裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

10日

金曜日

すごく変

 絵のために娘を火の中で見殺しなんて、へ〜ん。朝、7時半起床。朝食、枝豆とアスパラ。西村で買った青森の二十世紀。鳥取、長野と産地をだんだん北上させた二十世紀梨、ついに青森に到達。読売新聞にはさまって、最近新聞の集金詐欺が横行して いるのでご注意、というチラシが入っていた。

 午前中ずっと、モノマガジン原稿にかかりきり。9時〜11時までの2時間で5枚強、完成させてメール。執筆しながらネタの海外サイトをのぞき、ざっざっとその内容を翻訳しながらの執筆だから、案外能率はよかった方と言える。執筆最中に電話あり、しばらく連絡のとれていなかったM・F社のTさん。連絡中断で進行がストップしてしまっていた本(と学会関連)の件なのだが、中断の間に執筆担当者のテンションも下がってしまっているし、担当編集さんが表に立たずに代理の人がMLで対応というのもよく本の形が見えなくなってしまった原因の一つだし、出した原稿を途中から規定を変えて没にするなど、執筆者の感情を逆撫でする行為もあったことだし、私としては再開は難しいんじゃないか、という感じ。もし、どうしてもと言うのだったら、次の例会にTさんが出席して、執筆メンバーにもう一度再立ち上げするにあたっての企画書を配って、理解を求めるしかないと思う。その旨を告げて電話切る。

 昼は青山にひさしぶりに出て、舌郎で牛タン定食。頼むときに“ヨクヤキで”、と言っている人がいた。店員がそれを翻訳し、“よく焼いてくださーい”と厨房に伝えていたが、ツユダクとかヨクヤキとか、こういうマニュアル風の物言いというのも、店員を一個の人格とみなして特別な調理をお願いするのではなく、いくつも前もって用意されている選択肢の中のひとつを選ぶという形を(実際はそうでなくても)とることで、出来るだけコミュニケーションを簡素化させ、人との関係性を希薄にしよう という都会人的な意識の表れなのか。索漠たることである。

 青山紀ノ国屋で買い物。パン、牛乳、野菜など。年内閉店という話が広まって(この日記内のみでかもしれないが)いるというのに、どこにもその旨の通告のビラなどがなし。仮店舗などの話がうまく進んでいないのだろうか。帰宅して1時半。ちょっと一息ついて横になろうかな、と思ったが、ゆまに書房のTさんから、
「今日の3時半、遅くても5時半までに完成原稿を出さないと印刷所に届かない」
 との悲鳴のようなFAXが。印刷所は青森なのである。原稿は三本、一本が400字詰め10枚という決めなので、都合30枚。3時半には1時間、5時半にしても4時間しかない。こんな時間で30枚は物理的に不可能。とはいえ、すぐにでも取りか からねばならんので、青くなりながら書き出す。

 幸い、書く内容はもう構成メモを作ってだいたい頭に入っているので、書き出すのに時間はかからない。だだだどどど、という感じで、アドレナリン大放出させながらパソコンのキーを叩き、3時半にまず一本アゲ。すぐTくんから電話があったが、その声調から、これなら今日じゅうに出せばなんとか無理言っても間に合いそうだ、と判断、少し気が楽になった。5時45分に二本目、7時半に三本目と、まず順当なスピードでアゲていった。三本書き上げて、注釈部分FAXあったところにも赤を入れて、後はメシから帰った深夜にゲラ送付されたのをチェックすればいいや、と言うと ころまでやって、外出。参宮橋クリクリへ。

 行くとK子と一緒に、札幌の古書薫風書店の佐々木さんと、その娘さんの桃(おれんち常連の方はモモ、こっちは桃。くすぐリングスのモモ・ブラジルはフルネームで書こう)ちゃんが来ている。今日は歓迎会みたいなもの。薫風さんに上京は何か古書の入札会でもあったんですかと訊くと、全然そうではなくて、娘さんがあこがれの絵本作家であるなにがしさんに会うために上京したので、その付き添いなのだそうであ る。今日はそれでも早稲田の古書街を回り、数冊本を買ったら、
「はるかに年の若い店員の兄ちゃんから“いいものを買いますね”とホメられた」
 そうである。思えばこの薫風さんと須雅屋さんとは、女房と結婚する以前からのおつきあいなのだが、その浮世離れぶりは変わってない。

 古書ばなし、共通の知人の話題などでいろいろと。薫風さんはとにかく酒が好きな人で、酒の上でのエピソードにもことかかない。娘の桃ちゃんがやはりそういう父親の元で育つと大人びるようで、いろいろ気をつかって父親の言動をフォローする。クリクリの絵里さんがその様子をおかしがって、親父薫風がどんどんワインをあけるのでお代わりをK子が注文すると、“高くても安くてもグイグイ飲んじゃうんだから、安ワインでいいわよね!”と言う。K子、ゆまに書房から吉屋信子の小説の解説を依 頼されたという。もちろんTくんの仕掛けであるが、吉屋先生のご遺族が、
「次の解説はマンガ家の方などどうでしょう」
 と言い、Tくんが“このあいだ解説を書いたカラサワさんの奥様がマンガ家で”と言うと、“あら、それはよろしいですね”となって、すぐ決定したそうだ。今日は金 曜にも関わらずクリクリ、珍しく暇で、ケンも加わって少女小説談義となる。

 ルンピア、蒸し野菜、ひな鳥半身(薫風さんはこれを“ひな鳥ハンシン”と読んだそうな。何か急に卑猥になる)、タルタルステーキ、それに桃ちゃんのリクエストによるクスクス。まだ食べ足りないとK子がパスタを頼んで、食った飲んだ。彼らのホテルが池袋だそうで、ここからはちょっと遠いのが不安だが、まあ、オトナだし(桃ちゃんが)大丈夫だろう、と送り出し、われわれはタクシーで帰る。11時半。

 帰るころまでにゲラを送るということだったが、FAXがTさんから来ていて、青森の印刷所の工員さんが、倒れて病院に運ばれたので、今日は出ません、とのことだった。それでわかったがTさんもサバ読まれていたようで、あと一日二日は大丈夫らしい。それでも、今日じゅうに仕上げられてよかった、しかも工員が延びてゲラ戻しも延びて、まずホッとした、と他人の不幸を喜びつつ、ベッドに入る。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa