22日
水曜日
ルノアール鷹は爪をかくす
才能なんてものは大いなる幻影ですよ。朝8時チョイ前起き。朝食、如例。K子には豆苗入りオムレツ。ワイドショーのインタビューの答える田中真紀子の顔、大迫力である。実際の政治能力はどうだかしらないが、ヒラリー・クリントンが四年後にもしアメリカ大統領になったら、ひとつ日本も彼女を首相にして、カミ合わせてみたいものである。大怪獣決戦という感じになるだろう。
朝、書き下ろし本原稿。鶴岡から電話。某誌のマンガ評に立川志加吾の『風とマンダラ』を推薦したら、ボツになったそうだ。そこの編集者がまったく落語に無学で、 意味がさっぱりわからなかったらしい。最近、落語的な笑いや人情が本当に通じなく なったなあ、と二人で嘆く。そう言えば、『現代落語家三○人集』(新風出版社・昭和四三年)の中で、死んだ春風亭柳朝が、自分の奥さんのことを“ぼくの最大の失敗といえば、今のかみさんといっしょになったことだろう。こんなの、別にどうってことはないんだが、とにかく、一生の不作というやつだ”と書いていた。柳朝師の愛妻家ぶりは、プロダクションやっていた頃からずっと見て知っている。その女房について、別に書かなくてもいいのにこういうことを書いてしまう(こういう風にしか書けない)ところが江戸っ子かたぎ、噺家かたぎというやつなんだろう。
同じ電話の中で、ネット某所で、私の横領疑惑が書き込まれている、というのを聞いたで見に行ってみる。読むと、私が某書籍の制作費を抱え込み、本が出た後、領収書を出してくれとか、せめて明細を出してくれとか言う出版社の依頼にだんまりを決め込み、すべて黙殺したので、出版社が怒って私を訴えた、という書き込み。最初はいかなることが書かれているのかと思っていたが、見てみたらこのレベルのデマだったので、思わずモニターの前でズッコケてしまった。
まるで水戸黄門に出てくる悪旗本である。江戸時代なら知らず、現在、こんな単純な悪事が通用すると思ってるんだろうか。いや、そもそもこの出版社は、怒って訴えるどころか、困りもしないだろう。なにしろ、本はきちんと出ているのである。後は唐沢氏にこれこれの額を必要経費として支払いました、領収書は向こうが出してくれません、と、自分のところの出納簿と銀行の振り込み記録を添えて、税務署に提出すればそれで終わりである。とがめの矢はすぐ、こちらに向かって飛んでくる。このデマを流した人間は誰だかしらないが、たぶん、かなりの貧乏で、金を横領するとかごまかすとかはどういう風にやればいいものなのかを知らないものとみえる。それも情けない。少し別宝か三才ムックでも読んで横領の手口を勉強した方がよろしい。
それやこれやで仕事の手順がかなりズレ込んでしまった。2時までに仕上げるはずのカタログハウスの書き直し、4時にやっとアガる。ふう。S社というところから電話。以前、別の会社でいろいろあってボツになったコラム集(数名の共著)を引き受けて出してくれる出版社である。執筆社代表で前書きを書けとのこと。打ち合わせ日時を決めて会うことにする。
週刊アスキーを7時までかけて書き上げる。それから雑用すませ、タクシーで新宿まで。休日前の酉の市で、新宿近辺大混み。西口のションベン横町(思い出横町などとはシャラくさい)前で降ろしてもらい、ガードくぐって東口に出る。昔はこのトンネルに傷痍軍人がたくさんいたよなあ、と思い出す。今は若いストリートアーティス トたちが並んで、ギター弾き語りしていたり、手品やっていたり。不思議な通路。
紀伊国屋前でK子と待合せ、伊勢丹会館下の広島料理の店に入る。メバルの煮付けを頼んだら女中さんが、“広島の魚を十分に味わって貰いたいから、もう一品頼め”と押し売りをしてくる。仕方ないので、チヌ(黒鯛)の塩焼を頼む。これはなかなかうまかった。最後に頼んだアナゴめしは素人料理ぽくて、これで金取りますか、という感じ。混んでいたので座敷に入れ込みであったが、向こうの席でなにやらコミいッた会話がなされている。薬事関係の裁判で被告になっている人物が、弁護士と会食しているらしい。“こんなもんで訴えられていちゃあ、クスリなんか売ってられなくなりますからなあ”とか。