裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

27日

月曜日

キーパーソン病

 自分が鍵を握らないとおさまらない病気。朝、ドンヨリとした眠りの中で、オタアミではないが講演している夢を見る。なにかシャレを飛ばしていたことだけ、目を覚ましても記憶していた。すなわち、昨日のタイトルの駄ジャレ。さすがにノドが嗄れている。トークのためでなく、カラオケのためなのがなんとも。

 シャワー浴びて荷造りし、7時半にロビーに降りたら、もう獅子児さんが来て待ってくれていた。有能なマネージャーになれるな。帰りは三人バラバラなので、二人で地下鉄で福岡空港まで。そこのカフェテリアでモーニングセット食いながら、SF大会ばなし、イベントばなし、オタク界奇人ばなし。エロの冒険者(現・オタクアミーゴスin九州代表)さんが三○過ぎて、こないだの横浜で初めてSF大会経験してハマってしまったので、来年はなにか企画やるかもしれないとのこと。年とってかかったハシカは重いねえ。

 9時半、JAS機で札幌へ。満席である。11時、無事羽田着。荷物が重いのでタクシーで渋谷まで。K子がまだ仕事場に行ってなかった。今夜は二人でフィンランド映画の試写会に行き、そのあと浅草に出演している談之助と合流、三ノ輪でケトバシ屋へ行く予定である。なかなか忙しい。

 4時まで原稿書き。週刊読書人のマンガ評と、メディアワークス本ゲラ直し。読書人は吉田ひろゆき『Y氏の隣人』。ユニークな絵柄だが、登場人物たちの基本表情のひとつに、片目をつぶっている、というのがあるところ、考えてる。昼飯は外に出られないので、冷凍さぬきうどんですます。釜あげにして自家製ダシで食ったが、博多のとはまた違った風味で結構。光文社『FLASH!』から原稿依頼のFAX。また20世紀回顧的なもの。原稿どちらも、時間ギリギリで上げる。

 4時過ぎ、K子と連れだって中目黒までタクシーで行く。フィンランド映画『ファイヤー・イーター』。試写会場が“PCL試写室”というのに驚く。あのPCL(東宝の前身)か? 地図で指定された場所に行くと、ソニーPCLセンターというビルがあるので、これかと思って入りかけると、向かい側のビルの二階だ、と、外にいた人に注意される。行きかけると、やはり地図もった人が迷子組でウロウロしている。アップリンクの担当さんに挨拶して受付すませるが、監督のピルヨ・ホンカサロ女史が来るはずがまだ来ていない、という。迷っているんじゃないでしょうか、と言ったが、やはり迷っていたようで、開演時間直前に到着。日本人の通訳の女性が“あっちこっち歩いちゃって・・・・・・”と息を切らせていた。

 映画は、何かファンタジーぽい題名だが、そうではない。自堕落な母親と暮らす幼い二卵性双生児姉妹がサーカスで働き、妹は空中ブランコ乗り、姉は妹の事故後、火食い芸人になる、という話である。話だけ聞くと丸尾末広みたいだが、多感な少女時代を悲惨な旅回りで過ごさざるを得なかった主人公・ヘレナの悲しみがじっくりと伝わってくる、いい映画である。こういう映画に興味が特にあるわけではなく、ひたすら、女房がフィンランド語を勉強しているという縁だけで観にいったものだが、映画としてかなり質が高く、退屈するかと思ったがしみじみ見入ってしまった。

 時間的に長い期間を描いているが、女性監督らしからぬ、大胆なストーリィの省略のし方が魅力である。現在(1998年)の映像がモノクロ、過去の回想がカラーという、一般的な作りの逆転も効果的。少女たちは子供時代(8歳)も少女時代(14歳)も、一般公募した素人だったということだが、彼女たちの演技の自然さに驚く。なんで日本の子役はこういかないのか、とK子もうなっていた。子供時代の二人は、サウナに入るはお互い服を脱いで背中に絵の描きっこをするは、孤児院ではおまるでおしっこをするはで、談之助がいたら驚喜することであったろう。少女時代になってからの姉のヘレナはクリスティーナ・リッチとジョディ・フォスターを、足して二で割ったような顔で魅力的。妹のエレナは、何かファニー・フェイスで、山咲トオルにちょっと似ている。

 終わってすぐ三ノ輪にかけつけたかったが、監督への質疑応答があるというので足留めされる。みんな専門的なことを訊くので、私は“あの少女たちが火を吹くのはトリックですか?”と通俗なことを質問。全部本人にやらせた、との答えに驚く。
「これで火吹き芸を覚えても、絶対自分の家でやっては駄目よ、と教えたのですが、やはり彼女たちは自宅でのパーティであれを友達にやってみせて、人気者になっているようです」
 という答えには感心していいのかどうか(笑)。三十分、これで遅れる。

 地下鉄日比谷線で三ノ輪まで。一時間以上の遅刻である。ついてすぐ、談之助さんに携帯で“申し訳ない!”と連絡を取ると、向こうも“申し訳ない!”。何かと思ったら、今日はケトバシ屋が定休日だったとのこと。“まさかこの暮れに定休日通 りに休むとは思いませんでした”と頭を抱える。K子が“わざわざこんなとこまで出てきたのにい!”とヒスを起こしそうになる。仕方がない、と、鴬谷にある某寿司屋へ。

 ここは談之助さん秘蔵の店なので、名前も出さないでおくが、最近有名になって、雑誌の取材などが引きも切らず、だそうだから探せばわかるだろう。とにかく、店がまえがすごい。貼紙だらけなのである。カウンターのみの店内も、壁じゅういたるところに貼紙がしてある。メニューからコースの紹介から、“同業者入店の場合一○○万円とる!”などというのまである。トイレに入ると、“ここが取っ手です”“ドアは左に引いて開けてください”“カギはこれ”“ここを回す”などと、ドアに直接書き込んである”。おまけに、店内に置いてあるスピーカーやアンプが、ちょっと寿司屋にあるようなものでない。全部一人で切盛りしている主人はクラシックファンだそうで、パガニーニをかけてくれる。クラシックを聞きながら寿司を食う、というのも凄い経験である。おまけに、主人(70)が新内を語っている舞台の写真が飾られている。岡本文弥の弟子で若松喜勢太夫を名乗り、コンクールで優勝しているほどの喉だとか。ノスケさんから“怪しい店ですからね”と言われていたが、ここまで凄いと は思わなかったので仰天する。

 しかも、大仰天なのは、ここまで怪しげなこの店のネタが凄まじくうまいことである。マグロ切身といい、赤貝といい、スズキといい、絶品。そのうえ、寿司屋の常識にとらわれず、サバの握りを韓国ミソとニンニクのたれで食べさせてくれる。コースのみで、もう満腹、降参というまで、次から次へと料理が出てくる。焼き物だけで、縞鯵のカブト焼き、鯛塩焼、サバ切身焼き、カマス焼きと連続。おまけに煮栗は出るはリンゴは出るは、ネギと白菜の煮付けは出るは、小松菜ゴマあえは出るは。それにいちいち、講釈がつく。今日は月曜で、たっぷり仕入れがしてあったから料理がどんどん出てくるが、時化のときは本当に何もないとか。スジに近い、普通の寿司屋では出さない部分のトロはもう絶品どころの沙汰でなかった。こないだ寿司屋にケラれていいホルモン焼き屋にアタり、今回馬肉屋にケラれて凄い寿司屋にアタる。人生、なかなか捨てたもンじゃない。

 焼き魚大好きなK子はもう、満面に幸福そうな表情を浮かべて縞鯵カブトやサバにむしゃぶりつく。途中から入ってきた和服の女性が、今日初めてだったそうだが偶然新内の大ファンで、途中で親父さんが絶妙な表情(新内を語るときの顔は女性のエクスタシーのときの顔になるという)で明烏を一節聞かせてくれるという一幕もあり、この女性とK子がすっかり意気統合してしまったり、私と談之助は美空ひばり論を戦わせたり、最後はもう、何がなんだかわからない狂乱の状況となった。やはり九州から返ったばかりで体力落ちているのか、親父さんのユニークさにアテられたか、アルコールがいつもよりやたら回る。11時過ぎ、山手線で新宿まで出て、タクシーで渋 谷まで。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa