裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

11日

土曜日

だからゆくのだ、ケチンボーマン

 いまさら無駄にはできないぞ。朝、7時15分起床。朝食は枝豆とトウモロコシ。青森の二十世紀。昨日死んだ佐渡島のトキだが、どうも自然死ではなく、羽ばたいて飛び上がった際に鋼鉄製のケージの扉に頭を打ち付けての事故死だったらしい。人間で言えば100歳を越してるとか言うのに、なかなか元気なことであった。

 日記、ここ数日まとめ書きしているのでヌケもかなりある。昨日午前中に岡田斗司夫さんから電話、バイコヌール宇宙基地ツアーの人数が足りないのだが、一週間ほどのツアーで、普段見られないところまで案内してくれて60万という格安なんで、ご一緒しませんか、という誘いだった。非常に心揺らぐが、60万の予算をわが社の経理(K子だ)が出してくれないだろうと言うのと、スケジュール的に今から年内の大規模旅行を入れるのは(書きためなど考えると)は無理。断りの電話を入れる。

 と学会MLや、一行知識掲示板に、『噂の真相』のハシラ情報を読んだという書き込み。私の『トリビアの泉』のギャラは月100万円であるとやら。あはは、そうだと良いですなあ。まあ、情けない額ではない、ということは確かであるし、特番とかがあったりすると瞬間風速でかなりのモノになることもあるが、20歳代ならともかく、この年齢の一家の主としては、さまでうらやましがられる特別収入ではないであろう。実はあちこちでギャラのことを訊かれるたびに、少しづつ金額を変えて答えている。今回の額が出たということは、なるほど、あのあたりがソースか、と、ルート を大体たどれるんである。

 11時、家を出て、109通りの香港グルメでジャージャー麺で昼飯。そこから、井の頭線で明大前駅まで。駅前でササキバラ・ゴウさんと出会って、少し立ち話。今日は二人とも、K子が東放学園の漫画科で、特別講師を行うので、その助っ人というかにぎやかしで、壇上に上がるのである。ササキバラ氏は最近は著書の執筆で、どこにも出ず、ネットものぞかずという状態らしい。その内容に関して、少し1970年代末の『海のトリトン』ファンクラブシーンについて、知っていることをレクチャーする。オタク文化の中の少女の系譜を調べるために、萩尾望都や望月あきらは言うに及ばず、本宮ひろ志までを、“なんでオレはこんなもの読まなくてはならんのか”と思いながら読み込んでいる、という。過去の状況と、そこからの流れを正確につかむというのはかくの如く大変である。……しかし、これが学問の徒の義務というものであろう。なぜ、市井の研究家に過ぎぬササキバラ氏がこんな苦労をして、れっきとした大学関係者がロクに調べもせずにマスコミでパーパー勝手な世迷い言をタレ流しているのか。もっとも、ササキバラ氏のモチベーションもそのあたりにあって、
「ボクはそういう連中のための参考書を書くつもりでやっているんですよ」
 とのこと。偉いなあ。話の中で、ササキバラ氏は○○を、いつでも手にとって確認できるように、仕事場と住居に一冊づつ、置いているというのを聞いて膝を打つ。
「あれはいい本ですね、とにかく基本資料というか、データ集で、何かを語るときには、まずあれを引かないと話にならない」
 ……なんという書籍であるかは、私はササキバラ氏ほど親切でないので教えない。

 やがてK子が桃ちゃんとその父親の薫風さんを連れて来る。歩いて東放学園へ。昨日、桃ちゃん親子は京王多摩まで行って、駅前の様子を見て“なんだ、札幌と大して 変わらない”とホッとしたそうだが、今日は明大前の飲食店街の通りを歩き、
「こういうところは札幌にはないですねえ」
 と感心。『すじ屋』という店があり、牛スジ料理店で、すじカレーやすじ丼などがメニューとして出ている。急に牛スジが食いたくなる。東放学園、いかにも専門学校らしい雰囲気、ガヤガヤしている中を職員室に通され、主任のK氏(音で聞くと、あの日本有数の性格俳優だった人と同名)に挨拶。今日のK子の講義は漫画学科の授業の一環で、お題が“持ち込み”。K子の作ったレジュメをざっと見るに、これは大変なことになりそうだ、と苦笑。ササキバラさんも、何か必死になって、授業としての カタチをつけよう、としているようで、いろいろ提案したりしている。

