煙となって消えた。だが、そのガスは有毒だったらしく、子グマはそれを吸 い込んで死んでしまう。父グマは、二、三回、猛烈なくしゃみをして、言う。
「これで、あの、などなども、そのほかの、なにやらむずかしくてこみいった問題も人間たちにはわからずじまいになったなあ。ルーニション(子グマの名)やトトみたいな、たぐいまれな頭脳の持ちぬしには、みんな、とってもかんたんな問題に見えたようだけどな」
母グマが、
「そんなこと、わからずじまいでも、人間は平気だと思うわ」
と言うと、父グマも、“そう考えたほうがいいだろうな”という。そして
「二ひきのクマは、さめざめと泣いた」
誰が読んでも、頭でっかちな知識人への風刺と読めるだろうこの話だが、巻末に収録されているショヴォーの息子、オリヴィエ・ショヴォーの話によると、父レオポルド自身が典型的な左翼知識人で、常に彼らと交わっていたというから面白い。息子は海軍軍人で、“連中は何事についても誤った観念を抱いている”と吐き捨てる。
「(父がつきあっていた人々は)みな、ろくでもない人々でした。私が“ろくでもない”という言葉でいうのは、左翼知識人のことです。私がもっとも嫌いなタイプの人々です」
「父は働く人・貧しい人々に心を寄せていました。しかし父は一度たりとも働く人・貧しい人々といっしょにいたことはないのです。(中略)父がつながりを持っていたのは、父と同じような人々、左翼のインテリたちでした。父は実際的なことに少しも興味を持てない人でした」
……こういう談話を童話の本の後ろにきちんと載せる福音館も大したものだ、と思う。ちなみに、息子の証言によると、著者の名はレオポルドと読むのが正しいそうで ある。
昼は兆楽でミソラーメン。汗、淋漓と流れる。体のバランスがちょっとくずれている感じ。書店回って、2時、東武ホテルで『女性自身』編集者Dさんと、カメラマンさんと待ち合わせ。時間割に移動して、『トリビアの泉』に関するインタビュー。前に『創』でしゃべったようなこと。たぶん、これから何度もこういうことはしゃべるのだろう。ならばもっとコンパクトに、聞かせどころを作ってパッケージ化しておい た方がいいか。
それから、仕事場で写真撮影。雑談中に、Dさんがゆまにの少女小説傑作選に興味を示すので、話していたら、彼がかなりの“母もの映画”コレクターであることが判明した。三益愛子の『母紅梅』なんて、凄まじいトンデモなストーリィだという。それは是非みたい、と、ダビングを依頼。かわりに『人食いバラ』を進呈。私のように特殊な趣味を持っていると、その分野で話のあう編集さんに出会うというのは極めて 希有なことに属する。
Dさんと打ち合わせ中に、ミリオンのNくん来てしまう。バッティングが判明したのでメールを送って明日に変更してもらいたいと言っていたのだが、朝から忙しくて読んでいなかったらしい。ムダ足を踏ませて悪かった。Dさんたちを仕事場に案内する際に、腰が痛むのを感じる。靴をはき慣れない新しいのに変えたので、そのせいかと思ったのだが、どうもそうでないらしい。Dさん帰ったあとでも、腰骨のあたりが突っ張り、背を伸ばせなくなる。思い出したのは去年、K子の旅行中に同じ症状が出て、ギックリかと思ったら風邪だったこと。今回も風邪と判断。ここ二日ほどの頭痛や目のつかれはなるほど風邪の症状だったか、と腑に落ちた。すぐに麻黄附子細辛湯 を服用。
少し横になろうかと思ったが、メールボックス見たら光文社の、こっちは文庫担当のOさんから『カラサワ堂怪書目録』文庫本のゲラチェックとあとがきを急ぐようにとのメール。これまた風邪のせい(にしてしまうが)、届いたことも失念していた。ざっと目を通し、急いであとがき原稿4枚を書き上げて送る。なんか今日は前書きと後書きばかり書いていたような気がする。講談社Yくんからは朝送った原稿分以外の 部分のゲラが届く。これは今週中もどし。忘れてはいけない。
腰、あいかわらず力が入らずにフラフラしているが、前回のように、動かすたびにアイダダダダ、というようなことにはならず。早めに処置したのがよかった。何事にも経験値は大事である。タレ屋ソラチの人とメール交換、ギョウジャニンニクタレの 料理などをレクチャーする。あと、ちくまの原稿、頭ボーッとして不捗。
9時15分、家を出る。腰、まだおぼつかないので用心のために、骨折の折り(何か変な言い方だが)に井上デザインの井上くんから貰ったステッキを持っていく。中目黒で待ち合わせ。路上のベンチに、杖を前につくようにして座るといかにも老人ぽくてなかなかよろしい。45分、K子来て、一緒に中目黒『すし好』へ。ちょっと駅からは距離がある。店内異様に明るく、テーブル席もおしゃれで、寿司屋というよりは喫茶店みたいな作り。黒生ビール一本、熱燗で、アイナメ、甘エビ、ネギトロ巻、アナゴなど握ってもらう。おつまみはイワシにサンマ。甘エビが一カンに三尾も乗っていた。また安い。帰宅12時、ダメ押しで麻黄附子細辛湯とルルをのんで寝る。