裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

10日

金曜日

顔射感激

 雨アラレ。7時40分くらいまでぐっすり。今日の仕事の夢など見る。起きて障子窓を開けてみると、紅葉もほぼ落ち尽くして冬じたくを済ませた日高山脈がはるかに連なり、ホテルのすぐ側を朝日を反射しながら網走川が流れ、網走湖に達している。寒気はかなりのようだが、さわやかで、北海道らしい雄大な眺め。シャワーを浴び、 昨日のカニ料理屋で三人で朝食。品数は多いがまあ、大したことない、普通の旅館の朝食である。二人に、さんなみの朝食の如何にウマかりしかを語る。

 部屋に帰って支度をととのえ、一足先にロビーにおりて、冷蔵庫使用料のみ自分の分を支払う。オミヤゲ売り場で、タコしゃぶ、ウニ塩漬けを買って東京へ送る。網走牛乳のソフトクリームというのがあったので買ってみる。ほとんど砂糖の入らない、純粋な牛乳の味のソフトクリームで、なかなかおいしい。これをナメながら、新聞各 紙に目を通す。

 タクシーで網走監獄博物館へ。ここのポスターが素敵である。鎖つきの足枷鉄球の写真を大きく写して、コピーが『見るのはいいが、入っちゃならねえ』。事務所で係の方に挨拶。展示物をいろいろ案内して回ってくれる。吉村昭『破獄』の主人公、佐久間清太郎のモデルになった脱獄犯が、扉の鉄格子をはずし、屋根の灯り取り窓からふんどし一丁で逃亡するマネキン人形が飾られているのに笑う。係の人曰く、“これ作ったときには刑務所からにらまれましてねえ。でも、見学に来た人はみんな、あの佐久間が逃げたという牢はどこですかと訊いてくるんで・・・・・・”。他にもいろいろヤバ系の話を聞く。

 外に置かれている、懲罰用のレンガ作り独居房を撮影場所と定め、この中にエアロバイク(わざわざ東京から送ったもの)を持ち込み、それに私が乗りながら『通 販生活』を読んでいる、という写真を撮る。モノカキがこんなマネをさせられるというのを屈辱、ととる人も多いだろうが、私はホイホイとノッてやってしまう方。やはり、演芸の事務所をやっていたせいであろう。それでも、囚人着(網走のものでなく、貸衣装屋から借りたもの)一枚で11月の網走の屋外でいるのはしみじみ冷える。係の人から“11時過ぎると観光客がやってきますので、それまでに撮り終えた方がいいですよ”と言われていたのだが、やはり照明などの設置が難しく、11時を過ぎてしまう。観光の団体が何組もゾロゾロとやってきて、中をのぞきこんで“アラ、人がいるがな!”と大声をあげる。カメラマンのNさんが関西の人なので、陽気に“すんません、雑誌の撮影なんですわ。別に悪いことしたわけやないですから”と応じる。

 農閑期で農協さんの団体が多い。あきらかに酒が入っているとおぼしきオジサン連が、ガハハと笑ってこっちを指さす。カンネンのマナコを閉じて、いろいろポーズをとり、撮影終了。鉄格子につかまった写真を撮る際に、鉄格子がキンキンに冷えているのに驚いた。オミヤゲ売り場に行き、いろいろ買い込む。『網走監獄出ちゃおうゲーム』という脱獄ゲーム、それから出所まんじゅう、出所せんべい詰合せなど。出所まんじゅうを買うと、店員のおばさんが“出所、おめでとうございます”と言ってくれる。Sさんがエアロバイクを送り返すため、先にコンビニを探しに行ったのをしばらく待つ。空がドンヨリと曇りはじめ、雪がチラつき出した。ものみなくすむ気候の中で、真っ赤なナナカマドの実の色が目に痛いほど。

 タクシーで女満別空港。運転手さんの話によると、あの博物館のガイドさんには、元本職の刑務所の看守さんだったという人が何人かいて、そういう人の話が一番面 白いのだとか。空港で登場手続き済ませ、運転手さんご推薦のオホーツクラーメンというのを食べる。エビ、カニ,ホタテ、イカ入りのバタラーメン。オミヤゲ店を回ってみるが、北海道というののオミヤゲは基本的にどこも同じ。農協のおじさんたち、紙コップでウイスキーを回し飲みしている。

 機内では、ホテルでもずっと読んでいた吉松安弘『東條英機・暗殺の夏』(新潮文庫)を読んで過ごす。厚くて読みやすくて面白い、旅行に持っていくには最適の本。羽田で二人と別れ、疲れていたのでタクシーで渋谷へ帰る。高速はゴットー日の金曜で大混みなので、下を通っていく。運ちゃん、徹底して脇道、小道を回り、今まで見たこともなかった町並みなども眺められ、なかなか面白い。

 K子と待ち合わせて、8時に豆腐料理『一合目』。むこうで一人だけカニ食ってきた罪ほろぼしに、毛ガニ半バイの塩茹でというのを取る。いろいろと話しながら、ウイスキーの水割りをダブルで三バイ。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa