裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

31日

日曜日

ああ人生にアリダ・ヴァリ

『第三の男』で彼女が歩き去るシーンに水戸黄門主題歌が高らかに……(イヤだね、やっぱり)。ちなみに関係ないけれど、仮面ライダーに出てきたありくい怪人“アリガバリ”って、やっぱりアリダ・ヴァリからつけた名前ですかね? ……などとラチもないことを考えつつ、7時起床。台所でコーヒーなど入れ、朝食7時半。枝豆とト ウモロコシ。K子は東急本店前ヴィロンのパン。

 食べながら『アバレンジャー』を見る。今回は人格交換ネタで、レッド(能天気)とブルー(ニヒル)が入れ替わってしまう。演じる役者が、それぞれ相手の役柄をやりにくそうに演じるというお遊び。面白いが、子供向けというよりは同人誌作ってるお姉ちゃんお母さん向けのネタであろう(子供向けならキャラクターよりお互いの能力や技の入れ替わりを話の主体にすべき)。ところで、この番組のサイトで、アバレイエロー樹らんるを演じるいとうあいこのプロフィールを見たら、愛読書が中谷彰宏らしい。女優ともあろうものが“自身を持った瞬間から、あなたは素敵な女性になれる”などという言葉で癒されていてはイカンのではないか、と思うのだが。K子が珍しくこの番組を見て、
「ニヒル役の方が背が低いという段階でこの番組は失敗よ」
 と斬って捨てた。

 シャワー浴びて、9時に家を出る。ゆうべの酒で腹が少ししぶり気味なので、新宿駅のドラッグコーナーで止瀉剤を用心に買う。9時半、中野駅北口改札にて、快楽亭と待ち合わせ。中野武蔵野ホールにおいての片岡千恵蔵生誕100年記念上映会で、みんな揃って『アマゾン無宿・世紀の大魔王』を鑑賞する会。私が一番、快楽亭が二番で、“こんな酔狂な集まりに、果たして何人来るかね?”と話すうち、ひとりまたひとりと三々五々集まってくる。鈴木邦男さん、野上正義さん、水民玉蘭さんなどの姿もあり、植木不等式氏も来た。植木さんの知り合いに鈴木邦男さんと同姓同名の人がいる、という話から、山田風太郎のエッセイに、幕末の博徒で、維新後自由党に入党、革命用の資金調達のため強盗殺人事件を起こして処刑された人物で“大島渚”と いう人物がいたと書いてある、などという話。

 やがてなんだかんだで17〜8人の参加者が集まり、うち揃って中野武蔵野ホールへと移動。驚いたことに映画館前は他の客も列をなし、ほぼ9割の入りという繁盛ぶり。アベックで来ている若い客もいた。あなたらアベックでこの作品をを見ますかそうですか、という感じ。この映画の後で結ばれたりしたら、二人の永遠の思い出の映画が『アマゾン無宿・世紀の大魔王』になるわけですがいいのですかそうですか。私は植木さんと野上さんにはさまれた感じの席におさまる。植木さんから、中村錦之助が筋無力症になったとき、患者で作っている会に入会し、そこのシンボルだった、と いうような話を聞く。

 やがて、“ニュー東映”の、火山噴火口の映像(ひさびさ!)と共に映画開始。ストーリィを紹介するのも荷であるが、南米の地図をバックに気の狂ったようなラテンのリズムの主題曲(音楽は誰かと思ったら、アノ『ハワイ・マレー沖海戦』の鈴木静一!)が終わると、露骨なセットでニューヨークの摩天楼街が映る。そのビルの中ではなにやら会議が開かれているが、出席者はみな、アメリカ暗黒街の大立て者たち。ナレーションが“では彼らの会話を日本語になおしてお聞かせしよう”と親切に言って、いかにもな吹き替えで彼らのたくらみがあかされる。要するに不法カジノ経営に対する取り締まりが厳しくなってきたアメリカのギャングたちが、新しい市場を日本に求めようとするわけである。“世界的不景気ノ中デ、日本ダケガ所得倍増ダ!”って、1961年、オリンピック開催を3年後に控えて、日本が国際化への道をひたはしっていた古きよき時代のお話なんであった。しかし、その先兵として日本に派遣する男が必要だろう、腕が立って日本文化にも詳しい男が、と質問が出るとリーダーは大丈夫、その人選はすでに行って、格好な男を見つけてある、と言い、吹き替えなの にそこだけアメリカ訛りで
「クマキーチ!」
 と呼ぶと、颯爽と現れるのがキンキラな黄金色の衣装に身を包んだ進藤英太郎、その名も“ゴールドラッシュの熊吉”……。と、いう冒頭部だけで、だいたいこの映画 の凄まじさがおわかりいただけたかと思う。

 同じことをフランスやエジプトでも考えていて、担当者を日本へと送り込む。ところが、それと同時に日本にやってきたのが、派手なソンブレロに闘牛士のような衣装という怪人、アマゾンの源次(片岡千恵蔵)。この格好で、“♪木曽のナ、仲乗りさん、木曽の御嶽山はなんじゃらほい……ああ、久しぶりの日本はやっぱりいいなア”とつぶやきながら歩いていると、チンピラどもが回りを取り囲んで因縁をつける。
「やい! てめえ、変な格好しやがって」
 いや、因縁ではなかった。正しい意見である。もっとも、彼らは千恵蔵御大にあっという間に叩きのめされ、“おみそれいたしやした!”とシャッポを脱ぐ。すると御大、“オウ、兄ちゃんたちよ、どっか、面白れえとこ連れてってくンねえか”と遠山の金さんみたいなことを言う。やがて彼が案内されたのはハーバーホテルなるところの地下の賭博場。ここで暴れていた例のゴールドラッシュの熊吉と千恵蔵のからみとなり、そこにフランス帰りのインテリやくざ、江原真二郎も加わって三つどもえとなりかけたところに、割って入ったのがホテルの支配人、本屋敷(三島雅夫)。彼の後ろには香港暗黒街の大物で、日本に地下カジノを建設しようと企む龍源昌(月形龍之介)と、その美人秘書玉琴(ぎょっきん。中野貴雄なら“タマキン”と読ませるギャグを必ず入れるであろう。演ずるのは久保菜穂子。新東宝時代はこんな美女とは認識していなかったが、サングラスと拳銃が実に似合う、大人の魅力爆発)。龍にプロのギャンブラーとして雇われた彼ら三人は、ユートピア教という怪しげな新興宗教を隠れ蓑にして麻薬売買をやっている小沢英太郎をイカサマ賭博で負かして、借金の担保 にその組の経営権をいただこうとするのであった。

 ところが一方、玉琴は実は日本人で、龍源昌に殺された肉親の仇を討つため、秘書となって龍に近づき、チャンスをねらっていたのだった。彼女はホテルでひそかに龍を殺そうとピストルを向けるが、本屋敷に邪魔されてピンチになり、とっさに発狂した態をよそおって精神病院に運ばれ、難を逃れる。彼女がそっと手渡したジョーカーの札でそのことを察した源次は、彼女を助けだすために、自分もまた発狂を装い、精神病院に入院するのだった。……ここの部分の描写が、この作品を絶対にテレビでは放映できない作品にしているのだが、いや、ここでの久保菜穂子と千恵蔵御大の、キチガイ演技が凄まじい。照明スタンドをワッショイワッショイと纏のように振りかざして踊りまくる千恵蔵、両手に花を持ってうつろな目をしながらチャイナソングを歌いまくる久保菜穂子、共に人間捨てた演技である。それを診察する“増沢病院”の医者の文句がまたのけぞる。“……あるいは躁鬱病かもしれません。躁鬱病は別名「オマツリ病」とも言われてますからなあ”。で、集中治療質では、そういう患者たちを一同に会して好き勝手をさせている。
「他の患者のキチガイぶりを見て、自分の行いをなおすそぶりがあれば見込みがありますが、みんなと一緒に騒ぎ出すようではあきらめた方がいいでしょう」
 で、その病室の患者群のまあ、今から見ると豪華なこと。タイトルロールで大勢のコメディアン陣の名が並ぶ。いったいどこに出てくるのかと思ったら、みんなこの場 面でのキチガイ役だったのである。

 トニー谷は選挙に落選して狂った政治キチガイ、南利明はロカビリーブームでイカレてしまった歌手、佐山俊二や由利徹は時代劇の扮装でチャンバラをしていて、“あれは右の方が映画俳優、左がテレビ俳優です”“ああ、それで仲が悪いんだ”なんていう、この時代ならではのギャグがあるかと思うと、兵隊くずれの花沢徳衛が号令をかけていたり、もう無茶苦茶。ここのシーンを見るだけでも、一見の価値あり。

 やがてすったもんだの挙句、久保菜穂子を救い出し、軽井沢に牧場を営んでいる玉琴の妹、佐久間良子の元へとみんなは身を寄せる。その牧場の名前が『大木牧場』。ようするに“OKi牧場”である(あ〜あ)。ここで、描き割の夕焼けの山々をバックに、お定まりで源次と熊吉の決闘があり、そこに江原真二郎や久保・佐久間の姉妹もからまって主導権がいったりきたりするが、結局、最後は御大千恵蔵が主導権を握り、みんなで力を合わせて、龍源昌一味の野望を打ち砕こうと意見が一致する。

 ……ここまでで話は三分の二なのであるが、冒頭で出てきたフランスやエジプトのヤクザどもはどうしたのか、いささか心配になってきたあたりで、脚本家や監督も心配になったと見えて、やっと再登場、これと龍一味の腹のさぐりあいがあって、新興宗教を隠れ蓑にした(この礼拝シーンがまた奇ッ怪)、地下カジノの開設と、二丁拳 銃を撃ちまくっての千恵蔵たちの大活躍、大団円……という案配になる。

 なにしろ国際色豊かな英語で、千恵蔵のスペイン語、進藤英太郎の英語、江原真二郎のフランス語、月形龍之介の中国語、その他何カ国語も飛び交うのだが、千恵蔵と進藤は“セニョール”“オッケー”程度。江原真二郎はなんとかソツなくフランス語をこなし、フランスギャングどもが、日本人ばかりだからと大声で自分たちの計画をバーで打ち合わせているところを江原真二郎が盗み聞きし、フランス語で彼らに話しかけて去ると、驚いた二人が“今ノ話、聞カレタカナ?”と日本語であわてる、という変なギャグもあった。騙されたと知った月形龍之介が“忘八(ワンパー)!”と吐き捨てるシーンなどはなかなか決まる。役者では、進藤英太郎が一番の儲け役、それに悪役では三島雅夫が爬虫類的なねっとりとした紳士ギャングを演じて印象的。

『終』の文字が出て場内が明るくなったとたん、快楽亭が堪能した、という顔で、
「いや、ウワサ以上の大傑作!」
 と。9月5日までやっているそうだから、間に合う人は是非中野へ。みんなで映画館を出ると、談之助がいた。ウチ揃ってブロードウェイへ。新潟料理屋『雪椿』で、越之寒梅で乾杯。映画談義となる。人数が20人以上になり、私と植木氏、談之助、それに野上さんは離れてテーブル席へ。まだこの時点で11時半と、午前中から馬鹿映画の話サカナに酒盛りである。いい日曜の過ごし方だ。野上さんと植木さんに、
「ご両人はあの『不思議の国のゲイたち』で同じフィルム上にご出演されていて」
 と言ったらウケていた。野上さんはあのオムニバスの三本目『在宅介護』で主演の老人役を、植木さんはウチの女房の『映画の中心(まんなか)でアイを叫んだけだも の』で、デブ専バーの客でガヤ出演をされているのであった。

 快楽亭一座の方からは、“エーッ、あの映画に梅宮辰夫出てたんですかぁ?”という驚きの声があがる。梅宮辰夫は小沢英太郎の部下で、小沢がギャングであることを嫌い、家を飛び出て養護施設に勤めている娘(三田佳子!)と恋仲の、音楽家志望の若いヤクザ、という役である。顔がスッキリと痩せていて、とても今の梅宮辰夫と同 一人物には思えない(若い頃の映画を見てK子は“詐欺!”と言った)。

 やがて快楽亭の方の席が空いたので、そちらに移動し、快楽亭、野上さん、それに快楽亭の知人の映画監督(お名前聞き忘れ)と、日本映画談義。昭和ガメラシリーズの最高傑作は何か、とか、日本人で一番ピストルをかまえるのがカッコいい俳優は誰か、とか、そういうオタクな話から、野上さんの、本木荘二郎の最後を看取ったときの話など、日本映画界秘話のような話まで出る。本木さんの遺品の中には、黒澤明の映画の企画ノートとか、未定稿シナリオなどが段ボール箱に数箱もあり、東宝に持ち込んで、お歴々に見せたら、全員が“自分が保管する”と言いだしたので、あわてて フィルムセンターに寄贈したとか。

 とにかく、この段階で日本酒が一升瓶5〜6本は空いていたと思う。植木さんは途中で帰り、談之助さんとはちょっと筑摩書房の出版の件、長野の花火ツアーの件、それから立川流同人誌打ち上げの件などを話す。みんなと別れ外へ出て時間を見たら、3時半。こりゃ自分の足では帰りつけないわ、と、タクシー拾って渋谷まで。運転手の初老のおじさんと長野県ばなしで盛り上がって、楽しく帰宅。ただし4000円かかった。寝室でごろんとヨコになって、そのまま晩の8時まで、もうグー、と酔っぱらっての高いびきで寝る。

 起き出したらもう8時半。急いで家を出て、参宮橋『クリクリ』でK子と夕食。ひさびさのルンピア、それからタルタルステーキ、最後に自家製パスタで〆て、ワインを空け、帰宅してまた寝る。今日は映画を見て酒を飲んで、また酒を飲んだだけで、本も読まず、仕事もせず、パソコンにもさわらず。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa