裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

21日

火曜日

筆圧! 仕掛人

 ペン先で人を殺す仕掛術の持ち主。朝、5時に目が覚める。早く目が覚めるのは鬱病の症状と聞いたことがあるが、鬱じゃないとは思う。いずれ老化現象には違いないだろうが。起きだして、昨日のサンマークの残りコメントを書く。三本きりだが、な かなか時間がかかってしまった。

 6時半、寝床に戻り日本随筆大成7『蜘蛛の糸巻』読む。山東京伝の弟・京山の昔がたりの随筆だが、兄の京伝のおしかけ弟子あがりで、後に京伝と肩を並べる売れっ子となった滝沢馬琴のことを、憎々しげに書いているのが面白い。医者の弟子で食い詰め、一文無しで転がり込んできた馬琴を居候させて衣食を与えてやり、板元の蔦屋の番頭の職を世話してやり、最初の頃はそれをありがたがって、自著の署名にいちいち“京伝門人”と記していた馬琴が、だんだん書くものが人気になり、自分の名が上がると京伝の京の字も口にしなくなり、京伝の死にあたっても息子をよこしたきりで自分は顔も出そうとしないのは人倫とは言えぬ、と大憤慨している。もっとも、馬琴が貧乏なころ、占い師になって稼ぐため旅に出、しばらく消息がなかったのを京伝は“あいつは山の中で狼に食われた”とかと噂して笑っていた、と京山は書いている。江戸っ子の典型のような京伝の口の悪さに、カタブツの馬琴は辟易していたのではないか。どちらかというと(いや、言わなくても)京伝タイプの私としては我が身をふ りかえって苦笑モノである。

 そう言えば半村良の『およね平吉時穴道行』も冒頭で馬琴と京伝の確執を語っていた。この原作、NHKで単発ドラマ化されたが(由美かおる主演)、京伝は西沢利明が演じていた。幕府の出版取締令で手鎖の刑を受け、憮然として、しかしシニカルにかまえ、手鎖のままのみにくそうにキセルを使うあたり、名演だったが、実際の京伝はこんなクールな男ではなかったろう。この西沢京伝、膨大なデータを集めた『配役 宝典』のサイトにも載っていない。惜しい。

 7時半起床、朝食は昨日と同じキャベツ。紅玉リンゴを千切りにして一緒に食う。トイレ読書、一日数ページという微々たるペースで、しかも資料本の読み込みが必要なときはそっちにしばらく時間をとられるという条件ながら、日々の蓄積は馬鹿に出来ず、上下巻で千三百ページもある新潮文庫『魔の山』も、そろそろ読み終わりに近づいてきた。もっとも、さすが長大極まる作品で、作者が“この物語にしても、いつかは終わるのである”と記してからでさえ、まだ一六○ページ以上ある。

 サンマークTさんから奥付の著者プロフィールチェック稿FAX。赤入れて返す。残りゲラ(指示の赤を入れたもの)1時受け渡し。それまでに前書きと後書きの原稿を書く。プリントアウト(さすがトナーを新品に交換したので綺麗な印刷だ)を持っていき、手渡し。これからTさんは社で部数等の決定会議。頑張ってください、とお 願いしておく。

 帰宅して、仕事。モノマガジン原稿、〆切は明日だが、昨日電話で“今日じゅうにアゲちゃいます”と言った手前、これをやる。電話、メールなども頻繁。共同通信から、今回の衆院解散・総選挙について、コメントをしてくれという依頼。明日、お願いしますというから、どこか喫茶店ででも話すのかと思ったら、明日の二時くらいにまた電話するので、内容をまとめておいてほしいとのこと。あと、だいぶ以前にやった芦辺拓さん、浅野耕一郎さん、美好沖野さんとの『裏モノ日記座談会』、ようやくテープ起こしがあがってきた。まあ、あれを何とかスジを通してまとめるのは大変であったろうなあ、とアスペクトのKさんに同情と感謝。だいぶ手を入れないと形にな らないが、まだ時間がとれない。アップはもう少し後になる予定。

 モノマガ、6時半に原稿アガリ。記事タイトル下のトレーラー(アオリ文句)まで書いたのは初めて。そのあとずっと、溜まった日記を書く。数日前のこととなると、細かいデティールをだいぶ忘れているものである。令の有栖川宮家詐欺、とうとう逮捕されたらしい。ひさびさに、いい感じにアヤシゲ極まるキャラクターで、大いに楽しませてくれた。こういう人物は保護しておくべきである。9時、家を出てタクシーで東新宿まで。ポーランド語教室終えたK子と幸永で待ち合わせ。幸い、待たずに入れた。このあいだ、ここに(さんなみの帰りに)寄った平塚夫妻が、“豚骨タタキが無くなっていた”と言っていたが、これはメニューを新しくしたときに記載し忘れていて、そのままなのである。一度指摘したのだが、まだ載ってないまま。客のほとんどが常連なので、メニューなどみないで頼むからかまわないのか? もちろん、頼んだらちゃんと出てきた。

 ホッピーもいつものように頼むが、出てきたのが黒ホッピー。二杯目は普通のが出てくる。メニューに黒ホッピーが付け加えられているが、レジ脇の黒板に、店員さんへの注意書きで“今日から黒ホッピーが入ります。ビンに白いスジの入っているのが黒ホッピーです。間違えないように!”とあった。さっそく、間違えたわけである。まあ、いいが。極ホルモン、ゲタカルビ、豚足、テールスープなど。このところ、胃 が少しもたれているのでさすがに脂がきつく感じる。冷麺二人で分けて〆メ。

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