 K氏と私は同い年。高校時代、一時札幌にいたこともある、というので、どこの高校です、と訊くと、光星高校だという。エッ、じゃあ同窓、同学年じゃないですか、何組ですか、と訊くとD組だとのこと。私ゃJ組でした、Dってことは担任は某先生ですか、世界史と政経の、アアそうです、などと、いきなり昔話に花が咲く。今は付属中学まで作って景気いいらしいですね、アア、でもわれわれの頃の校長だったM先生は教師のサラリー問題でストライキされて、引責辞任しちゃったんですよね、アアそういうこともあったようですなア、などと。講義のことですが、どれくらい話せばいいんです? と訊くと、90分とのこと。短いですねえ、と言うとK子が
「ロフトプラスワンとは違うのッ!」
 と言った。

 やがて別校舎に移って授業開始。ここは東放学園という校名でもわかるように放送作家や放送技術者を養成する学校で、漫画学科はそれほどさかんなわけではないそうだが、それでも今回は特別講義ということで、いつもの倍近い生徒が集まった。とは言っても数えたら25人ほどだったが。持ち込みについて、K子がどんなにシビアなことを言うか、編集者のワルクチで暴走するかと心配で、その押さえ役に回る。授業そのものはササキバラさんが無難に進めてくれるが、あまり無難すぎても面白くないだろう、と少し脱線させる。編集とはこういう風に関係を作れ、とレクチャーしようとするとK子が必ず、“それは理想論よ!”とか、“そんなのいない!”とか横やりを入れる。とはいえ、編集者性悪説では誰もマンガ家を目指そうなどとは思わなくなるであろう。ギャグもいくつか入れたが、ここのOBで、現在授業の助手をやっている女性に一番ウケていた。なんとかまとめ、質問は、と訊くと、二人ほど、手を挙げた生徒がいた。大学でも滅多にこういう席で質問は出ないので、ちょっと感心。

 その後、控室にもどってまたいろいろ雑談。さっきの質問者の二人は、ちょっと問題生徒であるらしい。まあ、モノを描こうなどという子は問題あるような子の方がよろしからん。ただのギャラリーであった薫風さんはまじめにノートを取っていた。講師料をいただくが、いただけるとは思っていなかったので驚く。ちょうど、ササキバラさんに、夏コミでの同人誌代を支払っていなかっ たので、これをそっくり手渡してすます。

 これから人体の世界展を見にいくという薫風親子を送り、新宿へ出るというササキバラ氏と別れ、井の頭線で渋谷へ。そこでK子と別れ、紀伊國屋書店で買い物。さらにタクシーで青山に行き、牛すじを買い込む。さっき見た牛すじ屋の看板で、牛すじ 料理が食べたくてたまらなくなったのであった。帰宅して、いくつか雑用。

 フジテレビから、こないだの打ち合わせの件に関する回答。なんだか、打ち合わせの感触から、こっちはかなり気を入れて、システム作りとかいろいろやっていたのだが、回答として、そっちに予算は一切出せない、というミもフタもないもの。それに出したこちらの返事に対しても、担当者が携帯からかけてくるせいか、何か言葉使いがやたらソッケなく、やりとりがまるで暖簾に腕押し。その言い方はないだろうと、空回りということはわかっていても、非常に憤懣やるかたない気分になる。つくづくテレビの仕事というものに外部から加わることの虚しさを味わう。本当にいい番組を作る気があるのか(その件でこないだ、相談を受けたのではないか)と思う。しばらく頭を冷やして、45の男としては純情すぎる内容だったが、担当者にちょっと長目 の私的メール。これには返事がなかった。

 気分変えて8時、家を出て神山町『華暦』。今日は四人なので小あがり席で、薫風親子と。生ビールで乾杯して、いろいろ雑談。K子がやたら親切というか、面倒見がいいのに驚く。今日の講義にしても、もし常任ワクがとれたら、もっと生徒たちが本当にデビューできるように、こういうやり方はどうか、ああいうのはどうかと考えているらしい。案外世話焼きなのかもしれない。料理、このところしょっちゅう、絶品と言えるものばかり口にしているが、ここの料理は、特別に素材にどこそこの、と言う品を使っているわけではないが、ごく普通に、きちんと基準以上の味に仕上げているところがいい。刺身盛り合わせ、焼き茄子、じゃこと大根のサラダ、それにおでんなど。帰り道、K子にテレビの件を言うと、非常にオトナの対応が帰ってくる。ふう ん、と感心。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa