裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

29日

土曜日

おまえのデンマークじゃない!

 オランダのつもりか。朝7時半起床。朝食、キノコスパゲッティ。道新のYさんからの別件おたずねメールがあったのでそれにちょこちょこ返事をして、それからこちらの方の原稿のチェックを入れて戻す。今日も雨である。頭が本当に壊死しそうなので、昨日から亜鉛錠を買ってきてのんでいる。脳神経をシャッキリさせる効果があるという。まあ、気は心で。あと、カルシウム錠、スピルリナ錠、水代謝用漢方薬、ノボセ用漢方薬など、急にいろいろのむものが増えた。

 ビデオ棚回りを少し整理したら次回SFマガジンのネタが出てきた。なくしたとばかり思っていたのでうれしい。河出書房から送られてこれもまぎれていた性の秘本原点版セレクション5『きんちゃく日記』(小宮卓・監修)も見つかる。昨日、電話のあった河出のAさんに“毎回送っていただいているのはどなたのご厚意ですか”と訊いたら、やはり小宮氏の指示によるものだとのこと。大恐縮し、お礼の手紙をAさんに今度託すことにする。

 昼はK子のところに元なをきのチーフアシスタントのFくんが来ているというので一緒に食べようと思っていたら、いきつけの定食屋が土曜で休みなのだそうで、家で食べる。半分残っているシャケ缶と、岩ノリ、ニンニクミソなどで麦ご飯のパックを温めて。味噌汁は大根。それから冷蔵庫の中がほとんど空っぽなので、スーパーまで行き、いろいろ補充する。社会思想社倒産のニュースに愕然。現代教養文庫も消失してしまうのか。『江戸の戯作絵本』やシュテーリッヒの『西洋科学史』など、これにめぐりあえてよかった、と思うような著作が本当に揃っていた文庫だったのだが。わがと学会のルーツとも言うべき(そう言えば、『ルーツ』もここの出版社だった)、『奇妙な論理』(M・ガードナー)はどこかで版権買ってぜひ新装出版してもらいたいものだが。

 同人誌用原稿、書き出す。4時に出来たところまでと、差し替え用図版原本を手にして平塚くんの事務所に。新宿で雑用をすませて丸の内線で新中野まで、の予定で、タクシーで新宿に向かうが大渋滞に巻き込まれる。仕方なく運ちゃんと無駄話。政治がらみの団体と契約をしていてよく無線で呼び出され、そこの人たちの話も聞いたりするのだが、賃金問題で製造業がみな周辺諸国に分散し、国内からなくなってしまったという事態は本当に深刻だという。国民を豊かにして生活水準を上げようとしてきた努力が結果的に国を貧しくしている図式を見ると、日本という国は結局、国民が豊かになってはいけないシステムで作られているとしか思えないという。プロテスタントのように、労働自体を神への奉仕と考える思想がない国は結局そうならざるを得ない。昨日『マネーの虎』を焼き鳥屋でちょっと見たが、そこに出てきて大きな顔をしている成功者たちに、一人も製造業者がいない。サービス業や芸能プロダクション、受験産業、外食産業ばかりである。こんな連中がいばっている国は、ステロイドで筋肉をつけたボディビルダーみたいなもので、見せかけはよくても、耐久力がないからすぐにコロリと参ってしまう。

 5時、新中野。平塚くんに図版渡し、今後の打ち合わせ。ページデザインを見せてもらうが、さすがにきれいな出来映えである。費用のこととか少し修正の方向でいくこと話して、45分、辞去。丸の内線、銀座線を乗り継いで上野まで。広小路亭で立川談生独演会。15分遅れで入ったら、“今日はお客さんに和服の人が多くて、何故かわからないけど、まあ国籍だけははっきりしているから……”とかいうところに私が入っていって、“国籍確認終了!”そんなアヤシゲに見えますか。なじみの顔は傍見さん、JCMのMくん、IPPANさん、カワハラさんなど。50人ほどの入り。ネタはまず『猫の女郎』。“落語には犬の活躍する話はたくさんあるが、猫の話はあまりないので作った……”と言う前フリに、あれ、そうだったか、と思う。『猫忠』『猫定』『猫怪談』『猫の災難』『猫と金魚』『猫の皿』『猫久(これは猫とは関係ないけど)』あと猫の出てくる話では『たいこ腹』『天災』……犬よりは多くないかな。まあ、そんなことはどうでもいい。猫を女郎に化けさせて売りに行く、というストーリィは、タイトル忘れたが志ん生が演っていた、金魚が化けた娘を芸者屋に売りに行くという話にちょっと似ていて面白かった。志ん生の方のオチはその金魚が端唄を歌ってみせて、女将さんが“まあ、いいコイ(声)だこと”“イエ私、金魚です” というタアイないもの、この話のオチも同様。

 で、そのまま高座に残って次が『壺算』。“なんで瓶を買いにいくのに壺算か”という自問に笑う。でも、談生のように、たとえ与太郎を演じようと精神薄弱児を演じようと、その中に理性が透けてみえる演者がやると、どうもトリックがこちらに見えてしまって、ごまかすというより強弁で押し通すという風に見えてしまう。米朝のを聞いたときには本当にごまかされてしまったんだが。どこがまずいのか? 壷屋の、わけがわかんなくなっていく果てをもうちょっと狂気に踏み込ませればいいんじゃないか、と思った。一番ごまかされたのは、途中で『肥瓶』になりかけて、こっちもツイ、自然にその話に入っていくもんだ、と思いかけたところで“兄貴、噺間違えてるんじゃねえかな”と、壷算に戻るところ。こういうところがたまらない。

 で、中入りはさんで『饅頭こわい』。いきなり、前の壺算から続いていくところで爆笑。途中まではいろんなギャグ入れているが、普通のオチの後の展開が凄い。“今日はじめて落語を聞くという方、これが『饅頭こわい』という落語ではないです”という言わでもの前フリに大笑いする。終わってすぐ帰ろうと思ったが、傍見さんやMくんも打ち上げに行くというので流れで。普段は前座さんがだれかかれかつくが、なにしろ立川流はいまご存じのように前座さんがいないので、志らく一門の人がついていた。こないだのロフトのこととかも少し話そうかと思ったのだが、なにしろ今日のオチがオチだったので、ゲテばなし大会になってしまう。9時半までいて、K子も待たせているのでお先に、と金払って帰る。カワハラさんがと学会扇子を持ってきて、サインください、と言うのでそれだけして、辞去。タクシーで花菜へ。客、われわれの他、一人もおらず。日本が出てないサッカーなんかどうでもいいじゃないかと思いながら、大将とサッカーがらみのヨタ話。トウモロコシをまた蒸かしてくれた。アスパラガス天ぷら、まぐろ山かけ、茄子の揚げ出しなど。12時近く帰宅。

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