裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

6日

月曜日

週刊清朝

 あの西太后が密会を重ねる男性の影! 朝、7時20分起床。朝食は昨日、あのつくんから貰ったトマト。梨はK子が買い忘れていたので今日はナシ。朝食後まずメールチェック、山のように来ているML関係を整理する。神田陽司さんからは『Web 現代』で真打披露を取り上げたことのお礼メールが来ていた。

 ネット四コマのネタをとりあえず十本ほど、K子の方に送る。なんだかんだでドタついているうちに11時になり、家を出て、歩いて五分の、例の60年代SF風店内のJ−POPカフェ(まんだらけのあるビルの7F)へ、裏の業務用エレベーターを使って行く。OTC制作『平成オタク談義』の収録。今日のテーマは最初が“アニソ ン、特ソン”、それから“SFスーパーカー”という濃いもの。

 岡田さん、最初の収録回のゲストの山本弘さん、声ちゃんと弁当使いながら雑談。山本さんは『トリビアの泉』にアンパンマンネタのトリビアを送ったそうだ。声ちゃんはコスプレで、なんだかよくわからないが黒い衣装に腰蓑をつけている。なに、それ、と岡田さんと言っていたら、黄色い鏡獅子みたいなカツラをつけ、目のところにも黒いマスクをかぶって、なんと“ジャングル黒べえ”のコスプレ。みんなで“すごい、これだけ凝ったコスプレしても、番組内でその名前が言えない!”と笑う。

 撮影現場に、川上志津子さんがギャラリーで来てくれていた。岡田さんなどに紹介する。収録開始、“えー、アニソンとはアニメ番組主題歌、特ソンとは特撮番組主題歌……とは説明しないでいいですよね”としゃべると岡田さんが“ね、『トリビア』と違ってこういう濃い番組は快感でしょ?”と。まさにしかり、なにしろアニソン特ソンに関しては言いたいことが山ほどあるし、他の人達とは違うアニソン論なども有していたりするので、いつもは私は司会の人を立てて(岡田さんよりは)、聞き役に回ることが多いのだが、今回はしゃべったしゃべった。『題名のない音楽会』で黛敏郎が、“アニメ主題歌は現代の軍歌だ”と規定したこと、大島渚『忍者武芸帳』の主題歌のこと、さらに戸川純『好き好き大好き』の中の曲『恋のコリーダ』が、『レインボー戦隊ロビン』のエンディング・テーマ『ロビンの宇宙旅行』の曲を使用していることなど。最後のは山本さんも岡田さんも知らなかったトリビアのようだ。

 前半終わって、開田さん夫妻、あのつくんともりもとさんの二人をギャラリーに連れて来場。昨日は帰ってからまた仕事(出かける前に完成させられなかったので)であったそうな。ご苦労様。それと、ガレージキットメーカー“TVC−15”の山本よしふみさん。次の回テーマが“SFカー”である、というところからのゲストであるが、今日は開田さんが“ボクはポインターのことしか話さない”、山本さんが“スピナーのことだけ話してたらいいんですやろ”ということで、果たしてどうなることか、前半に比べるとちと心配であった。しかし、はじまってみるとそういうこともなく、SFにおける乗り物という存在について、流星号から説き起こしたり、またSF的なガジェットの魅力というのが、なぜCGでは全くなくなってしまうのか、という問題にまで立ち入ったり、なかなか私自身にとっても啓発されるところの多い、有意 義な時間であった。

 終わって、あのつくんをK子の仕事場に連れていく。道々話したが、あのつくんはなんと『P−マン』の大ファンだということであった。プロデューサーの山口A二郎さんとは知り合いですよ、というと、意味なく喜んでいた。いや、まさに意味ないわ けではあるが。

 そこから一旦帰宅して、雑用片づけ、6時にアニドウ上映会へ出かける。新宿までタクシーで出て、中央線で中野。タクシーの運転手さん、何の脈絡もなくバイオテクノロジーの話題をこちらにふってきて、“ホメオボックスをどう思います? 私は宗教的なことや道義的なことは措いて、医学的には素晴らしいことだと思うんですが”などと熱を込めて言う。私を医学か生物の研究者だとでも思ったか。とにかくそういうことが好きな人であるらしく、パソコンで娘と息子の顔を取り込んで、正中線で二つに切って、大きさだけを合わせてくっつけてみると、
「顔はまったく似ていないんですけどね、その配置や、各部位の大きさとか、ぴったり合うんです。ああ、DNAがつながっているんだな、と確認できますよ。子供さん がいらっしゃったら、是非やってごらんなさい」
 と勧められる。何かきびの悪い行為のようにも思うが。

 中央線で中野まで(新宿駅で乗り込もうとした電車から降りてきたと学会の気楽院さんにバッタリ)。中野芸能小劇場、すでに植木不等式さん来ている。植木氏はずっと科学ジャーナリズム畑の人であり、アニメ、それもこのような海外の古いアニメなど、興味があるのかと思っていたが(最初にここに誘ったのは、その前にちょっとフライシャーの話が会話の中で出たので、まだ見たことがないのなら……と声をかけたのであったが)、かなりの熱心さで毎回足を運んでくれている。なみきに“前回は来られないでどうも”と言うと(植木氏の日記で、前回なみきが壇上で“今日はカラサワ氏が来てないので、この上映会のことが日記に書かれないので寂しい”と言っていたことを読んだので)“いやあ、アンタの代わりに加藤(礼次朗)センセイとかが来てくれたし、なぁんにも困らないよ”とか、相変わらず。もっとも、今回は加藤礼次朗さん、来ていなかった。会ったら話したいことがいくつかあったのだが。

 植木さんが、“ハシモトさん”というアニメの主人公のネズミの名は、橋本病(慢性甲状腺炎)から取られたのでは、という、いかにも科学ジャーナリスト的な推理を披露してくれる。なかなかユニークな説である。私は人文系的に、戦前にアメリカで映画にもなった(ピーター・ローレが演じた)日本人の名探偵にミスター・モトというのがあり、この名前自体、ヤマモトとかキモトとか、日本人にモトの字がつく名前が多いところからつけられた名前であって、さらに第二次大戦のA級戦犯にもなった橋本欣五郎などから、ハシモトの名はポピュラーだったのではないか、という説を述べる。アニメーターが日本美術を資料としてあさったとき、橋本雅邦などの絵を見た のかも知れぬ。

 上映作品は例によって珍しいものいろいろ。今回は珍しいということを主にして作品選定をしていたようで、一般の人がフリで入って面白く思ったかどうかはわからない。ベティ・ブープものの『ベティの舞台大洪水』を、オリジナル版と、後の彩色リメイク版を並べて上映して比較対象するなど、大学でアニメ史を研究しているような学生には貴重な上映だったろう。こういう会が、回を追うにつれてマニアックになっ ていくのはありがち。

 上映に何回か不手際があったが、それをつなぐなみきのトークが例によってオモシロイ。こっちの方が楽しみだったりする。中でも、上映作品を間違えて持ってきてしまい、アニメでもなんでもない、ジミー・デュランテのコントなどが上映されて(こ れはこれで面白かったが)しまったときの言い訳はなかなか傑作であった。
「なに、次回また上映すりゃいいんです、どうせ客は毎回おんなじなんだから!」

 終わって出る。いつもはここらでK子と合流なのだが、今日はK子はあのつくんたちを連れて、武蔵小杉のおれんちで大宴会である。植木氏と中年男二人で、中野ではかなり有名なジンギスカン店『神居古潭』に入る。せまい、カウンターのみ(二階席もあり)の店で、愛想の悪いお姉ちゃん(まあ、日本語がよくわからない故の無愛想なんだろうが)と、勝手にこっちに向かって何かつぶやく、ちょっと扱いに困るマスターがいる店。肉自体は羊肉特有のあの臭みのある脂を丁寧に取り除いた、上品な味でいいのだが、この店の雰囲気で入りづらいと感じている人、多いだろうなと思う。“まず肉は人数分頼め”という、この店のオキテがあり、肉を食うと野菜は勝手にどんどんと足してくれる。やっと山盛りのモヤシとタマネギを片付けたかと思うと、また新たに山盛りのモヤシとタマネギが追加される。種村季弘が“ジンギスカンというのは縄文式の食い物だ”と表現したことがあるが、まさにそういう感じがする。アイヌネギがメニュー(壁の貼り紙)にあるので、“最初に頼んでください”とまたオキテの書き出しがあるが、一応頼んでみるとOKだったので、頼む。植木さんがアイヌネギという名称は初耳らしいので、ギョウジャニンニクのことですよ、と教えてあげる。北海道ではよく、山地のおばちゃんがこのアイヌネギを採ってきて、路上で売っていますと言うと、会話を聞いていたマスターが、“でも、これは白神山地のアイヌネギなんだけどね”と。後でネットで調べたら、このマスターは初代(北海道出身) から店を引き継いだ2代目で、秋田出身なのだそうだ。
「北海道のより秋田のアイヌネギの方が太くて甘くて、絶対おいしい」
 というのは郷土愛からのセリフだったようだ。私は北海道時代にはアイヌネギというものを食ったことがなかったので、どっちでもうまければよろしい。

 こういう店には大抵、非常に映りの悪いテレビがあるものだが、ちゃんとこの店にもある。ニュースで、千葉の16歳少女殺人事件の第一発見者で、犯人とわかって逮捕された22歳男性の顔が映る。植木さんが“鶴岡さんに似てますなあ”と。千葉のDNAというわけでもないだろうが、まさに兄弟みたいな顔だ。生ビール二杯の後、サワーに変えて、さてごはんものはどうしましょう、と壁の貼り紙を見る。イクラ丼1500円、ウニ丼1750円とあって、植木さんが“男ならウニ丼でしょう”というのでウニ丼注文。見ると作り方が変わっていて、木の平椀の中に鉄製の輪のような器具を置き、その中に飯をつめる。で、器具を抜くと、円盤形のケーキみたいな形にご飯が型どられる。その上に醤油、唐辛子などの調味料をかけ、ウニをたっぷりと上に盛る、のである。ちょっと違和感があったのは箸でなくスプーンを渡され、これで食べてくれと言われたとき。なるほど、椀の形から言ってスプーンの方が食べやすいのだろうが、やはりウニ丼は箸で掻き込みたいよなあ、と思う。しかしまあ、これも 店のオキテの一つかと思い、素直に従う。味は非常にうまかった。

 思うにここのオキテ(システム)は全て、主人(初代か二代目か知らないが)の合理精神から生み出されたものなのだろう。が、こと食い物に関しては、人は合理性より習慣とかムードとかの方を上位に置かないか。しかも、合理的精神の持ち主というのは、まま、非合理なふるまいをする他者を蔑視し、矯正させようとして激語を飛ばすのである。そして、“正しいことを言っているのだからうらまれる筋合いはない”と考える。この人間の世というものが、基本を感情と習慣(ときに非合理なもの)で 成り立たせていることが見えていないのである。

 バスで帰るという植木氏と別れて帰宅、布団にもぐりこんでいたら、1時を過ぎてK子帰宅。寝ている私を揺り起こすようにして、おれんちで食べた松茸とか、アワビの活き焼きだとか、ハタの刺身の話などを耳元でえんえんとする。実に幸せそうな表情であった。ご馳走が本当においしいのは食べている最中ではなく、それを後で、食 べられなかった人に話して聞かせる行為のときだろう。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa