25日
土曜日
ステレンキョウ時代
チャップリン、古典落語『てれすこ』を映画化。
(落語ファン以外にはわかりにくい洒落ですいません)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%A6%E3%82%8C%E3%81%99%E3%81%93
↑ま、ここらあたりを参照。
※甲斐バンドBEATNIK TOUR 08〜09
朝、9時半起床。
朝食、トマトスープにバナナジュース。
自室に戻ってYouTubeで日記用の映像を拾ったり
マイミクのマハーパンニャさんから誘われたコミュに
書き込みしたり。
2年越しの企画、この半年近く放ったらかし状態だったのに
“そろそろ”とメールで催促が来る。
何とかしなければ、と思っていたところだったので、これで
エンジン点火。ちょっとテンションがあがる。
催促ないと動かない癖は困ったものだが。
同人誌原稿チェック、編集の方に送るのに、テキスト添付
何度やっても向うで開けず、やっと“最も原始的な方法”で送る。
尖端の技術は時にうまく働かない場合、どうしようもない。
いろいろと予定の変更あり。
あちこちに連絡。
昼は弁当、かき揚げと茄子の漬物。
小泉武夫氏の著作を積み上げて再読。
白夜書房から電話、次回のコラムのテーマについて。
やらなくてはいけないこと、山積。
体がどうこう言っている場合ではない。
4時、家を出て中野〜東京〜有楽町。
国際フォーラムにて、甲斐バンドコンサート。
少し早く着いたので、腹が鳴らないよう立ち食い蕎麦屋に
飛び込んで、カレーを半皿だけ食う。
道でばったりマイミクのぎじんさんに会った。
今日はマイミクづいているというか、国際フォーラムで
かつじぃさんに出会う。何と甲斐バンドには30年近く、
通い詰めているという。
今日私が来たのは、麻衣夢の事務所の社長の徳広裕氏が
サックスで参加しているので、とお誘いを受けたため。
関係者入り口で麻衣夢と一緒にユッコさんを待っている間に、
ポカスカジャンの大久保さんが来たので挨拶。
ポカスカジャンの名前で花も出ているので、
どういう関係ですかと訊いたら、実は甲斐さんの娘さん(シンガー
ソングライター)と仕事上でおつきあいがあるそうだ。
広い国際フォーラムA館ホールの真ん中の席。
関係者席らしく、周囲の席のお客たちはみんな立ち上がって
約三時間、手拍子や合唱で盛り上がっていたが、ここだけは
座ったままの人が多い。しかし、曲が始まると、つい、
立ち上がりそうになって弱った。
私が最初に甲斐バンドのレコードを買ったのは1977年の
『氷のくちびる』。まだ札幌時代だった。
その翌年、東京に出てからの生活は、いつも甲斐バンドの曲が
街に流れていた。『HERO』『安奈』『漂泊者』……。
立ち上がらなくてよかったかもしれない。
一挙にあの頃の自分への思いが甦って、涙がとまらなく
なってしまったかもしれない。
しかし、改めてステージを見て、甲斐さんの背が小さいのに
驚く。バイタリティあるなあ。
徳広さんのサックスはスポット当たりまくりで、
ソロ部分も長く、存在感見事。
いつもは麻衣夢のバックバンド、そしてマネージメント役として
しか認識していなかったので、こんな大物だったのか、と
おみそれ感いっぱい。
終った後、楽屋を訪ねる。楽屋ではいつもの徳広さん。
有楽町ガード下の洋風居酒屋で、麻衣夢とユッコさんと。
ちょっとマネージメント論みたいな話もユッコさんと。
自分の今の力不足もわかっているが、それを何とか工夫して
頑張りたいねえ。
中央線で新宿、そこからタクシーで新中野。
神田陽司の会から帰宅した母とばったり(これもいろいろかちあって
つい、不義理をしてしまった)。
立ち見の出る満席だったそうだ。
自室でメール数本。